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4.リブライトという名の馬

 3月2週土曜日、中山競馬場第5レース。

 3歳未勝利戦 芝1800メートル。


 そのレースに出走するためのパドックに、オレ達は立っていた。


 リブライト。6番人気0戦0勝でこれが初出走。父馬はG2・青葉賞とセントライト記念を勝ったスカイリット、そして母馬はオレに唯一のG1勝ちをプレゼントしてくれたブリリアントスター。


 

 骨格が似ている母馬は2歳G1を制したとはいえ、本格的に馬体が完成したのは4歳秋と遅かった事から入厩や調教の開始も遅く、さらに両親ともに脚部の不安から競走馬を引退している事を考えて『体格が完成しないうちからレースで無理を掛けないように』と前任の角野井(すみのい)調教師が判断して、他の馬たちがすでに何戦も勝ち負けを繰り返しているこの時期がデビューとなった馬。


 血統が全てと言われている競走馬の世界において、リブライトはG1勝ちの無い父馬の仔として競馬関係者からは大した期待は掛けられていなかった。


 加えて母馬ブリリアントスターの馬主であり、この馬の馬主でもある桜さんは競走馬を数頭しか所有していない無名の零細馬主なので「競馬の何たるかを知らないクセに昔マグレでG1勝った馬のオーナーが、道楽でその仔も所有しているだけ」などと心無い事を言う奴まで居た。


 だけど、【輝きをもう一度取り戻す】と名付けられたこの馬に角野井調教師も馬主の桜さんも、もちろんオレも、ずっと期待していたんだ。


 

「加賀君にまた乗ってもらえるとは良かったよ」


 パドックで騎乗する前にオーナーである桜さんと握手を交わす。会うのは多分、ブリリアントスターでヴィクトリアマイルを勝った日以来になるので5年近くぶりになるか。


 親父さんのやっていた小さな薬局を自分の代で関東に何店か構えるドラッグストア「さくら薬局」のグループにした実業家である彼は60代にしてやっと自分の馬を持ち、70代にして初めてブリリアントスターでG1を獲得した苦労人だ。


「覚えていてくださったんですね」

「勿論だとも、ワシにとってもあの馬が唯一のG1を獲った馬じゃからな。その中でも最後のふたつは今でも鮮明に覚えておる」


 ブリリアントスターはヴィクトリアマイルの後、男女混合のマイル戦・安田記念に向けての調教中に脚部不安で引退・繁殖入りしたので、『最後の2つ』と言ったらオレが手綱を取って2着になった福島牝馬ステークスと大金星を挙げたヴィクトリアマイルになる。



 俺にとっても騎手デビューした頃、彼女は2歳G1を勝って『3歳牝馬クラシックに一番近い存在』として厩舎の看板ホースだったし憧れの馬だった。まだ新人の俺に跨る機会は全く回ってこなかったけれど、だとしても頑張って欲しいとずっと願っていた。


 結果として3歳・4歳は故障も多く期待された走りは出来ずに終わってしまったけど『このまま終わるハズはない、この馬の力はこんなモンじゃない』って思っていたんだ。

 

 5歳になってようやく乗れる機会が回ってきた時、その能力に感動したのを覚えている。こんな馬が大きな所を勝てずに終わっていくはずがない、何とかしてやるんだ! って強く願ったのを今でも何度も夢に見るくらい、思い出す。



「加賀君、君もあれ以来なかなか勝ち星に恵まれていないと聞く。ワシもブリリアントスターが引退してから大きいところを獲るのはおろか、挑戦すらできていない。じゃが、まだ諦めきれん気持ちも、もう一度ここからやり直したいと渇望する想いも、同じじゃと思っておるが違うかな?」

「勿論です! まずはこの目の前の勝負、悔いのないように競馬してきます」

 

「桜オーナーの想いに比べたら大したことでは無いけど、ボクの為にも頼むよ。じゃあそろそろ準備良いかな?」


 福山調教師に促されてリブライトの方へと向かう。そう、このレースが彼にとっても厩舎旗揚げ最初のレースになるんだった。乗せてくれた恩を無駄にしないためにも、ここで情けない競馬をするわけにはいかない!


 

「リブ、今日もいつも通りで頼むよ」


 

 初めての競馬場の喧騒に戸惑うリブライトの首筋を軽く一撫でして言葉を掛けると、調教の時と同じように彼の上へと跨った。さあ、ここからリスタートだ!

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