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12.調整ルームにて

お詫び

 あまり表に出る施設ではないため、調整ルームという施設についてはほぼイチ競馬ファンの憶測で描いております(資料になる記述や動画がホントに全然ない)「そんなトコ調整ルームにねーよ」とか有ったら先に謝っときます。

 ちなみに調整ルーム内はスマホ禁止です、よ(多分)

 3月最終週の金曜日、滋賀県・栗東りっとうトレーニングセンター。


 急遽、その週開催のG1・大阪杯へ出走できることになり関西入りしたオレは、増田調教師の伝手で幾つか乗せてもらえる馬の厩舎を廻り、挨拶とレース指示についての説明を受けた。最初は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と身構えていたが誰もそれに触れる人は居なくて、少しだけ気分が楽になる。


 

 そして夕方になり厩舎スタッフが引き揚げると早めではあるが調整ルームへ。


 調整ルームというのは競馬に公平性を保つため、騎手が前日夜から土日の競馬開催終了まで外部との接触を絶って過ごすように作られた建物で、要するに『騎手専用の宿舎』みたいなものだ。

 

 入室する制限時間は21時まで。騎手の中にはギリギリの時間まで外食をしたり外で過ごして、着いたら翌日に備えて眠るだけという人もいるのだが、オレが着いた夕方過ぎの段階でも割と食堂は見知らぬ騎手たちで混み合っていた。


 すでに何組かのグループに分かれて談議に花が咲いていたが、パッと見回した感じでは知っている顔は何処にも見当たらず、かといって何処かのグループにズカズカと入り込んでいけるほどの度胸も持ち合わせていない。


 居場所も無く手持ち無沙汰になってしまったので、トレーニングルームの空いているマシンで軽く汗を流し、サウナへと向かう。誰も居ないと思っていたその場所には一人だけ、先客が佇んでいた。


 

 川原 風雅(かわはら ふうが)騎手。関西所属だが関東にも積極的に遠征に来るトップジョッキーの一人で、常に険しい表情を崩さずストイックな姿勢から近寄りがたい雰囲気を出している事で有名だ。そんな人がサウナで一人、黙々と汗を流している。


 少しの間、話し掛けて良いものかどうかと気まずい空気の中で迷ったが勇気を出して話し掛ける事にした。図らずとはいえ、ここ数週間の幸運に恵まれているのは彼のおかげでもある。


 

「川原騎手、ジオウハチマンの乗り役の件、増田調教師ますだせんせいから聞きました。ありがとうございます」

「あぁ、アレは調教師テキ馬主オーナーの決めた事だ。俺のおかげじゃない」

「それとトゥルーロマンスの乗り替わり……上手く結果を出せなくてすみません」

「……別に。俺に比べて未熟な乗り手で、俺と同じ結果出せるなんて思っちゃいないさ」


 何とか会話の糸口を見つけようと馬の事を話題に話しかけてみるが、ムスッとした感じで返す言葉も不機嫌そうな態度が滲み出ている。いつの間にか何かの理由で、オレはこの人を怒らせてしまっていたのだろうか?


 

「あのぅ……何か怒らせるような事、しちゃいましたか?」

「ん……そうだな」


 思い切って聞いてみたが、その言葉に反応して身体をこちらに向けて向き直った川原騎手の佇まいに怖さを覚える。鍛え上げられた身体と「一切の妥協を許さない」って書いてあるかのような表情から押しつぶされるような重圧を感じた。


 

「あの騎乗、お前はちゃんと『俺が絶対に勝たす!』っていう気持ちで乗っていたか?」

「……いえ。自分では前に行きたがるのを抑えるので精一杯でした」

「それじゃ駄目だ。馬の『勝ちたい気持ち』と自分の『勝たせたい気持ち』、ソイツが1つになって初めて『他のどの馬にも負けない』っていう強い競馬が出来るんだ。それが無いうちは、()()()と呼ばれてる馬にも乗り役にも通用する競馬は出来ない! 」


 勝たせたい気持ち、自分がどうしてもと思う気持ち……ついこの前、千葉さんに足りないと言われたのはまさに、そういう事だ。


「今週の大阪杯、俺は()()()()()()()()()()()を持って乗る。ちゃんと見ておけ」

「おぉう川原、お前さん何若手掴まえて恫喝どうかつしとるん!? って加賀君やん」


 

 そのタイミングでサウナに入ってきたのはベテランの和賀 竜介(わが りゅうすけ)騎手。

 

 40歳を過ぎても年間100日程度の開催日数の中で年間800~900鞍に跨っている【鉄人】と呼ばれる人物だ。人当たりが良くどんな人気薄の馬でも依頼を快く引き受けて跨るその姿勢で、騎手だけでなく調教師や馬主からも好かれている。上位の騎手はほとんど乗らないような下級条件のレースでも良く見かけるため、オレでも面識があった。


「今コイツに闘魂注入の何たるかを教えてやった所ですよ」

「闘魂……ねぇ。勝たすっちゅう気持ちを前面に出すのもアリなんやけどな。それだけとちゃうで」


 和賀さんもドカリと腰を下ろすと会話に加わる。


「川原の乗り方でやる気になってくれる馬も居るけどな、火ィ付くのに時間がかかるヤツ、おだててようやく調子づいてくれるヤツ。色んな馬が居るし、色んな乗り方がある。


 それにな、闘志なんて微塵もない様な飄々とした態度からいつの間にかとんでもない人馬一体の足使ってくるからな、俺らより【()()()()】は。多分アレ掴むのはもっと先っちゅう事なんや」


 和賀さんの言っている【上の連中】というのは明日の大阪杯でも人気を分ける東西のレジェンドと呼ばれる二人の事だろう。そのうちの一人は俺の同期・優馬の父でもある。


「ともあれ、大事な事は馬が全部教えてくれる。俺も騎手3年目に任されたセイキマツハオウと一緒に戦って大きいトコ獲らせて貰ったり、逆に勝てるレースを逃して悔しい思いをしたりっちゅう経験があるから、今もこうして騎手やれとるんや。迷ったり悩んだら馬に聞いたらええ。レースの最中じゃ唯一の相棒なんやから」


 確かに、一度レースがスタートしてしまったら最後、騎手は一人で戦うものだとずっと思っていた。馬に聞く、か。オレにはまだそんな経験は無いけれど、これも大切なヒントになるのかもしれない。


 こうして普段では聞ける機会の無いであろう色んな話を教えてもらい、オレは初めての関西での競馬を迎えた。

この物語はフィクションなので実在の騎手や馬とは関係ありません。


 が、作者は和田騎手とテイエムオペラオーが年間レース全勝したエピソードもその後、勝つまではオペラオーに会わないと言った誓いの事もミッキーロケットの宝塚記念もすごーく大好きなのでちょこっとその話は使わせていただきました。


感想・コメントなどありましたら是非よろしくお願いします。

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