30.令和22年2月9日 午後3時06分
鎖の軋む音に混じって、男の荒い呼吸が倉庫に満ちていた。
震える眼差しが、私の手元を追っている。
私は作業台から一つの器具を取り上げた。
銀色の刃が蛍光灯の下で鈍く光る。
その瞬間、彼の喉からひきつった声が漏れた。
「やめろ……やめてくれ……」
私は答えず、ただ刃を彼の腕へ滑らせた。
「シャリ……」と薄皮が剥がれる音が響き、赤い線が浮かび上がる。
男の悲鳴が倉庫の壁を震わせた。
私はその声を聴きながら、心の奥に広がる愉悦を抑えきれなかった。
刃が皮膚をなぞり、薄い皮がめくれ上がる。赤い線は瞬く間に濡れ、滴が床へと落ちる。
「やめろ……頼む……!」
声は裏返り、喉を震わせる。
私は淡々と刃を拭い、用意しておいたポットを手に取った。
熱気が立ちのぼり、剥がれた皮膚の上に湯を注ぐ。
「ジュッ」と短い音がして、肉の焦げた匂いが立つ。
男は首をのけ反らせ、鎖が「ギィ」と唸った。
私はその様子を静かに見つめ、再び刃を構える。
今度は反対の腕。
皮膚が裂けるたび、彼の絶叫は旋律のように高まり、倉庫の壁を震わせる。
再び湯を注ぐ。
滴る蒸気が白く揺れ、彼の声は絶叫から嗚咽へと変わっていく。
「なぜ……俺が……」
彼の声は掠れ、答えを求めるように私を見た。
私はただ一言だけ返す。
「君が望んだのだ」
そして、また刃を滑らせる。
その繰り返しの中で、彼の抵抗は少しずつ削がれ、ただ震える肉体と絶望だけが残っていった。
私はその光景を眺めながら、胸の奥に確かな充足が満ちていくのを感じていた。
皮膚を剥がれ、湯に焼かれ、それでもなお彼は生きている。
生きようと必死に震えている。
その姿こそが、私にとって何よりも甘美だった。
死を口にしていた彼が、今は死から逃れようと本能にすがっている。
矛盾のきらめき。
それが人間の真の姿であり、私が求め続ける悦楽だった。




