12.令和21年11月18日午前2時17分
後部座席に彼女を押し込み、スライドドアをそっと閉める。
その金属音は、路地裏の静けさに吸い込まれ、誰の耳にも届かない。
停めていたのは、街灯から外れた細い路地の奥。通りかかる人間はほぼいない。
エンジンキーを回すと、低い振動が足元から伝わる。
ドアロックが沈むような音を立て、車内は完全に密閉された。
外の世界と、私たちを隔てる境界が一枚の金属に変わる瞬間——この感覚を、私は待ち望んでいた。
バックミラーには、制服の襟元を乱し、口を布で塞がれた彼女の姿。
目だけが異様に冴えていて、車内の闇の中で白目がぼんやりと浮かび上がる。
制服の襟元が少し乱れ、布で塞いだ口からかすかな息が漏れる。
瞳だけが、闇に溶けず、こちらを射抜くように揺れていた。
その瞳に宿るのは怒りか恐怖か——どちらにせよ、私の欲する変化はまだ訪れていない。
——その視線を、もっと歪ませたい。
車を出すと、駅前の光が後方へと遠ざかっていく。
ハンドルを握り、アクセルを軽く踏み込む。
赤信号で止まるたび、街灯の光が窓をすべり、彼女の顔を一瞬だけ照らす。
その光景に、頭の中の解剖図が重なった。皮膚の下の筋肉、骨、関節。すべてが「そこにある」感覚として脳裏に浮かび上がる。
私は深呼吸をひとつし、視線を前に戻す。
まだだ。
ここで感情を溢れさせれば、計画が崩れる。
目的地に着くまで、私はただ運ぶだけの運転手でいなければならない。
住宅街を抜けると、民家の明かりは消え、道路は暗く沈む。
外灯の間隔は広がり、闇が窓の外を覆い尽くす。
ときおり犬が吠え、遠くで風が看板を揺らす音がかすかに混じる。
その度に後部座席の彼女の肩がわずかに震えた。
バックミラーの中で、彼女の呼吸が浅くなる。
意識はまだある。
完全に落ちる前の、その境界を漂っている。
この「半醒半睡」の状態は、声や表情の変化が顕著に現れる。
それを観察するために、私は速度を落とし、わざとカーブの多い道を選んだ。
私は速度を落とし、わざと曲がりくねった旧道へ入る。
揺れるたびに彼女の身体が傾き、反射的に足や手に力が入るのがわかる。
その動きは、標本を運ぶ際の重心の変化に似ていた。
やがて、街灯が一本もない区間に入る。
前方に黒い塊のような林が現れ、その奥にぽつんと立つ古びた建物が見えた。
かつて倉庫として使われていた鉄骨造り。今は誰も寄りつかない。
私は車を建物脇まで進め、ヘッドライトを消す。
闇が一気に車内に流れ込み、彼女の輪郭が見えなくなる。
ドアロックを外す音が、小さく乾いて響いた。
——ここから先は、もう私の領域だ。
外の空気は重く湿っていて、遠くで水が滴る音がした。
私はドアを開け、彼女の腕を掴む。
その皮膚の温度が、この場所の冷気と混ざり、異様な感触を指先に残す。
砂利を踏む音が夜に滲み、倉庫の影がゆっくりと近づいてくる。
建物の中は、外よりもさらに暗い。
天井から吊られた鎖が、風もないのにかすかに揺れていた。
——午前2時17分、到着。




