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2.成り立ち


私は東奈市神沼区の市営団地で育った。

浩一こういち美佐子みさこの間に長男として生まれた。

父は港湾作業員、母は近くのスーパーマルタニでパート勤務をしていたと記憶している。


家は裕福ではなかったが、生活に困るほど貧しいわけでもない。

冷蔵庫の中にはいつも卵と牛乳、安売りの肉が入っていた。

旅行は年に一度、車で行ける距離の温泉か海水浴。

外食は月に一度あるかないかで、行き先は回転寿司かファミレスだった。

父は黙って働き、母は家事を欠かさなかった。


部屋は三DKで、四階。

廊下の片端にあるベランダからは港のクレーンが見え、夜になると赤いライトが瞬いていた。

雨の日はコンクリートが湿った匂いを立て、夏は団地の廊下に熱気が溜まった。

冬は石油ストーブの上でやかんが鳴り、湯気が畳の匂いと混ざった。


小学三年の頃から、動物の骨格に興味を持った。

河川敷や空き地で見つけた小動物の死骸を持ち帰り、水と漂白剤で洗い、日当たりのいいベランダで乾かした。

骨は水気を抜くと白くなり、並べたときが最も美しい。

骨が揃っていると落ち着く。欠けがあると、落ち着かない。


中学の理科教諭に「お前は人を解剖するなよ」と言われたことがある。

教室は笑いに包まれたが、私は笑わなかった。

笑う理由が分からなかったし、その助言はあながち間違いではないと思った。


骨を並べる作業は、遊びや勉強よりも優先された。

夏休みの自由研究で動物の骨格標本を提出したが、担任はそれを家庭訪問で母に返した。

「こういうのは学校に置けない」と言われたが、理由は説明されなかった。


高校は一年で辞めた。理由は特にない。

以降は工場、解体業、運送、冷凍倉庫などを転々とした。

工具の音や金属の匂いに慣れ、大型機械や冷却設備の扱いを覚えた。

機械を分解し、部品を整列させる作業は、骨を並べるのと似ていた。


二十代半ば、借りた部屋の一室を作業場にした。

棚には解剖図と医学書、廃棄された手術器具が並んでいた。

刃物は用途ごとに形が違い、その違いを覚えるのが楽しかった。

骨や腱を切るために作られた曲線は、工具にはない美しさがあった。


あの頃の私は、それらをただ揃えて眺めるだけだった。

まだ、その時ではなかった。

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