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31.令和22年2月9日 午後3時49分

全身の三分の一ほどが剝ぎ終わるころには、床には血の筋が何本も広がり、滴る音が倉庫の静寂に規則正しく響いていた。

吊られた男の身体は力なく揺れ、声は掠れ、喉から洩れるのは断片的な呻きばかりだ。だがその呻きの合間に、かろうじて意味を持つ言葉がにじみ出る。


「……やめろ……もう……やめてくれ……」


私は刃を拭い、淡々と答えた。

「君は死にたいと言ったはずだ。私はその願いを叶えているにすぎない」


男は首を振り、鎖を軋ませながら必死に声を張り上げる。

「ちがう……もう……死にたくない……たすけて……たすけてくれ……」


その言葉を聞いた瞬間、私の口元には自然と笑みが浮かんだ。

昨日まで「死」を願っていた男が、今は「生」に縋りついている。

人間とは、これほどまでに矛盾し、滑稽で、そして美しい生き物なのか。


再び刃を当て、今度は太腿の肉を深く削ぐ。

男は絶叫を上げ、血が奔流のように溢れ出す。床に落ちるたび「パシャリ」と音が響き、その規則正しいリズムは私にとってひとつの旋律に等しかった。


「待ってくれ……行かないでくれ……ここにいろ……!」

涙と鼻水で顔を歪ませ、必死に懇願する声が闇の中に溶けていく。


「安心しろ。すぐには殺さない。考える時間は与えよう」

私は囁くように言い、倉庫の隅へ歩み寄った。


ひとつ、またひとつと灯りを落としていく。

やがて最後の光が消え、倉庫は完全な闇に沈む。

残されたのは血の滴る音と、男の荒い呼吸、そして断続的な懇願の声だけだった。


「……やめろ……やめてくれ……たすけて……」


その言葉を背に、私は彼に言葉をかける。


「明日11時、またここで会おう」


闇の中で彼は、血と恐怖と孤独に縛られ、

誰に知られることもなく最期を迎えることになる。

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