6-4
翌日、彩姫は痛む頭を押さえながら、馬を進める。
大露まで同行を申し出てくれた楊一味とともに山岳ルートをひた進む。
どこからか調達してきた輿に愁と白蘭を乗せてくれたので、彩姫たちの負担が減った。
青藍は馬に乗りたいというので、芳磊と同乗している。
「彩姫。大丈夫か?」
「李翔様。大丈夫です。やはりお酒はダメですね。今後は控えることにします」
「ああ。そうだな。それがいい」
少し残念だと思う李翔だ。
酒を飲むと彩姫はさらに可愛くなる。
たまには酔わせて可愛くなった彩姫を愛でたいのだ。
「それにですね。お酒を飲んだ後の記憶がないのです」
「……俺の話はどこまで覚えている?」
「ええと……草原を自由に駆け回っていた云々の辺りで記憶が途切れました」
李翔は金づちで頭を殴られたような衝撃に襲われる。
(ほとんど序盤じゃねえか! あの後の大好きは? 俺の愛の告白はどこに行った?)
「申し訳ありません、李翔様。いつか続きを聞きたいのですが、ダメですか?」
彩姫があまりにもしょんぼりしているので、李翔はダメだとは言えない。
「ダメではないぞ。任務が終わったら、ゆっくり聞かせてやる」
(今度は絶対に酒は飲ませない!)
「本当ですか?」
「ああ、約束する」
嬉しそうに彩姫は笑った。
予定どおり道程は進んで、三日目に最後の難関に辿り着いた。
ここを超えれば、後はなだらかな丘となる。丘を越えれば大露の港はすぐそばだ。
「あと一息ですね。楊さんのおかげで早く到着できそうです」
彩姫は現在地を地図で確認する。
山岳ルートを熟知している楊は抜け道を知っていて、彩姫は要所要所で地図に印を付けていた。
「地図を書き換えるのか?」
「はい。演習の際に役に立つかと思いまして……」
「黄彩は軍を退役して将軍に嫁いだんだろう? そんなことする必要はないんじゃないか?」
李翔と彩姫の会話に割り込んできた楊に指摘されて、彩姫はそういえばと思い直す。
「いいのです。李翔様のお役に立てるのですから……」
「へいへい。内助の功ってやつか」
突如、かなりの上空で白耀が三回ピィと鳴き、少し置いて四回また鳴いた。
「黄彩!」
「はい!」
咄嗟に李翔は黄彩と彩姫を呼ぶ。
「楊さん、愁様たちを連れて迂回ルートへ。弓矢を使える方は私についてきてください」
「相変わらずいい連携だな。黄彩を退役させない方がいいんじゃないか? 将軍」
楊は李翔の軍にいたので、白耀の合図を覚えている。
「俺もそう思うが、仕方ないな」
李翔は迅雷の馬首を白耀の声がした方へ返す。
「敵襲だ! 襲来に備えろ!」
戦場のように李翔が下知をくだす。
「彩姫。余も弓矢を使える」
「父上は皇帝です。矢面に立たせるわけにはいきません」
「余に矢は当たらないよ。何せ妖怪だからね」
巷で「妖怪」と言われていることを芳磊は知っている。
「ですが……」
「其方に弓を教えたのは余だよ。師の言うことが信じられないか?」
彩姫に弓を指導したのは芳磊だ。娘に才能があると思った芳磊は、呉氏が止めるのも聞かずに本格的に教えた。
確かに芳磊の弓の腕は相当のものだが、それは的が止まっている場合だ。実戦とは違う。
「分かりました。ではなるべく私のそばにいてください」
いざとなったら、彩姫自身が盾になるつもりだ。
「ところで何故敵がいることが分かったのかな? ここからかなり離れているだろう?」
敵がいる位置はここから四里(二キロ)は離れている。しかも周りが高い木に囲まれていた。
「白耀の索敵です。最初の三回は敵襲の合図で高い上空で鳴いたということは、敵は弓矢を持っています。そして最後に四回鳴いたのは敵が四里離れているということです」
「すごいね。鷹にそこまで仕込むとはたいしたものだ」
「雛から育てていますから」
「我が国の軍が無敵なのが分かったよ」
白耀の索敵によって敵の奇襲を素早く察知し、先手を打つ。
この手で何度奇襲を防げたか分からない。
「それだけではありませんよ。我が国の軍は李翔様の軍だけではないのですから」
芳磊は「そうだね」と頷いていた。




