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23.令和22年2月8日 午前4時20分

車内は暖房の音だけが鳴り、窓の外には漆黒の森が流れていく。

助手席に座った男は、しばらく黙ったまま前を見つめていた。

凍える指先を擦り合わせ、まるで何かを探すように息を吐く。


私は静かに口を開く。

「どうして死にたいと思った?」


男は、わずかに唇を震わせてから答えた。

「……生きてるのが、もう怖いんだ。

妻とは三年前に別れた。子供も一緒に出て行った。残ったのは借金と、俺だけだ」


声は細くかすれ、言葉は窓の外の闇に溶けていった。

私は視線を前に向けたまま、淡々と問いを重ねる。


「何度も試したのか?」


「……ああ。縄をかけても、森に入っても、結局……」

彼の声は途切れ、浅い呼吸が車内に残る。


私はじっと観察を続けた。

指の震え、揺れる瞳、喉の奥で押し殺される言葉。

——まだ、生きようとする反応が残っている。

その矛盾が私を最も昂らせる。


しばしの沈黙のあと、彼がぽつりと口にした。


「……私は、何をすれば?」


その言葉に、私は心の奥で笑った。

もう完全に境界は越えた。

彼は自ら従う意志を示したのだ。


「簡単なことだ。少し手伝ってもらうだけだ。終わったら、ここまで送ってやる」


彼は小さくうなずいた。

その表情には不安と従順さが混ざり合い、すでに境界線を越えた人間の顔が浮かんでいた。


私はエンジンを静かに踏み込み、森を抜ける。

暗闇を切り裂くヘッドライトの光は、やがて人工の明かりへと溶け込んでいった。


しばらくして、車はある建物の前に停まる。

高層ホテル、その玄関口。

煌々としたライトが夜の闇を追いやり、ガラス張りのエントランスが冷たく輝いている。


「降りろ」

そう告げ、私はドアを押し開けた。


まるで処刑台に上がるのと同じ足取りで、男はゆっくりと外に出る。

私はその背を見つめながら、静かに微笑んだ。


——ここからが本当の始まりだ。

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