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白蓮皇国の大将軍である蔡李翔は朝から不機嫌だった。
昨日、紫桜国との戦に勝利した褒賞を皇帝より賜ったのだが、その褒賞というのが問題だったのである。
「いつまでむくれておるのだ、李翔。主上から賜った褒賞がそんなに気に食わぬのか?」
白蓮皇国の丞相である高劉信に窘められて、李翔はますます不機嫌になる。
劉信は今年二十六歳だが、丞相という高い地位に就いている。
高家は代々丞相を務めてきた家系だ。先代の当主、つまり劉信の父が急逝したため、劉信は若くして丞相となったのだ。
若いが恐ろしく頭が回る。皇帝の信任が厚く、妙な威圧感を持つ劉信が丞相になることに異を唱える者はいなかった。
同時期に大将軍となった李翔もまた皇帝の信任が厚いのだが、重臣たちは反発を抱いている。それは李翔が白蓮皇国の出身ではなく、草原の民だからだ。
国を持たない遊牧民である草原の民。白蓮皇国では異民族に対する風当たりが強い。
だが、同時期に出世した李翔と劉信は仲が良い。
「戦の褒賞というのは領地や金品ではないのか? 誰が好きでもない女をもらって嬉しいものか!」
李翔が戦の褒賞として皇帝から賜ったのは公主、つまり皇帝の娘であった。
朝議での皇帝のドヤ顔を思い出して李翔はまた腹を立てる。
「大体なんだ! 人の良さそうな顔をして一癖も二癖もあるんだぞ。あのおっさんは!?」
「主上をおっさん呼ばわりして咎められないのはお前くらいだな」
劉信は苦笑する。
「バカ殿呼ばわりしているお前よりはマシだ。劉信」
劉信は皇帝が何か仕出かす度にバカ殿呼ばわりをしているが、李翔と同じく咎められたことはない。
「だが、お前の下に降嫁してくるのは彩姫公主だろう? 呉皇貴妃、いや、今は廃妃か。呉氏の娘だからすごい美人だと思うぞ?」
彩姫公主は今上帝の長女で今年十八歳になる。
母親の呉氏は『絶世の美女』と名高いので、彩姫公主もかなりの美少女だという噂だ。
噂というのは、公主は基本母親の下で育てられるため、後宮から滅多に出ることはない。そのせいで姿を見たことがある者はなかなかいないのだ。
「ああ、そうだ。他の公主であればともかく、よりによって冷宮送りされた廃妃の娘だぞ。戦功を立てたというのに、騙された気持ちだ」
李翔は知らないが、他の公主は彼の下に降嫁することを嫌がったのだ。
彩姫公主だけが皇帝の命令に従い、李翔の下に嫁ぐことを了承した。
「まあ、そう言うな。彩姫公主は利発で主上に一番寵愛されている御子だ。男子であれば、皇位を譲りたいと仰っていたくらいだぞ」
「母親の後ろ盾を失った公主なんぞ、政治の道具にもならないだろう」
悪態をつく親友の肩を劉信はポンと叩く。
「まあまあ。今日は独身最後の夜だ。妓楼にでも行くか?」
明日は李翔と彩姫公主の婚礼の日だ。
つまり李翔にとっては独身最後の日となる。
「そんな気分にはなれん! 家に帰って菓子作りでもしたほうがマシだ」
李翔は肩に乗せられた劉信の手を払い退ける。
「今日はいやに突っかかるな。ほかにも何かあったのか?」
李翔が不機嫌な理由はもう一つある。
「……黄彩が退役を申し出てきた」
「ああ。優秀なお前の副将か? 何故だ?」
戦から凱旋する途中、副将の黄彩が突然退役を申し出てきたのだ。
軍を退役するのは戦で負傷をして体が不自由になったり、特別な事情がある時のみ認められる。
だが、黄彩は負傷をしたわけではない。
「家の事情で軍に所属できなくなったそうだ」
「それならば引き止めるわけにはいかないな」
確かに仕方のないことだが、優秀な副将を失うのは李翔にとっては痛手なのだ。
一を聞いて十まで悟る者はなかなかいない。
「何とか思い留まってくれるといいのだが……」
「そこまで気に入っているのか? 一度会ってみたいものだ」
劉信は話に聞くだけで、黄彩に会ったことがないのだ。
気難しい李翔がそこまで気に入っている者を実際に見てみたいと思った。
「黄彩は白い鷹を操るんだ。賢い鷹でな。伝令の役目も果たす。優秀な副将と伝令がいなくなるんだ。ああ、痛手だ!」
髪を掻きむしる李翔の肩に劉信は手を回す。
「妓楼がダメならば、お前の家で酒でも飲んで語り明かそう! 愚痴を聞いてやるぞ」
「結局、お前は酒を飲みたいだけだろう? 劉信」
李翔も酒好きだが、劉信も酒が好きだ。しかも強い。
飲み比べをして李翔が劉信に勝ったことがないくらいだ。
今日は夜を徹して親友と酒を飲むことになりそうだと李翔は諦めてため息を吐いた。