15.令和21年11月18日午前9時48分
倉庫の中央、鉄製の作業台に女の身体を横たえる。
制服は既に切り裂かれ、皮膚の色が冷気を帯びて薄く沈んでいる。
両手を持ち上げた瞬間、死後硬直でわずかに抵抗する筋肉の張りが、関節の奥から返ってきた。
この重さと質感は、屠畜場で豚を台に載せた時とよく似ている。
ただ、豚と違って人間の皮膚は滑らかで、指先が沈むたびに体温の名残がかすかに残る。
まずは腕から。
肩関節に刃を差し入れると、皮膚が裂ける乾いた音の後に、腱が切れる湿った感触が続く。
骨と骨の隙間を探ると「コリッ」と小さな音を立てて関節が外れ、重量が一気に刃にかかる。
外れた腕は思ったより軽い。
豚の前脚よりも細く、骨も華奢だ。
切断面から流れ出た血は、既に暗い色に変わっていた。
脚は太ももの付け根から落とす。
腸骨と大腿骨のつなぎ目は豚よりも見つけやすく、力を入れる方向を間違えなければ一息で外れる。
「ゴリッ」という鈍い骨擦れの音と共に、脚全体の重みが台に落ちる。
この瞬間、肉塊としての形が急速に失われていく感覚が、胸の奥を満たしていった。
胴体は胸骨から切り開く。
刃が骨をなぞるたび、震えるような振動が手首に伝わる。
豚よりも柔らかいが、その分だけ人の形を保ってきた構造が壊れていくのが早い。
肋骨を割ると、中の臓器が自重でわずかに沈み、湿った音を立てた。
肺は小さく、肝臓は豚よりも色が浅い。
それらを順に取り分け、金属バットの中に収めていく。
最後に頭部。
頸椎を外すのは豚と同じ要領だ。
だが人間の首は細く、力を込めすぎれば簡単にねじ切れてしまう。
「バキン」という乾いた音のあと、頭は台の端に転がり、髪が床をかすめた。
やがて作業台の上には、腕二本、脚二本、胴、頭、そしていくつかの内臓だけが整然と並んだ。
部位ごとに違う重量と質感を記録しながら、私はポケットのメモ帳に時刻を書き込む。
午前6時42分。
倉庫の床には、番号を振ったポリ袋が整然と並んでいた。袋の外面は二重にしてあり、表面にはほとんど血痕が滲まない。中には、それぞれ重量の異なる「部品」が収まっている。
私は軍手を外し、指の跡が残らぬように新しい薄手の手袋をはめた。
処理は、解体よりも静かに、速やかに行う必要がある。
まず、45リットルの産廃用袋に詰めた小さな部位を、黒いプラスチックコンテナへ移す。袋同士が擦れ合い、低い摩擦音が倉庫内に広がる。その音は、夜明け前の鳥の声よりも静かで、湿った空気に吸い込まれていった。
解体を終えた頃、倉庫の外は薄い青に染まり始めていた。
時計は午前七時前。
外の空気は冷たく、遠くで鳥が鳴く。だが、この中にはまだ夜の気配が濃く残っていた。
倉庫の奥に置かれた、鉄製の簡易焼却炉。
以前、廃業した工場から引き取ったもので、煤で黒く染まった内部は、既に幾つもの過去を呑み込んでいる。
まずは内臓から。両腕で抱えるようにして持ち上げ、炉の口へゆっくりと滑り込ませる。鉄板に落ちた瞬間、肉の重さが鈍い音を響かせた。
その上に乾いた木片や廃材を積み、ガスバーナーの炎を当てる。火はすぐに広がり、油を含んだ肉が弾け、湿った煙を立ち上らせた。
鼻を突く匂いは、豚肉を焼く匂いに似ている。だが、似ているだけで違う。私の嗅覚は、その差異を鮮明に識別できた。
皮膚が縮み、筋肉が焼け、骨が露わになる。骨はしばらく白く輝き、やがて黒く、そして脆くなっていく。
部位ごとに順番を変え、時折鉄の棒で位置を整える。
足を入れた時、関節が熱に耐え切れず破裂し、骨の端が小さく跳ねた。
ゴリッ」という短い音が炉の中から響き、私の耳はそれを記録する。まるで標本の解剖時に軟骨を外した時の音だ。
骨が十分に脆くなったところで、鉄棒の先で軽く押し潰す。パリパリと砕ける感触が手に伝わり、白灰と黒い欠片が混ざって崩れていく。
この瞬間が、私にとって完成の合図だった。
炉の中はやがて均一な灰色に落ち着き、煙は細く透明になっていく。
火を止め、金属製のスコップで灰を慎重に掬う。熱を帯びた粉末がサラサラとバケツに落ち、かすかな余熱が指先にまで伝わる。
すべてを処分するのは容易い。川へ流せば、跡形もなくなるだろう。
だが、私は残すことに決めていたのだ。
行動に移すと決めてから購入した6寸程度のガラス製の容器。
そこに、新しい層が積み重なった。粉は細かく、光を受けてわずかに鈍く輝く。
瓶をカバンに戻すと、外はすっかり明るくなっていた。この一日が終わる頃、きっと誰も、ここで何があったかを知らないままだ。
私はカバンの中の瓶を確かめながら、静かに出口へ向かう。
倉庫の中を最後に振り返る。
床には新しい防水シートが敷かれ、血の色も匂いも消えていた。まるで何もなかったかのように。
ただ、天井から吊られた鎖だけが微かに揺れていた。
ドアを閉め、鍵をかける。
その光景の中で、私の行為は誰にも知られず、ただ新しい一日の風景に溶けていった。
——午前9時48分、遺体の全処理完了。




