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35.令和22年2月10日 午後3時22分

倉庫の扉を閉めた瞬間、外界との音が完全に断たれた。

ここは私だけの空間だ。

空気は重たく、昨日の焼却炉から立ち上った煙の残り香が、

鉄と乾いた血の匂いに混じって微かに鼻を刺す。


まず、作業台の上をアルコールで拭き清める。

布を滑らせる方向は常に一定。

往復はしない。

拭き筋が交わると、線が乱れるようで許せなかった。


道具を順に並べる。

左から、短いピンセット、長いピンセット、ブラシ、骨片用スプーン。

右側には鋭い刃物、焼却炉の火口は左斜め15度に固定する。

骨壷は台の中央から正確に5センチ後方、左右対称に二つ並べる。

光源との角度までも計算し、影の長さが揃うまで微調整を繰り返した。


炉の扉を開くと、内部には昨夜の熱がわずかに残っていた。

温度計を差し込み、針の位置を確認する。

予想通り、摂氏65度。

計算通りだった。

ここから再び温度を上げ、最適な焼き具合に持っていく。


部位を炉に収める順番も決まっている。

まず腕、次に脚、胴体、そして最後に頭部。

それぞれ最も効率よく熱が回る角度で置く。

同じ条件で焼くことで、灰の粒度と色合いの違いを正確に観察できる。


バーナーを点火すると、湿った音とともに青白い炎が広がった。

油を含んだ筋肉が弾ける「パチパチ」という音が、

炉の奥から微かに響いてくる。

空気に混じる焦げた匂いは、豚肉に似ていながら、どこか鋭く金属的だった。


骨が白く透けていく過程を、ピンセットで軽く触れて確かめる。

焼けた骨は一定の時間を過ぎると脆くなり、

スプーンの先で押すと「パリッ」と小さな音を立てて崩れる。

崩れた粒子は皿に広げ、粒度を均一に揃えていく。


最初の瓶と今日の瓶では、同じ工程でも仕上がりが違った。

最初の灰は黒味が残り、粒がやや粗かった。

だが、今日の灰は淡い灰白色で、粒はより細かい。

光を受けたときの反射も、最初のものよりわずかに鈍い。

人によってここまで差が出る。

同じ温度、同じ時間、同じ条件で焼いても、この違いは必ず現れる。

それを確かめることこそ、この作業の意味だ。


骨壷に灰を収める順番も決まっている。

底に最も細かい粒子を敷き、上にやや大きな破片を配置する。

最上層には白い灰だけを選び、層の厚みが左右対称になるよう指先で軽く均す。

最後に骨壷を両手で持ち上げ、光の角度を変えて反射を確認した。


「……いい仕上がりだ」


蓋を静かに閉じ、二つ目の骨壷を最初のものと並べる。

間隔は正確に3センチ。

指先で表面を撫でると、陶器の冷たさの奥にまだ熱の残り香を感じた。

これで、ようやく“完成”と呼べる。


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