5-2
すっかり酒に酔ってしまった李翔を劉信の手を借りて居室へと運んだ彩姫は、一息吐く。
「劉信殿。ありがとうございました。いつもの居室に寝具の用意をしましたので、どうぞお休みください」
「では、お言葉に甘えて」
劉信は酒の壺を下げて、李翔の居室を出ていく。これから、まだ飲み直すつもりなのだろう。
後でつまみを用意するように張俊に言っておかなければならない。
「彩姫?」
李翔が目を覚ましたようだ。ゆるゆると臥牀から身を起こし、座る。
「李翔様。起こしてしまいましたか?」
「いや。水をくれないか?」
「はい」
水差しから湯呑に水を汲み、李翔に手渡す。
窓の外でピィと鳴き声がするので、開けると白耀が舞い降りてきた。
「白耀、どうしたの?」
白耀は止まり木に下りると、くいと足を出す。小さな紙が結ばれてあったので、彩姫はそれを解く。
止まり木は李翔と彩姫の居室にそれぞれ設置してある。
いつでも白耀が入ってこられるようにと、李翔が用意してくれたのだ。
紙は芳磊からの手紙だった。
「……父上からです。明後日、愁様を連れてこちらに来るとのことです」
「そうか。いよいよだな」
彩姫は頷く。
愁と青藍と白蘭を大露の港まで送り届けるために、李翔と彩姫は綿密に計画を立てた。
朱徳妃が妨害してくることを予想して、正規ルートではなく、山岳ルートを行くことにしたのだ。
李翔と彩姫だけであれば強行軍で難なく突破できるが、女子供を連れての旅は厳しいものとなる。
前もって準備が必要だったので、二人は芳磊から命じられた翌日から用意をし始めたのだ。
「……李翔様。いろいろと巻き込んで申し訳ありません」
「何だ今さら。言っただろう? 縁あって夫婦となったのだ。協力するのは当たり前だろう?」
李翔と彩姫はしばし見つめ合う。
「……李翔様。今日は共寝させていただいてもよろしいでしょうか」
「……いいのか?」
「はい」
彩姫が李翔の下に近づきおもむろに手を差し出すと、李翔は彩姫を一気に引き寄せ、己の腕に抱く。
李翔の逞しい腕に抱かれて、彩姫は心安らかな気分になる。
やがて李翔の顔が近づいてきて……。
互いの唇が重なる。
と同時にけたたましい音が響く。
「李翔! 今日こそは命を頂戴する!」
最早、暗殺者とは呼べないような乱入者が居室に飛び込んでくる。
この屋敷ではこれが日常茶飯事なのだ。
「この野郎! いいところを邪魔しやがって! 貴様のようなヤツは馬に蹴られて死んじまえ!」
これからという時に邪魔をされて苛立った李翔は、立てかけてあった矛を素早く掴むと、柄で乱入者を突く。
「ぐおっ!」
乱入者は壁まで吹っ飛ぶ。
本来、矛は狭い室内で戦うには向いていない武器なのだが、李翔は武器を上手に使うことに長けている。
「馬というか、李翔様に吹っ飛ばされて死んでしまえと言ったところですね」
せっかくいい雰囲気だったのに邪魔されたので、彩姫も不機嫌だ。
乱入者は徒党を組んでいたようで、次から次へと居室に侵入してくる。
彩姫は懐剣を構えると、指笛を吹く。
「白耀! 張俊に知らせて!」
結局、乱入者たちは後から助太刀に入った張俊と劉信と共闘することで、一網打尽にすることができたのだ。
劉信は「とっとと屋敷の警備を固めろ」と半ば呆れていた。




