3-1
張俊とともに食材を求めて市場で買い物をするのが日課となった彩姫は、その日も食材を吟味していた。
「このターサイを二束ください」
「あいよ! 二束で三十文(三百円)ね」
だが、彩姫は難しい顔をしている。
「二十文で」
まけろということだ。
「二十八文」
野菜売りの女主人も負けじと難しい顔をする。
「二十二文では?」
女主人はふんと鼻を鳴らす。
「二十五文だ。これ以上はまけられないよ」
「ありがとうございます」
市場ではどれだけ安く物を手に入れるかが勝負だ。
「奥方様も大分慣れましたね」
張俊は彩姫の順応力の高さに感心している。
最初に彩姫から市場に連れていってほしいと言われた時には不安だった。
後宮で育った公主に買い物ができるわけがないと思っていたのだ。
それどころか金の使い方が分かるのかも怪しかった。
しかし、張俊の心配は杞憂に終わった。
彩姫は金の種類も知っていたし、食材についても詳しかったのだ。
敢えて不満だったと言えるのは、売り手の言い値で品物を買おうとしたことだった。
相場の倍近くの値で買おうとしていたので、慌てて止めたのだ。
「初めは張俊に怒られてばかりでしたけれどね」
「駆け引きが上手になられました。今は安心して買い物を任せられますよ」
「では、明日からの買い物は私一人でも大丈夫ですか?」
張俊はぎょっとする。
「とんでもありません! 奥方様お一人で市場に行かせるわけにはいきませんよ。第一、荷物は誰が持つのですか?」
「私は力持ちですよ」
ふんと彩姫は力こぶを見せる。
「そういう問題ではありませんよ。奥方様お一人で買い物に行かせたと李翔様が知ったら、俺が怒られます」
近頃、李翔と彩姫は仲睦まじい。
李翔が彩姫をとても大切にしているのが、傍から見ていても分かる。最初、公主の降嫁を渋っていたとはとても思えないほどだ。
彩姫は初めから李翔のことを慕っている。鈍感な李翔は気づいていないようだが。
政略結婚でも仲が良い夫婦はいるが、こんな感じで想い合って心を通わせていくのだなと張俊は納得した。
「張俊が李翔様を怒るのは分かるのですが、反対などあり得るのですか?」
「今まではあり得ませんでしたけれどね。これからはあり得そうですよ」
李翔が張俊に対して怒ったことはただの一度もない。
だが、彩姫を蔑ろにしたら、怒られるどころではすまないのではないかと張俊は考える。
何せ一度自分を負かせた相手なのだ。一度目は命を助けられたが、二度目はきっとない。
「どういうこと……」
張俊が言っていることが理解できず、問いかけようとしたその時――。
「泥棒! ちょっとその子たちを捕まえておくれ!」
斜向かいの果物を売っている屋台で叫び声が上がる。
「離せ!」
果物売りの店主が泥棒と言っていた子供たちはすぐに捕まった。
子供は男の子と女の子だ。
彩姫は叫び声を上げた方の男の子の声に聞き覚えがあった。
「まさか!?」
「奥方様! どこに行かれるのですか!?」
咄嗟に駆け出す彩姫を張俊は慌てて追いかける。
「やめろ! 白蘭を離せ! 無礼者!」
「無礼者だって? どこの貴族の坊ちゃんだい?」
男の子は女の子を捕まえている男に食ってかかっている。
果物売りの屋台の周りには人だかりができており、彩姫は必死で押し退けていく。
「すみません。通してください!」
人だかりを抜けると、ようやく子供たちの顔がはっきりと分かった。
「青藍! 白蘭!」
名前を呼ばれた子供たちは彩姫の姿を見つけて笑顔になる。
「姉上!」
「その子を離してください。妹なのです!」
男が手を離すと、白蘭は彩姫の腕の中に飛び込む。




