6-1
山岳には様々な危険が待ち受けている。
起伏が激しく平坦な道と違って体に負担がかかったり、切り立った崖の細い道を進まなければならなかったりするのだ。
訓練を積んでいる李翔と彩姫はある程度慣れているが、初めての者にはキツいルートだ。
「白蘭、寒くない? 大丈夫?」
それほど標高が高い山ではないのだが、都と比べると随分と冷える。
彩姫は寒そうにしている白蘭に外套を着せてやった。
白蘭は振り返ると、にっこりと微笑みかける。「ありがとう」と言っているのだろう。
「おっさんは平気なのかよ?」
少し狭い道なので彩姫を先頭に芳磊が続き、後続を李翔と馬を進めている。
「平気だよ。余も皇太子の頃にこの山で演習を受けたことがある」
先代の皇帝、つまり芳磊の父は厳しく、皇太子を鍛えるために軍に放り込んだのだ。
李翔はぴゅうと口笛を吹く。
只者ではない皇帝だとは思っていたが、軍に所属した経験があるのは初耳だった。
「余は平気なのだが、愁が辛そうだ」
「私のことは気にしないで大丈夫よ。磊ちゃん」
皇帝を「磊ちゃん」呼ばわりしていても大丈夫なのかと余計な心配をする李翔だが、己も「おっさん」呼ばわりしていることは棚に上げている。
「愁様は病み上がりですからね。将軍。この先に軍の休憩スポットがあります。そこで少し休憩を取りましょう」
彩姫が先頭から声を掛けてきた。李翔のことを「将軍」と呼んでいる。
「あいつ……。軍の演習のつもりか? 黄彩になっているんだが……」
白耀が先に進んでいるということは危険がないということだ。彩姫は少し馬足を速めた。
「余の娘は勇ましいな。やはり彩姫を皇太子にしようか? 李翔、王配になる気はないか?」
「嫌だね!」
女帝の夫など考えただけでも肩が凝りそうだ。
ふと、思いついたことを李翔は芳磊に尋ねてみたくなった。
「なあ。女性が皇帝になったら、後宮はどうなるんだ?」
後宮は皇帝の妃や子供が住む場所だ。皇帝以外の男性は立入禁止の花園である。
「我が国は女性が皇位に就いたことはあるが、その時は女帝の母親と子供以外は住んでいなかったそうだ。女帝は夫と泰極殿で暮らしていたみたいだよ」
「そうなのか」
考えたくはないが、彩姫が皇位に就いた場合、自分は泰極殿に住むことになるのだ。
「妃同士の確執がない後宮は平和そうでいいわねえ」
愁は芳磊の手がついていないが、四夫人の次に高位の昭儀だ。
下の位の妃たちはそれほどでもなかったが、朱徳妃のあたりがキツかった。
姉の麗淑妃が生きていた頃や呉氏が後宮の主であった頃は彼女たちが庇ってくれていたので、それほどの被害はなかったのだ。
だが、呉氏が冷宮送りになり、朱徳妃が後宮の主になった途端に愁へのあたりがキツくなったのである。
「辛い思いをさせてすまなかったね、愁」
「いいの。磊ちゃんが時々遊びに来てくれたから、そんなに辛いとは思わなかったわ。彩ちゃんと玲ちゃんが徳妃の気を逸らしてくれることもあったし」
玲ちゃんとは玲寧公主のことだろう。愁がちゃん付けで呼んでいるということは、お気に入りということだ。
「だが、孔雀姫……いや。玲寧公主は朱徳妃の娘だろう?」
「そうだけど、玲ちゃんは母親に似ずいい子よ」
「彩姫ほどではないが、玲寧も賢い娘だ。良い嫁ぎ先を探してやらねばと思っている」
李翔には孔雀姫でも家族の間では玲寧は良い娘らしい。
「だが、石燕のヤツめ。玲寧を紫桜国の王弟に嫁がせて同盟を結んではなどと進言してきおって!」
その話は李翔も朝議の席で聞いていた。
だから、玲寧が劉信に託した書状を見て、そういうことかと思ったのだ。
石燕の書状を手に入れたことはまだ芳磊には話していない。
劉信が石燕を追い詰めるにはもう様子を見た方がいいだろうと言っていたからだ。
それに関しては彩姫も納得している。
李翔は石燕に対する怒りを吐き出している芳磊の話を黙って聞いているだけにした。




