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5.年下と同期のライバル

「あっれ~?誰かと思ったら加賀先輩じゃないですか?()()騎手やってたんですね」


 パドックでの輪乗りを終え、コースに移動する前の地下馬道で急に斜め後ろから声を掛けられる。男にしては甲高い、耳に付くようなその声には聞き覚えがあった。


 岩野 未来(いわのみらい)・22歳。剛腕で知られる関西所属・岩野 康夫(いわのやすお)騎手の息子で、このレースでは2番人気となるブループラネットに騎乗するデビュー5年目の若手ジョッキーだ。そして……オレがかつて在籍していた塩田厩舎の所属騎手でもある。


「塩田調教師(さん)言ってましたよ?角野井(すみのい)さんの所ぐらいでしか通用しないアイツじゃもう、厩舎が無くなったら引退しかないだろう、って」

「へえぇ。残念ながら、積み上げた物のおかげで何とかやれてるけどな?それであの人は?」

「あーもう今日は先に関西入りしちゃってるんすよ。ホラ、うち明日は厩舎期待のヤツが重賞獲るんで」


 その馬の話なら聞いている。今年は3歳牝馬G1を狙えそうな期待馬が居て、明日の牝馬重賞も1番人気間違いナシだと。でもだからと言って、条件戦に出す程度の馬は自分の目では見なくても構わないのだろうか。


「まあコイツもなかなかの馬なんすけどね、期待の新種牡馬セレスティアルの産駒だし。デビューからちょっと躓いてますけど、今日と次勝ってそのままダービー出るんで」


 ここまでは3着・2着と自分が乗って勝たせられていないのに大した自信だ。そういえばさっきも明日の重賞は自厩舎の馬が勝つ、と断言していた。乗り役は確か、コイツの父親だったはずだ。


「ま、せいぜい3着あたりでも目指して頑張ってくださいね。じゃあお先に」


 岩野はそう言い残すと馬の腹を蹴って速度を速め、先に本馬場(ほんばば)(レースコース)へと馬を走らせていった。その後ろ姿を見送っていると少し先に馬を歩かせていた一人の騎手と目が合う。


 

 横浜 優馬(よこはま ゆうま)。オレの同期で岩野と同じく人気騎手を親に持ち、近年では親子で騎手リーディング上位に君臨する【若き天才】

 このレースでは1番人気のシャドウオブザデイに騎乗しているが、こちらは2番人気の岩野と違って人馬共に静かにそこに佇むといった風情だ。

 

 競馬学校時代の実力ならオレと大して変わらず、1年目の成績は俺が28勝に対して彼が31勝となかなか拮抗していたハズだった。

 それなのにどこから差が開いたのか、いつの間にか向こうは年間50勝、60勝と勝利を積み上げて今では重賞24勝のうちG1レースも4勝、すでにG1レースでは見慣れた顔ぶれに名を連ねている。それに対する現状のオレはと言ったら……まるで天と地だ。


「や、やあ。久しぶりだな」


 現在の自分と彼の立ち位置の違いに気後れしながらも勇気を振り絞って声を掛けてみる。だがそれに対する応えはなく、彼は無言で踵を返すとレースコースへと馬を走らせていった。

 

 

 そうか、今のオレはアイツからしたら声を返す程度の価値も無い。眼中にも無い、って事か。



 俺とリブライトのコンビも含めて全ての馬がレースコースへ順番に出ていき、スタート位置のゲート前に移動する。今回のレースは8頭立ての小頭数。クラシックを目指す同期の馬はもうとっくに重賞に勝ち上がっていった時期に、まだ1戦も勝ちあがれていない馬たちの、生き残りをかけたレース。


 

 なんだかオレの今の状況と似ているよな、と苦笑しながら誘導員に促されて狭いゲートへと進む。


 

 どれだけ現状を嘆いたって何も変わらないし息苦しいのはどうにもならない。だとしたら自分でこの状況を打ち破るために、苦しくても前へ進む事、それだけが今できることだ。オレにとっても、この馬にとっても。

 

「リブライト、ここから、だ。やってやろうぜ」


 馬にとっては狭苦しい『ゲートという空間に押し込められる緊張を解くため』の意味も含めて首元をポンポンと軽く叩くと相棒にそう呟き、ゲートが一斉に開くその瞬間を待った。


 

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