その5
エルダスの西の端の荒れ地に風が流れた。
土煙が風に乗って流れていく。
その煙の中に夥しいモンスターの残骸が山のように散らばっていた。
何処か長閑な雰囲気を醸し出す藁を積んだ荷馬車の前に立っていた鳶色の髪をした男は手袋を嵌めながら
「これで暫くの足止めにはなるな」
と呟き
「植えた茄子が漸く収穫できそうだが…やはり…このままではな」
とぼやきながら、荷を括りつけていた馬の綱を切ると跨った。
…かつて君は人の親とは愚かしいものだと言ったが…
「人でないモノでもそう言う情というものは生まれるものなのだろうか」
男は馬を撫でると
「行ってくれ」
我が愛馬
と東に向かって疾走した。
少しして駆けつけたセフィラは一瞬にして壊滅したモンスターの群れの残骸を見つめ目を細めた。
数千のモンスターが一瞬の内に壊滅したのだ。
俄かには信じられなかった。
いや、破滅の紋章を持つ己ならば出来ただろう。
だが。
それに匹敵する者がいるとは聞いたことが無い。
だが。
だが。
目の前の情景は事実なのだ。
セフィラは顔を顰め
「あれだけのモンスターを一瞬に」
と呟き、クククとくぐもった笑いを零すと左手の紋章を見て
「いいだろう」
だがどこの誰かは知らないが
「俺と会った時がお前の最期だ」
と言い、黒いユニコーンの手綱を引いた。
リリア・ルーカスを逃したのは失敗だった。
だがどこに逃げ込もうと必ずその子供と共に消し去る。
セフィラは不遜に笑み
「モンスターは星の数ほどいる」
この程度
「僅かな時間稼ぎにしかならないぞ」
と呟き、その場を背にした。
数日後、ノースクロスの聖塔で各国に使者を送ったフィーアはドリュアスの案内で逃げてきたリリアを迎え入れた。
彼女はリリアを抱き締め
「そうですか」
必ずリリア様もそのお腹のお子もお守りいたしましょう
と告げた。
ただ、その時。
付き添っていたドリュアスが
「モンスターの軍勢が追いかけてきていて」
追いつかれるかと思っていたんですが
「エルダスからは出れなかったようで」
と告げたのである。
フィーアは少し考え
「…そうなのですか?」
と呟いた。
モンスターにそのような制限などない。
だが。
実際に無事に北の地のノースクロスに彼らはたどり着いたのだ。
まして近隣の諸国に破壊の紋章の軍勢が攻め入ったという話は出ていない。
何故か?
そうフィーアが考えあぐねていた時にドリュアスは
「あの鳶色の髪をした男もついて来ていれば助かったのに」
と告げたのである。
鳶色の髪をした男。
フィーアは驚き
「鳶色の髪をした…男…ですか?」
と聞いた。
ドリュアスは頷き
「細身の優男でしたが」
非常時だっていうのにのんびりと荷馬車を駆っていたんですよ
「乗れと誘ったんですがね」
先に行けと
と吐息を吐き出した。
フィーアは視線を伏せて
「そうですか」
と言い
「でしたら、暫く破壊の紋章を持つ者が進軍してくることはないでしょう」
と告げた。
「今の内に諸国と対策を練らなければ」
彼はもうきっと力は貸してくれないと思いますから
そう言って、瞼を伏せた。
ただ、破壊の紋章を持つ者が再びモンスターを連れて進軍するのにそれほど時間が掛からない事は予測できた。
そして…これと言って対抗する手立てがないことも。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。