美男公爵様に溺愛されて、可愛らしい公爵令嬢は幸せになる だなんて、夢物語に過ぎないのだわ。
恋愛ではないらしいのでジャンル変更します(⌒-⌒; )
アルフェリーナは、ありえないと首を振った。
王立学園の廊下を歩いていたら、いきなり頭に浮かんだ光景がある。
そう、「美男公爵様に溺愛されて、可愛らしい公爵令嬢は幸せになる」
薔薇を背負って、金の髪に碧い瞳の美しい公爵が、可愛らしい美少女をお姫様抱っこをし、周りには薔薇の花が沢山、咲いていて。キラキラのピカピカの乙女チックなまさにその表紙の絵。その光景が浮かんだのだ。
その小説の表紙絵にそっくりな、金の髪のそれはもう美しい青年が、廊下を歩いていたのだ。
確か、その小説の主人公の少女はアルフェリーナ・パリドリス。パリドリス公爵家の娘である。
そして、そのお相手の公爵様は、ハリスティン・オードル公爵。若き有能な公爵は、まだ独身のはずだ。
そして自分はアルフェリーナ・パルドリス公爵令嬢。まさに表紙の令嬢と同じ名前だ。
しかし、アルフェリーナは、自らの姿を思い出す。
小説の表紙に書かれていた美少女は、フワフワの金の髪に大きな瞳。身長も低いわりに胸が大きい可愛らしい容姿をしていた。
それに比べて自分は、身長は男性並みにあり、サラサラの髪。きつい顔立ちの公爵令嬢である。
「何であんな光景が浮かび上がったのかしら」
思いっきり首を傾げていると、表紙絵にそっくりの美男、ハリスティン・オードル公爵が声をかけてきた。
「君とは白い結婚を貫きたい」
「え?一体全体、何のことです?」
「今日、君の家に婚約を申し込みに行ってきた。君の父上は喜んで受けると言っていたよ。だけどね。私は美しい社交界の蝶をまだまだ愛でていたい。だが、周りがうるさくてね。それに母に家の事を見てくれる女主人が必要だと。君とは跡継ぎを作るつもりはないよ。私はまだまだ遊ぶつもりだから。そうだな。子が出来たら引き取って、勿論、子だけだが。私の子と解った時点で、その中の一人を跡継ぎにしよう。だから、君とは白い結婚だ」
「意味が解りませんわ。わたくしとの間に跡継ぎを作ればよいではありませんか」
「私は遊んでいると言っただろう?どんな病をうつされているか解らない。まぁ、私と同類の女なら気にすることもないし、気遣う事もないが、君は貴族令嬢だ。調べた所、男関係も無い。そんな君に万が一、病の一つでもうつしたら申し訳が立たないだろう」
「だったら、女遊びを止めて下されば」
「言っただろう?まだまだ女性との恋愛を楽しみたいって。だから、君とは白い結婚でよろしく頼むよ」
酷い男なのだろうか?首を傾げる。
まぁ、女達と遊びまくるのは酷い男なのだろうけれども、自分の事はお飾りにするのも酷い男なのだろうけれども。まぁいいか……と、アルフェリーナは思った。
小説の表紙のような、か弱く可憐な容姿ではない。自分は地味で可愛くないのだ。
それならば、お飾りの妻でもよいのではないのか?
その時のアルフェリーナはそう思ったのだ。
婚約し、二月後、豪華な結婚式を挙げた。
王立学園を卒業したアルフェリーナ。
沢山の招待客に祝われて、真っ白なウエディングドレスを着て、輝くような美しいハリスティンに手を差し出される。
ハリスティンは世辞なのか?
「化粧をした君は美しいな。凛として、見違えたよ」
「褒めて下さって嬉しいですわ」
適当に返しておいた。
指輪交換し、ハリスティンはアルフェリーナに激しい誓いの口づけをしてきた。
あまりの激しさに、教会の神父が、
「公爵様。そのくらいでお願い致します」
ストップをかけたぐらいである。
アルフェリーナは、頭が真っ白になってクラクラした。
胸がドキドキする。
しかし、白い結婚を宣言されているのだ。
浮ついた気持ちを抑えることにして、式が終わったら、ハリスティンと共に、オードル公爵家に馬車で向かった。
そして、その夜。何故かピカピカに磨き上げられて。
メイド達に薄い夜着を着せられて、ベッドに座って待つように言われた。
ハリスティンが夜着を着て、部屋に入って来る。
アルフェリーナは、ハリスティンに、
「わたくしとは白い結婚と言っておられましたが」
「ちゃんと病気は貰っていないと検査済だ。せっかく妻を貰ったんだ。私は君と夫婦らしく過ごそうと思ってね」
「その話は今、初めて聞きましたわ」
「気が変わったんだよ」
アルフェリーナは立ち上がって、
「で、やっぱり、社交界の蝶を愛でるのがよかったと、言われるに決まっております。わたくしは失礼致しますわ」
コロコロ言う事が変わる美男公爵。
信じられなかった。
多分、自分の事なんて、馬鹿にしているのだろう。
小説の表紙のアルフェリーナは、幸せそうに頬を染めて、美男公爵ハリスティンを見上げていた。
美男はモテるのよ。小説通りに貴方だけを溺愛するはずはないの。
小説の表紙のアルフェリーナに向かって呟いた。
それから、アルフェリーナは、公爵家の女主人の仕事はしっかりとやった。
だが、白い結婚を貫くために、部屋の扉に鍵をかけて夜は寝ることにした。
事ある毎に、
「アルフェリーナ。私と一緒に寝ておくれ」
「貴方様は社交界の蝶と遊びまくっているって、聞こえてきますわ。華やかな噂が」
「だから、それは……」
「白い結婚で良いではありませんか。貴方の子が現れましたら、しっかりと養育させて頂きますから」
「アルフェリーナ」
どうしようもない男だ。しかし、仕事は有能で、公爵領の事業は順調。金持ちである。
女にだらしくなければ、最高の男だ。
だけれども、女にだらしない男は嫌い。
結婚したけれども、アルフェリーナは、必要事項以外、夫と話をすることはなかった。
そんな美男公爵であるハリスティンが、お腹の大きい女性を連れてきた。
「私の子を身ごもっている。生まれた子を我が公爵家の子として養育して欲しい」
「かしこまりました。旦那様」
お腹の大きい女は勝ち誇った顔をして、
「私の勝ちね。出て行って貰えるかしら。私が公爵夫人になってあげるわ」
その女に向かってアルフェリーナは、
「旦那様は貴方の子をわたくしの子として育てろと言っておりますのよ。貴方の事は旦那様が決める事です」
悔し気に顔を歪めた女は、
「あんたなんて追い出してやるわ」
男爵家の令嬢だとかで、まだ若い女らしい。
16歳くらいか。それで、ハリスティンの相手をしたのだから末恐ろしい女だと思った。
結局、男爵家の令嬢は公爵家に居座り、月が満ちて赤子を産んだ。
男の子だ。
ハリスティンは、アルフェリーナに向かって、
「乳母をつけて、しっかりと跡継ぎとして育ててくれ」
「かしこまりました」
そして、いつのまにか、子を産んだ女の姿を屋敷で見かけなくなっていた。
食事の時に聞いてみる。
「あのアリアさんはどうなさったのですか?」
あの令嬢はアリアという名だった。
ハリスティンは、肉をフォークで切りながら、
「アリアは追い出した。子を産む役目は終わった。息子は鑑定の結果、私の血を引いている。この家の女主人は君だ。しっかりと頼むよ」
「かしこまりました」
その翌年に、また別のお腹の大きい女性を連れてくるハリスティン。
その女性は子爵家の令嬢で、
「ハリスティン様はわたくしを愛していると言うの。子が産まれたら、わたくしを妻にしてくれるはずだわ」
「そうなのですか。わたくしは貴方の子を育てるように言われておりますの」
前のアリアと言う女もだったが、この子爵令嬢ミシェラも、屋敷で子が産まれるまで、我儘に振るまった。
その令嬢の世話もアルフェリーナに丸投げのハリスティン。
アルフェリーナは、メイド達にしっかりと世話をするようにと指示を出した。
大きなお腹を見せびらかしに来ようとしたので、部屋でおとなしくするように、女性の護衛騎士に頼んで、部屋に閉じ込めた。
うっとうしい。でも、今度生まれる子は男の子かしら女の子かしら。
男爵令嬢の産んだ男の子は、ロイドと名付けられて、可愛くて可愛くて。
乳母が面倒を見てくれるので、ただ自分は今は可愛がるだけ可愛がればいい。
物が解る年頃になったら、家庭教師をつけてしっかりと教育せねば。
「ロイド。本当に可愛いわね」
次に生まれてきたのは女の子で、マリーディアと名付けられた。
産んだ女はまた、ハリスティンによって追い出された。
マリーディアもとても可愛い女の子で。
ハリスティンは、にこやかに、
「どうだ?ロイドとマリーディア。可愛いだろう?」
「そうですわね。とても可愛いですわ」
でも、アルフェリーナは思う。
自分の子だったらもっともっと可愛いだろうに。
でも、この男は大嫌い。
わたくしはわたくしだけを見てくれる人が欲しいのだわ。
いつの間にか、心に寂しさを感じていた。
この男は嫌いだけれども、わたくしは女の幸せが欲しい。
心の奥底に仕舞い込んでいた女の部分が血を流して叫んでいるの。
女として愛されたい。可愛い自分の子が欲しい。
思い出すのは小説の表紙のアルフェリーナ。
可愛らしい容姿で、美男公爵ハリスティンに溺愛されて。
そういえば、男爵令嬢アリアも、子爵令嬢のミシェラも、どことなく、あの表紙のアルフェリーナに似ていた。小柄で可愛らしくて。
自分も小柄で可愛らしかったら、ハリスティンは浮気をせずに、溺愛してくれたかしら。
あまりの悲しさに、アルフェリーナは、ある決意をするのであった。
「アルフェリーナ。離縁とはどういうことだ?」
アルフェリーナは、教会で聖女マリアの傍で手伝いをすることになった。
そこへ、元夫のハリスティンが尋ねてきたのだ。
「疲れ果てたのです。子供は可愛い。可愛いですけれども、でも、わたくしは自分の子が欲しかった」
「それならば、今からでも」
「貴方の事は信用できませんわ。気分で言う事がコロコロ変わって。そして浮気者で。わたくしがどんなに、傷ついたことか。お腹の大きい女を二人も連れてくるのですもの」
「君だって了承しただろう?違う女に子を産ませる事。そもそも君が白い結婚を。私は気が変わったのに」
「信頼できない人と安心して子作り出来るはずはないでしょう」
「それでも君は我が公爵家に嫁いできたはずだ。私の気が変わったのだからあの時、私の言う事を聞いて褥を共にすればよかったのだ」
「でも、貴方は社交界の蝶を追う事をやめないわよね。きっとわたくしとの子がいても、他の女との子を作るんだわ」
「君は私を愛しているのだろう。だから傷ついて、離縁をした。私は離縁に承知していないんだ」
「わたくしは白い結婚であることを、貴族院に訴えましたの。調べても貰いましたわ。魔法で調べることが出来ますから。貴方の同意が無くても認められましたの。だから貴方とわたくしは他人。貴方なんて大嫌い。嫌悪感しかないですわ。二度と、わたくしの前に現れないで下さいな。さようなら。オードル公爵様」
お姫様抱っこされて、幸せそうに笑っている小説の表紙の可愛らしいアルフェリーナ。美男公爵ハリスティンが愛し気に見つめていて。
そんなのは夢の世界でしかないのよ。
何よりもわたくしは背が高くて可愛らしくない。
ハリスティンが気落ちした様子で帰った後、ぽつりと、
「わたくしが可愛らしかったら、溺愛されたのかしら。わたくしだけを愛してくれたのかしら」
聖女マリアは首を振って、
「それはないない。だって女はいずれ歳をとるよね。男だってそうだけど。可愛らしい容姿だって、いつまでも可愛らしい容姿ではないの。今まで貴方と公爵様は信頼関係を築けなかった。それは可愛らしい容姿でも、今の貴方でも同じなんじゃない?可愛らしい容姿の貴方であっても、社交界の蝶を追うのをあの男はやめなかったと思うよ」
聖女マリアにそう慰められて、納得した。
美男公爵様に溺愛されてなんて夢物語。
その表紙の幸せそうな可愛らしいアルフェリーナ。その姿を忘れることにした。
教会で働き続けていると、とある日、聖女マリアが一冊の本を持って来た。
「前世で、美男公爵様に溺愛されて、可愛らしい公爵令嬢は幸せになる っていう本があったと言っていたけれど、こういうのもいいんじゃない?」
「美男公爵様はムキムキ達に溺愛されて、違う世界の扉を開け幸せになる」
思わず吹き出してしまう。
っていうか、誰が書いたのか、まことに絵になっているこの小説の表紙。
ハリスティンが四人の逞しい男達に囲まれて、それはもう幸せそうに微笑んでいるのだ。
まぁ今、隣国にいるので、元夫がどうしているかは知らないが。
ただ、置いて来てしまった可愛い赤子たちの事は気になってはいる。
でも、自分の子ではないのだ。
今日も聖女マリアの元で、相談者の案内をするアルフェリーナであった。
アルフェリーナは、一生結婚しなかった。
ひたすら、困っている女性の為に、聖女マリアを支え、働き続けたと言われている。