6-3
李翔とともに山小屋の裏手にある木の椅子に腰かける。
「少し話があってな」
「……あの……李翔様。その……初めてが……任務の途中というのはまずいのでは?」
彩姫が顔を赤くしてもじもじとしているので、李翔まで顔が赤くなる。
「お前まで何を勘違いしているんだ!? 楊の野郎。余計なことを言いやがって! あとでぶっ飛ばす!」
「すっ! すみません! 私としたことがはしたない! 穴があったら入りたい!」
「こらこら! 本当に穴を掘るな!」
地面を掘ろうとしている彩姫を止めると、椅子に座らせコホンと咳払いをする。
「ああ……まあ……そういうことは任務が終わってから家でゆっくりとな……」
「……は……い……」
李翔は竹筒に入った酒を一口飲む。
「飲むか?」
「お酒は……いえ。いただきます」
彩姫は竹筒を受け取り、一口酒を含む。
「話というのは、俺がこの国に来た馴れ初めだ」
李翔は自分の生い立ちをぽつぽつと語り始める。
李翔は草原の民を束ねる長の七番目の子供として生を受けた。
長の地位を継ぐ必要もないので、伸び伸びと育てられたのだ。
馬を己の手足のように操り、草原を自由に駆け回った。
だが、李翔が十四歳になった時、草原を侵攻してきた紫桜国に父母とたくさんの兄弟を殺されてしまう。生き残った李翔は命からがら白蓮皇国との国境まで逃げることができ、行き倒れていたところを芳磊に助けられたのだ。
芳磊は李翔を白蓮皇国に連れて帰り、有力貴族だった蔡家の養子とした。
蔡家には子供がいなかったので、老夫妻は李翔を本当の息子のように可愛がってくれたのだ。
だが、苦労して大将軍まで登り詰めた頃には老夫妻は亡くなってしまった。
「別に隠すこともない昔話なのだがな」
隣からぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえるので、彩姫の方に視線を向けると泣いていた。
「お、おい!」
「李翔様、かわいそうですぅ。家族を殺されてしまうなんて。紫桜国なんて滅ぼしてしまいましょう! そうしましょう!」
「いやいや。私怨で戦をしかけるのは間違っているぞ!」
「だってぇ! 李翔様の家族は私の家族でもあるのですよ。大好きな李翔様の家族を殺す紫桜国は敵です!」
李翔は地面に転がっている竹筒を見て苦笑する。彩姫は中身を全部飲んだのだ。
「酒に弱いというのは本当だったんだな」
彩姫は酒に酔っているのだ。それでも……。
「彩姫は俺が好きなのか?」
酒に酔った時は本音が出やすいという。
「はい。好きです! 李翔様だからこの縁談をお受けしたのです。それなのに李翔様は私を本当の妻にしてくださらない。そんなに私は魅力がないですか?」
潤んだ瞳でじっと李翔を見つめてくる。
黒曜石のような大きな瞳に吸い込まれそうだと李翔は思った。
「彩姫は誰よりも美しい。俺は黄彩だった頃から彩姫が好きだった。男に惚れたのかと悩むくらいな。お前が女で良かった。愛している、彩姫」
彩姫が胸の中に飛び込んでくるので、李翔は受け止める。
「では、私を本当の妻にしてください。今すぐ!」
「今すぐ!? それはまずいだろう」
後ろでカサリと音がしたので、振り返る。
小屋の影から芳磊と愁と楊が覗いているのが見えた。
「お前らぁ」
見られていたことに恥ずかしさを覚えた李翔は手を震わせる。
「何だ? お前たち初夜がまだなのか? 仲睦まじいからてっきり終わらせたかと……。李翔のヘタレ!」
悪びれもせず、にやにやと芳磊は笑っている。
「彩ちゃんを待たせたらいけないわ。私たちは外で寝ますから、貴方たちは小屋で共寝しなさい。あまりロマンチックではないけれど……」
後半の愁の言葉は理解不能だ。
「将軍。錦の寝具をお貸ししますよ」
楊が憐れみを含んだ目をしている。
「アホか!? 彩姫、戻るぞ。彩姫?」
彩姫はすやすやと寝息を立てている。
「彩姫は絡み癖があるのか? おっさん、あんたの娘にしては酒に弱すぎるだろう?」
李翔の腕の中で眠っている彩姫の髪を撫でながら、芳磊は愛おしそうに娘を見る。
「母親に似たのだな。凛麗も酒が飲めないから。だが、顔と酒に弱いところ以外は余に似て可愛いだろう?」
「可愛いのは認めるが、おっさんに似なくて良かったと思っているよ」
起こすのは気の毒なので、彩姫はそのまま寝かせておくことにした。




