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変わり者の将軍は男装姫を娶る  作者: 雪野みゆ
第四章
15/27

4-1

 皇都の外れにある鴻禅堂こうぜんどうは代々の皇族が眠る大廟たいびょうだ。


 婚礼を上げた一ヶ月後。


 彩姫は李翔とともに鴻禅堂を訪れていた。


 祖先に結婚したことを報告するためである。


 皇家に生まれた皇子や公主は成人の儀を迎えたり、皇位に就いたり、結婚をしたなど逐一祖先に報告をしなければいけないのである。


 遠い外国の地へ嫁いだ場合を除いては降嫁した公主も例外ではないのだ。


「皇族に生まれるというのは、面倒なのだな」


 柄にもなく正装をした李翔は少し窮屈そうだ。


「これから李翔様には面倒なことをしてもらわなければなりません。申し訳なく思っています」


 本当に申し訳なさそうに彩姫が頭を下げるので、李翔は慌てて手を振る。


「彩姫が謝ることはないだろう。公主を娶った者の義務であれば従うぞ。うん!」


 取り繕う李翔がおかしくて、彩姫は袖を口元に当ててくすくすと笑う。


「まあ! 彩姫姉上ではありませんか?」


 淡藤色の襦裙に紅梅色の披帛と纏っているものの色合いこそ淡いが、髪は結い上げて金歩揺きんほようをごてごてと付けている少女が彩姫に艶やかな笑みを向けている。


 笑みを浮かべた口元は濃い紅が差してある。


 李翔は少女を見て「まるで孔雀だな」とぼそりと呟く。


玲寧れいねい。何故ここへ?」


 少女は玲寧という名で彩姫の異母妹だ。


 玲寧の母親は朱徳妃なのだが、皇帝の妃たちの確執とは裏腹に子供たち同士は母が違えども、皆仲が良かった。


 だが、呉氏が冷宮送りにされた頃から玲寧は彩姫のことをバカにするようになったのだ。


「わたくし、先日成人の儀を迎えましたので、その報告に参りましたの」


 玲寧は二つ年下なので、今年十六歳になる。


「そうですか。玲寧は今年十六歳になったのですね。おめでとう」


「ありがとうございます、姉上。そちらが李翔将軍ですの?」


 品定めをするようにじろじろと李翔を眺めていた玲寧はくすりと笑う。


「まるで野獣ですわね。男勝りの姉上とお似合いですわ」


「何だと?」


 李翔が玲寧に言い返そうとするのを、彩姫が手で制する。


「ありがとう。玲寧も良い結婚相手が見つかることを祈っています」


「ええ。わたくしは素敵な貴公子を見つけますわ。姉上のお相手とは反対の!」


 玲寧と彩姫が火花を散らしていると、衣擦れの音がする。


「玲寧。何をしているのです」


 声がした途端、彩姫が殺気を発するが一瞬で消えた。


 わずかな変化に気づいたのは李翔だけだろう。


 玲寧とよく似た面立ちのキツめの目をした麗人は朱徳妃だった。


「彩姫殿か? ああ、婚礼の報告に参られたのですね」


「ご無沙汰しております、朱徳妃。ご息女の成人おめでとうございます」


 彩姫は拱手をしながら笑みを顔に張り付ける。


「ありがとうございます。しばらく見ぬ間に美しくなられましたね。呉皇貴妃、いえ、今は呉廃妃ですわね。母君にますます似てこられた」


 呉氏の敬称をわざと言い直したのだ。


 このわずかなやり取りで李翔は後宮の闇を垣間見た気がした。


 今ならば護衛も少なく、朱徳妃を殺めるのは簡単だと彩姫の中の闇が囁く。


 だが、彩姫は公主という仮面を被って、虚飾の世界で生きてきた。


 朱徳妃の虐めにも耐えてきたのだ。


 ここで怒りに任せて朱徳妃を殺めるわけにはいかない。


「過分なお褒めの言葉、嬉しく思います」


 朱徳妃は満足そうに頷くと、今度は李翔へ視線を向ける。


「貴方が李翔将軍ですか? 玉座から見た時とは印象が違いますね。随分と良い体格をしているのですね。まるで熊のよう」


 李翔をバカにした発言の後、朱徳妃はホホホと扇を口に当てて優雅に笑っている。


 自分だけであればともかく李翔をバカにされたのは我慢がならない。


 一言物申そうとすると、今度は李翔に手で制される。


「過分な誉め言葉をありがたく受け取ろう。俺はこの体でここまでのし上がってきたので、今のは最高の誉め言葉だ。主上は良い妃を持たれた」


 彩姫は呆気に取られる。李翔はてっきり怒るかと思ったのだ。


 だが、彩姫のマネをして嫌味で返した。


 朱徳妃は笑みを浮かべているが、扇を持つ手が震えている。


 まさか野獣だと思っていた李翔に嫌味を返されるとは思わなかったのだろう。


 彩姫は胸のすく思いがした。


「それでは、我らはこれで失礼する。彩姫、行くぞ」


 李翔は朱徳妃に拱手すると、彩姫を促す。


「は、はい。それでは、朱徳妃。玲寧。失礼いたします」


 拱手をして挨拶をすると、朱徳妃は引きつった笑みで「ええ」とだけ返事をする。


 玲寧は「また会いましょう、姉上」と何故か嬉しそうだった。



 大廟へ向かう途中、彩姫は上機嫌だった。


「李翔様。格好良かったです」


「そうか? 彩姫のマネをしただけだぞ」


 謙遜しているが、李翔は彩姫に「格好良い」と言われて嬉しいのだ。


「しかし、朱徳妃は意地の悪い女だな。おっさんは何であんなのを妃に迎えたんだ?」


「政略です。朱家は有力な家ですから、皇家としては婚姻を結ばざるを得ないのです」


 同じく政略で結ばれた呉氏とは相思相愛なのだから、結婚の形はいろいろあるということだ。


「皇族は本当に面倒くさいのだな。玲寧とかいう公主も感じ悪いな。あれは母親に似たのか」


「いいえ。玲寧は素直な良い子ですよ」


「素直? 良い子? あれのどこが?」


 孔雀のような格好をした公主を思い出して、李翔はげんなりとする。


「最初の思春期を過ぎた頃でしょうか? 玲寧が急にツンツンし始めたのは。でも、あれは玲寧の性癖らしいのです」


「性癖? 何だそれは?」


「好きなものには正反対の態度を取ってしまうのですよ。つまり玲寧は李翔様のことが気に入ったということです」


 とても気に入られたとは思えない李翔だ。


「おっさんの血筋は変なのばかりだな」


「まあ! 私もですか?」


 ぷうと頬を膨らませる彩姫が可愛くて、李翔はついからかいたくなってしまう。


「彩姫も変わっているだろう。男装をして軍に入る公主はいないぞ」


「……そうですね。でも、そのおかげで出会えたのですから感謝します」


 最後の方は声が小さくて聞き取れなかった李翔である。


「何だって?」


「さあ。何でしょう?」


 ふふふと微笑みながら小走りになる彩姫を、李翔は追いかけていった。

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