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10.鉄の中の日課

この独白を書きながら、ふと思った。

きっと大半の人間は、私たちの生活のことを知らないだろう。

興味がない者は、この章を飛ばしてくれて構わない。

ここでは、私の一日を時刻通りに記す。そこに混じるのは、過去に沈殿した記憶の断片だ。



6:30 起床点呼

看守の号令が響き、鉄の扉の小窓が次々に開く。

私は無言で立ち上がり、房の中央で背筋を伸ばす。

列の奥から、一人、二人と名を呼ばれる声。

一日でこの時間が一番好きかもしれない。

彼等はもう二度と、この声に反応することはないのだから。


6:45 房内清掃

狭い房の隅をブラシで擦る。

床に当たる毛先のザラついた音が、鉄壁に囲まれた空間に乾いた響きを残す。

舞い上がる塵は、解剖図の余白に描かれた薄い鉛筆線のようだ。

ふと、別の部屋を思い出す。

冷たい床。飛び散った液体を布で拭き取る時の、手首にかかる微かな重み。

しつこい匂いはなかなか落ちず、爪の奥まで染み込んだ気がした。


7:00 朝食

配膳口から差し込まれる金属盆。

ご飯と味噌汁、漬物が少し。

湯気の匂いに混じって、鉄の香りが鼻をかすめる。

その瞬間、あの路地の空気がよみがえる。

暗闇でかすかに嗅いだ、温い血と夜風が混ざった匂い。

それは今でも、私の胃を確実に温める。


7:30 自習時間

机に向かい、薄い冊子をめくる。

内容は更生や職業訓練に関する退屈な文章だ。

だが私の視線は文字の上を素通りし、ページの余白に勝手な図を描き始める。

手首から肘、肘から肩へと骨と筋のラインを思い出し、紙の上で再構築する。

その動作は、外にいた頃の計画ノートとほとんど同じだ。


9:00 作業

木工の工場へ移動する。

狭い作業台に腰を下ろし、同じ部品を黙々と組み立てる。

木の繊維を削る感触は、かつての“あの部位”を覆う薄い膜の破れ方と似ている。

初めてそれを知った日の、軽い驚きと昂ぶり。

作業中、指に感じる抵抗の少なさに、何度も同じ感覚が重なった。


12:00 昼食

また金属盆が滑り込む。

ご飯、スープ、煮物。

箸を持つ手が一瞬止まる。

煮込まれた野菜の色合いが、妙にあの夜の視界に近かった。

赤く、褐色に沈み、光を吸った色。

口に入れると、味よりも温度のほうが記憶を呼び起こした。


13:00 午後作業

午前と同じ木工。

単調な作業の中で、頭の中だけが自由に動き回る。

「もしあの時こう動いていたら」「この角度ならもっと静かだったかもしれない」

そんな想定を繰り返すうち、部品を組み立てる手順と、人を処理する手順が重なって見えた。

人も、物も、工程を間違えれば壊れる。


15:00 休憩

水を飲む。

唇に触れるプラスチックの感触が、あの夜握った何かと似ていて、無意識に力が入る。

舌の奥にわずかな鉄の味が蘇った。


17:00 夕食

日が傾くと、廊下に伸びる影が長くなる。

食堂でのざわめきも徐々に落ち着き、各房へ戻る足音だけが響く。

私は盆を置き、壁に背を預ける。

あの夜も、終わり際は妙に静かだった。

静けさが、全てを飲み込んでいった。


18:00 自由時間

テレビの音、誰かの笑い声、看守の靴音。

私は机に向かい、また図録を開く。

線と線をなぞり、指先に架空の体温を感じる。

現実の声よりも、あの時の声が鮮明に響く。


21:00 就寝準備

毛布を整え、横になる。

天井を見つめると、暗がりの中に路地の形が浮かぶ。

彼女の背中が、遠くに見える。

数歩で届く距離。

それを知ってしまった夜から、私は一度も夢の中でその場面を外したことがない。


——鉄の中での一日は、あの夜に向かって閉じていく。

そしてまた、翌朝から同じ軌道をなぞるのだ。

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