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3.小学校と中学校

小学校の記憶は、教科書よりも校舎の匂いと音の方が残っている。

体育館の床のワックスの匂い。

廊下を走る靴音。

教室の隅で乾きかけた雑巾の酸っぱい匂い。


友達は少なかった。

仲間外れにされたわけではないが、輪の中にいる必要を感じなかった。

授業中に手を挙げることはほとんどなく、当てられたときだけ答えた。

間違えると笑う子もいたが、気にならなかった。


三年生の夏休み、初めて骨格標本を作った。

河川敷で見つけた猫だった。

骨を外し、洗い、並べ、乾燥させる。

骨が揃っていく過程は、計算式が解けていくようで気持ちがよかった。


四年生になると、拾った骨を分解せずに関節ごとにまとめて保存する方法を試した。

乾かす前に骨を熱湯に通すと、白さが増すことも知った。

それは理科の実験よりも正確で、失敗がなかった。


小学校高学年の頃、掃除の時間に同じ班の男子——森下悠介——が、私の机の引き出しを勝手に開けた。

中には、洗浄途中の小動物の骨を入れたビニール袋があった。

森下はそれを掴み、「うわ、何これ、気持ち悪っ」と声を上げ、班の数人が笑った。


その笑い声が耳を刺すように入ってきた瞬間、私はモップの柄を彼の足元に押し出した。

森下の足がもつれ、机の角に額を打つ。鈍い音と同時に、赤い筋が額からつうっと流れた。


その色を見た瞬間、胸の奥がじわりと熱を帯びた。

鼓動が早まるのに、呼吸は妙に落ち着いていた。

笑い声は止み、教室が不自然なほど静まり返る。


森下は「わざとだろ」と叫び、鼻息荒く私を睨んだ。

私は否定せず、「骨は触るな」とだけ言った。

その言葉を口にする間、指先が微かに震えていた。


今にして思えば、あれが初めてだった。

他人の痛みを、自分の内部の熱に変換できることを知ったのは。


中学校に上がると、骨は小さな段ボール箱に入れて机の下に置いた。

教科書よりもそちらの方が落ち着く。


この頃、わけもなく人の物を盗むようになった。

鉛筆、消しゴム、弁当袋、体操服——特に欲しいわけではない。

持ち主が探す様子を見るのが面白かった。

机やロッカーの中を何度も探し、最後には半泣きで諦める。

その瞬間の顔が、頭から離れなかった。


一度だけ、盗んだ物を持ち主の机にそっと戻したことがある。

その子は見つけた瞬間、私を見た。

何も言わなかったが、私たちの間にだけ、何かが共有された。

それは友達というより、秘密の共犯者のようだった。


その日、理科の教諭に呼ばれて「お前は人を解剖するなよ」と言われた。

周囲は笑った。

私は笑わなかった。

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