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2 ひかれ合う

「エレノア」

「アンドレお兄様……」


(一番会いたくない二人に会うなんて、本当についてない)


 それから一週間後。エレノアの親戚が開いた社交パーティーに出席したエレノアは、風にあたろうと人気のない庭園の一角に来ていた。そこでアンドレとその隣にいるアリスにバッタリと出会ってしまい、二人に張り付いた笑顔をむけていた。

 エレノアの笑顔を見たアリスは、アンドレの腕をキュッと掴む。それを見てエレノアの胸はまたズタズタに切り刻まれるように痛くなった。


「エレノア、最近顔を見なかったけど、元気そうだね」

「ええ、アンドレお兄様もお元気そうでよかったです」

「最近は全然遊びに来てくれないから俺も両親も心配してたんだよ。またそのうち遊びに来るといい」


(よくアリス様の前でそんなことが言えるわね、無神経にも程がある)


 アンドレとエレノアは幼馴染なので、エレノアはアンドレの両親とも仲が良い。アリスにとってはそれすらもエレノアを警戒する要素の一つでしかないのだ。だが、そんなことも気が付かず、アンドレはエレノアに遊びに来いと言う。


(ここまでだと、逆にアリス様がかわいそうになってくる)


 でも、結局そんな自分の存在は二人の愛を盛り上げる着火剤でしかない。どうせ自分は二人にとっては当て馬なのだ。一刻も早くここからいなくなりたい、二人のそばから離れたい。そう思っていると、アリスがエレノアの背後を見て両目を開いた。


「ロレンスお兄様」

「アリス……」


 その聞き覚えのある良い低い声に、エレノアはハッとして後ろを振り返った。そこには、ふわふわの黒髪にルビー色の瞳をした騎士がいる。その騎士は、エレノアに気づいて驚く。お互いに、あの日仮面を被っていた相手だと気がついた。


「君は……」

「ロレンスお兄様、エレノア様とお知り合いなのですか?」


 アリスの質問に、ロレンスはエレノアを見て困った顔をする。エレノアも、どう答えていいか戸惑っていると、アンドレが少し不服そうな声を出した。


「あなたは確か、アリスの幼馴染の」

「ロレンスです。アリスがいつもお世話になっています」


 固い口調でロレンスがアンドレにそう挨拶した。エレノアは、その状況を見て合点がいった。あの日、ロレンスが言っていた幼馴染でふられた相手は、アリスなのだ。


(まさか、こんな偶然が重なるなんて)


「それで、エレノアとあなたは一体どういうご関係ですか」


 エレノアが呆然として目の前の光景を見ていると、アンドレが不満そうな顔でロレンスに尋ねる。


「それは……」

「ちょっとした知り合いです。そんなことより、ロレンス様、はアリス様の幼馴染だったんですね」

「え、ええ」


 エレノアがそう言うと、アリスが少し戸惑い気味に言う。アンドレがそんなマリアを見て顔を顰めた。


「アリス、どうかしたのか」

「いえ、何も……」

「まさか、彼と何かあるわけじゃ」

「そんな!違います。前にも言いましたが、ロレンスお兄様はただの幼馴染で、兄のようにしか思ってません」

「そう言っても、彼の方はどう思っているかわからないじゃないか」

「本当に私たちはなんでもないんです。ロレンスお兄様、お兄様からもアンドレ様に言ってください。私たちはただの幼馴染だって、ロレンスお兄様も、私のことを妹としか思っていないって」


 アリスの言葉に、ロレンスは両目を見開いて固まっている。それは、絶望の顔だった。エレノアはそんなロレンスの顔を見て胸が張り裂けそうになる。


(ああ、酷い……酷すぎる。何なのこれ)


 エレノアはぎゅっと両目を瞑ってから、大きく息を吐く。そして、アンドレとアリスをしっかりと見つめて口を開いた。


「お二人とも、いい加減にしていただけますか?この状況で何か思い出しません?先日、アンドレお兄様が私に言ったことと同じですよね。兄か妹かの違いなだけで、あの状況と全く同じです。それで、お二人はそうやって私たちを当て馬にして満足ですか?そうやって私たちの心をズタズタにして、お二人は絆を深めあって幸せですか?幸せですよね、幸せでいてくれないと困ります。だって私たちの心はこんなにも悲鳴をあげているんですもの」


 エレノアの言葉を、アンドレもアリスも、そしてロレンスも唖然として聞いている。


「もうお二人には付き合いきれません。お二人の当て馬でいることには疲れました。勝手に幸せになってください。私も、ロレンス様も、お二人の知らないところで勝手に幸せになりますから!」


 エレノアはそう言ってお辞儀をすると、ロレンスの腕をとってその場から立ち去った。





 どのくらい歩いただろうか。庭園の中を歩き回って、ようやくエレノアは立ちどまり、ロレンスの腕を離した。


「……すみませんでした。あんな勝手なことを言って、ロレンス様の腕を勝手に掴んで、ここまで連れてきてしまって。ご迷惑でしたよね」


 フフッとエレノアが微笑むと、ロレンスはエレノアを見て苦しそうな顔をする。


(そんな顔しないでください、そんな顔されたら辛くなってしまう)


 エレノアは泣いてしまわないように必死に笑顔をロレンスに向けている。そんなエレノアを、ロレンスは静かに優しく抱きしめた。


「……ありがとう。俺が辛くないように、あの場から連れ出してくれて。あんな風にはっきり言えるあなたは、とてもかっこよかった。でも、辛いのは、あなただって同じだろう、エレノア嬢」


 ロレンスの肩が少しだけ震えている。もしかしたら泣いているのかもしれない。エレノアも、ロレンスの腕の中で静かに涙を流していた。





 その後、二人は近くにあったガゼボに座っていた。ふわり、と夜風に花の柔らかい良い香りが紛れ込む。


「ロレンス様、社交パーティーなのに騎士服なのですね」

「ああ、俺は今日ここの警護を頼まれたんだ。騎士として参加している」

「なるほど、そうだったんですね」


 ふと、エレノアは気になったことを口にしてみる。


「騎士様なのに、あの日あのような場所にいらっしゃっていたのですか?」

「ああ、あそこには偵察に行っていたんだよ。あの場所で最近、飲み物に睡眠薬を入れて御令嬢を攫っていく人攫いの事件が起きていて、それの調査を兼ねてたんだけど、君が狙われていたから助けたんだ」


 ロレンスの言葉に、エレノアは心臓がヒュッと縮こまる。ロレンスに助けられていなければ、もしかしたら自分は人攫いに連れて行かれていたかもしれない。


「助けてくださって、本当にありがとうございました」

「いや、当たり前のことをしただけだよ。そういえば、朝君が起きたら騎士団で保護しようと思っていたんだけど、君がいつの間にかいなくなっていてびっくりした。でも無事に帰っていたみたいでよかったよ」

「あっ……勝手にいなくなってすみませんでした。でも、なぜか逃げなきゃと思って。本当にすみません」


 エレノアの言葉に、ロレンスはくすくすと笑っている。あの日寝顔を見た時にも思ったが、やはりロレンスは随分と綺麗な顔立ちをしている。思わずその笑顔に見惚れていると、ロレンスがエレノアの視線に気づいてエレノアを見る。ルビーのような美しい瞳に射抜かれて、エレノアは思わず目線を逸らした。


(どうして、こんなにドキドキしてるの?ロレンス様がイケメンだから?)


「でもまさか、アリスの相手が、君が思い続けていた人だったなんて驚いたよ。こんな偶然あるんだな」


 エレノアがドキドキする心を落ちつかせようとしていると、フッと悲しげにロレンスが微笑みながら言う。


「本当ですね……私も、驚きました」

「でも、君があの時あんな風に言ってくれて、なんだか気持ちが晴れたよ。とてもスッキリした。本当にありがとう」

「……それなら、よかったです」


 ロレンスを見上げると、月の光にロレンスの微笑みが照らされている。あまりの美しさに息を呑むと、ロレンスが首を傾げた。


「どうかした?」

「っ、いえ!なんでもないです」


 フワッと風が吹いて、花びらが辺り一面に舞う。エレノアが驚いていると、ロレンスがエレノアの髪にそっと手を伸ばした。


「花びらがついてる」


 エレノアの髪から花びらを取るロレンスの指が耳に当たって、エレノアは思わずドキッとして肩が少し震える。


(絶対に顔が赤くなってる。よかった、暗くてきっとバレないわよね)


 エレノアはドキドキしてロレンスの顔を直視できなくなっていた。俯くエレノアを見て、ロレンスは静かに微笑む。


「エレノア嬢、こんな時にこんなことを言うのは間違ってるのかもしれない。でも、俺は今君のことがすごく気になっている」


 ロレンスの言葉に驚いてエレノアがロレンスを見上げると、ロレンスはエレノアの髪の毛を優しく撫でて、そっと耳にかけた。


「君が嫌じゃなければ、たまにこうして二人で会えないかな。当て馬同士、仲良くなれると思うんだ」

「それは、当て馬同士傷を舐め合おうということですか?」

「もしかしたら、始めのうちはそうなってしまうかも知れない。でも、俺はそれだけで済ますつもりはないよ。それでは終わらない、そんな気がしてる。それくらい、君のことが気になってしまっている」


 そう言って、ロレンスは手のひらでエレノアの頬を優しく撫でた。


「ふられてすぐに他の女にいくなんて、軽い男だと思ってる?」


 そう言いながら戸惑うように微笑むロレンスを見て、エレノアは胸が高鳴った。


「……いえ、私も、ロレンス様にとても惹かれています。軽い女だと思いますか?」

「……思わないよ。むしろ嬉しい」


 そう言って、ロレンスはエレノアにそっと顔を近づける。鼻先が少し触れて、今にも唇が重なってしまいそうだ。エレノアがそっと瞳を閉じると、ロレンスは嬉しそうに微笑んで口づけた。





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