3-2
李翔は青藍と白蘭の向かい側に座って、二人を凝視している。
「それで彩姫に会いたくて皇宮を抜け出してきたのか? 全く! おっさんにそっくりだな」
市場で捕まっていた二人の弟妹を、彩姫はひとまず李翔の屋敷に連れて帰ってきたのだ。
青藍と白蘭は彩姫に会うために皇宮を抜け出したはいいが、途中で空腹を覚えた。市場を彷徨っていたところ、あの果物売りの屋台に売っていた果物を、代金を払わずに食べてしまったのだ。
市井に出たことがない二人は、お金を払って物を買うことなど知らなかったのである。
果物売りの屋台の店主には事情を話して、二人がうっかり食べてしまった果物の代金を払って許してもらったのだ。
「父上は皇帝だぞ! おっさんではない! 大体、何で姉上の相手がお前なのだ? 李翔。姉上、こんなヤツとは離縁して皇宮に戻って来てください」
「黙れ。きゃんきゃんと子犬のように吠えるな」
「誰が子犬だ。この無礼者!」
李翔は皇帝から命を受けて青藍の剣術指南を務めている。つまり李翔と青藍は剣術の師弟関係なのだ。
「少しは妹を見習え。それにしても大人しいな」
「……白蘭は……話すことができないのです。声が出なくなってしまったので……」
少し歯切れ悪く彩姫は言い淀む。
先ほどからきゃんきゃん吠える青藍の横で大人しくちょこんと座っていた白蘭を、李翔ははっとして見る。いくら何でも一言も声を発しないのはおかしいと思っていたのだ。
「そうなのか? それはすまない」
李翔が謝ると、白蘭は微笑んで首を横に振る。
気にしなくてもいいと言っているのだろう。
「それで、こいつらはどうするんだ?」
「先ほど劉信殿に使いを出したので、まもなく迎えが来ると思います」
屋敷に二人を連れ帰った後、彩姫は劉信に使いを出したのだ。
二人の弟妹を預かっているので、極秘に皇宮へ帰してほしいと……。
青藍と白蘭は同腹の弟妹ではない。
二人は幼い頃に母親を亡くしているので、冷宮に封じられるまでは呉氏が預かって育てていたのだ。
同腹の姉のように彩姫にとても懐いているのだが、呉氏が冷宮に封じられてからは離れ離れになってしまった。
今二人は実母の妹である愁昭儀の下に預けている。
「嫌だ! 皇宮には帰らない! 姉上の下にいたい」
青藍は首を振って、皇宮に帰るのを拒否する。
「わがままを言って姉を困らせるな」
「お前には頼んでいないぞ、李翔。姉上、お願いです! 白蘭と私をここに置いてください」
「ここは俺の屋敷なんだが……」
屋敷の主ではなく、彩姫に懇願する青藍に戸惑う李翔だ。
「それはいけません。青藍、其方は今上帝の唯一の皇子なのですよ。やがては皇太子になるのかもしれないのです。皇太子が皇宮にいなくてどうするのですか?」
今上帝の芳磊には皇子が青藍一人しかいない。他に十人子供がいるのだが、全て公主なのだ。
「私は皇太子になりたくありません。本来その地位は凛麗義母上の御子のものだったのですから……」
「青藍!」
その先の言葉を遮るように彩姫に名前を呼ばれて、青藍はびくりと肩を震わせる。
白蘭が心配そうに青藍の手を握る。
「……白蘭」
そっと瞼を伏せると白蘭は寂しそうに微笑む。
「……帰ろうと言っているの? 白蘭だってあんなに姉上に会いたがっていたのに……」
白蘭は首を縦に振る。
身を寄せ合っている青藍と白蘭を見て、彩姫は胸が締め付けられる。
本当は彩姫も二人を気の済むまでこの屋敷にいさせてやりたいのだが、皇宮を抜け出したことを朱徳妃が知れば、どんな目に遭わせるか分からない。
朱徳妃から二人を守るために彩姫は心を鬼にしなければいけなかった。
「二、三日くらいなら泊めてやってもいいんじゃないか?」
李翔がきまり悪そうに頬を掻きながら、ぼそりと呟く。
「李翔様。それはいけません。皇子はともかく公主が後宮から出るには皇帝の許可が必要です」
だが、彩姫は反対する。
「それでは余が許可する」
居室の入り口に劉信を伴った芳磊が立っていた。




