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変わり者の将軍は男装姫を娶る  作者: 雪野みゆ
第四章
16/27

4-2

 鴻禅堂からの帰り道、朱徳妃は皇宮へは帰らず、生家の朱家の屋敷へと立ち寄った。


 母親に付き合って玲寧も皇宮へは戻らなかったのだが、少しばかり後悔する。


「こんなことだったら、母上とは別行動で李翔将軍の屋敷にでも行けばよかったわ」


 朱徳妃は兄である石燕と話があるというので、玲寧は伯父自慢の庭園に向かっている。


「李翔将軍の屋敷でございますか?」


 玲寧の後ろに付き従っている侍女の陽紗ようしゃが首を傾げる。


「そうよ。李翔将軍の屋敷には彩姫姉上がいらっしゃるでしょう?」


「徳妃様がお許しにはなりませんよ」


「母上のお許しなんていらないわよ」


 鴻禅堂では憎まれ口を聞いていたが、玲寧は年の近い姉である彩姫のことを慕っている。


 玲寧に限らす、芳磊の子供たちは皆彩姫を慕っているのだ。


 ただ玲寧は好きなものに対してツンツンしてしまうので、傍目には彩姫のことを嫌っているように見える。母である朱徳妃でさえ、そう思っているのだ。


 だが、子供の頃から玲寧に仕えている陽紗はよく理解していた。


「父上のように変装をしてこっそり会いに行こうかしら?」


 以前玲寧はこっそり妙な変装をして皇宮を抜け出す芳磊を見たことがあるのだ。


「しっ! 玲寧様。誰が聞いているか分かりません」


「父上が時々皇宮を抜け出して市井に行っているのは、後宮では有名な話じゃない」


 窘める陽紗に玲寧は反論する。


 後宮の妃であれば誰もが知っていることだが、いつどうやって抜け出しているのかは誰も知らないのだ。


「それはそうですが……」


 ふと、四阿の前で見知った顔を見つけて玲寧は顔を輝かせる。


仔空しくう!」


「玲寧? じゃなかった! 玲寧公主にご挨拶申し上げます」


 仔空と呼ばれた青年は慌てて跪礼をする。


「やめてちょうだい。わたくしたち従兄妹同士でしょう」


「従兄妹と申しましても、私は父……石燕様に認知されておりませんから」


 仔空の母親は妓楼の妓女だった。石燕は仔空の母親の上客で、ある時母親は仔空を身ごもったのだが、石燕は「妓女の子など誰の子か分かったものではない」と仔空を認知しなかったのだ。


 仔空が七歳の頃、母親が亡くなったので石燕の屋敷に引き取られたのだが、息子としてではなく、下働きとしてだった。


 朱徳妃はよく里帰りをするので当然玲寧も連れてくるのだが、三歳年上の仔空は年が近いということで、よく玲寧の守りをさせられていたのだ。


「別に公の場ではないのだし、畏まらなくていいわ。それより、わたくし暇なのよ。相手をしてちょうだい」


 玲寧は四阿の椅子にどっかりと腰かける。


「申し訳ありませんが、石燕様に言づけられた用事がありまして、急がないといけません。これにて失礼いたします」


 そう言って跪こうとする仔空の胸倉を玲寧が掴む。


「わたくしの相手ができないというの? 困ったことになるわよ」


「玲寧様! おやめください!」


 慌てて陽紗が止めに入る。


「……申し訳ございません、公主。次は必ずお相手させていただきますので、本日はご勘弁ください」


 仔空は立ち上がると、早足でその場を去って行ってしまった。


「何よ。仔空のバカ!」


「玲寧様。公主が殿方の胸倉を掴むなど何とはしたない!」


「母上と同じようなことを言わないで。陽紗」


 玲寧は彩姫から体術を教わっていたことがある。


 彩姫は自分より大きな男性の胸倉を掴んで、軽々と投げ飛ばしていたのだ。


 そんな姉を見て格好いいと思い、その時のことが鮮明に記憶に残っている。


 だが、マネをしようと思ったわけではなく、目的があったのだ。


 玲寧は懐から小さな箱を取り出す。


「玲寧様。それは何ですか?」


「仔空の懐から拝借したのよ」


 聞いた瞬間、陽紗の顔色がみるみる青くなっていく。


「なん……とはしたない! いえ! それ以前に他人の物をすり取るなどいけません! すぐに仔空殿にお返しください!」


「嫌よ。わたくしより大切な用事がどんなものか気になるじゃない」


 書簡を取り上げようとする陽紗から逃れて、素早く桐の箱を開くと書状が入っていた。


 玲寧は書状をつまらなそうに開く。


「どうせ、難しい政治のことなんでしょうけれど……!?」


 急に玲寧が立ち止まって書状を食い入るように見ているので、陽紗は訝し気な顔をする。


「どうかなさいましたか? 玲寧様」


「……大変。仔空を困らせるどころではないわ」


「はい?」


「陽紗。紙と筆を!」


 訳が分からず、陽紗は手に持っていた包みから紙と筆を取り出す。


 玲寧は書写が得意で必ず紙と筆を持ち歩いているのだ。


 気に入った碑の詩を写し取ったり、時には自分で物語を書いたりする。


 そして、玲寧にある特技を持っていた。


 文字をそっくりそのまま写し取ることができるのだ。


 どんな筆跡であろうとも正確に書き取ってしまう。


「できたわ。陽紗、これを高劉信殿に極秘裏に渡してちょうだい」


 玲寧が書写した書状を受け取ると、陽紗は懐に収める。


「書簡には何が書かれていたのですか?」


「聞かない方がいいわよ」


 しばらくすると、慌てた様子の仔空が姿を現す。


 何かを探しているようで、キョロキョロと辺りを見回している。


 探し物は玲寧がすり取った書簡だろう。


「何をしているの? 仔空」


 何食わぬ顔で玲寧は仔空に声をかける。


「玲寧。箱を見なかったかい? これくらいの大きさの桐の箱だ」


「それのことかしら? 貴方ったら急いでそれを落としたのに気づかなかったの?」


 四阿の石机に置かれた桐の箱を指差す。


「ああ、それだ! ありがとう、玲寧。もしかして中を見た?」


「そんなはしたないことを公主のわたくしがするわけがないでしょう。バカなの?」


 仔空の胸倉を掴んだり、懐から書簡をすり取ったりしたことを突っ込みたい陽紗だが、澄ました顔で二人のやり取りを見守っていた。


「そうだよね」


 仔空は明らかにほっとした様子で息を吐くと、書簡を懐に収める。


「じゃあ、玲寧。本当にありがとう」


 もう一度、礼を述べると、仔空は先ほどと同じように急ぎ足で去っていく。


 急いでいたのだろうが、昔と同じように自分と話す仔空を見て、玲寧は嬉しそうに微笑みを浮かべるのだった。

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