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変わり者の将軍は男装姫を娶る  作者: 雪野みゆ
第二章
10/27

2-4

 劉信が厨房の前まで来ると、中から楽しそうな話し声が聞こえてくる。


あんを真ん中に包むにはコツがあるんだ。ほれ!」


「なるほど。こうすればいいのですね。さすがは李翔様です」


 昨夜の話の続きをしようと再び李翔の屋敷を訪ねてきた劉信は、二人は厨房で菓子作りをしていると張俊から聞いたのだ。


 そして、厨房に来てみれば仲良く菓子作りをしている夫婦の会話が聞こえてきたというわけだった。


「お前たち、一日で随分と仲良くなったのだな。いや。元々同じ軍だったのだから、仲が良いのは当たり前なのか?」


 あまりにも仲睦まじい様子なので、一瞬中へ入るのを躊躇ったのだが、劉信にも都合があるので意を決して中に入ったのだ。


「劉信。来ていたのか? ちょうどいい。もうすぐゴマ団子ができあがるんだ」


 いつもは劉信が訪ねてきても無愛想な李翔が珍しく笑顔だ。


 不気味だと思ったが、劉信は敢えて口には出さなかった。


「劉信殿。お出迎えもできませず、失礼しました」


 男装のままの彩姫を見て劉信は首を傾げた。


「なるほど。その姿が黄彩というわけですか」


「あ、はい。そうです。このような服装で申し訳ありません。こちらの方が動きやすいので、着替えをするのを忘れていました」


 彩姫はあらためて自分の格好を確認するように見て、顔を赤くする。


「彩姫。後は揚げるだけだ。着替えに行って構わないぞ」


「はい。では劉信殿。失礼いたします」


 劉信に一礼すると、彩姫は急ぎ足で厨房を出て行った。


「李翔。お前、黄彩が本当に女子だと気づかなかったのか?」


「線が細い少年だとは思っていたが、女子には見えなかったぞ。腕っぷしは強いし、俺のほこも軽々と担いでいたからな」


 李翔の矛は柄が二米(二メートル)で、重さは三十公斤(三十キロ)あるのだ。


 長身で筋骨隆々とした李翔だから振れるのであって、女性が軽々と持てる代物ではない。


 彩姫は女性にしては背が高いし、鍛えているので均整のとれた体形をしている。


 ふくよかな女性とは明らかに違う。だが、先ほどの彩姫は男装しているだけの女性にしか見えなかった。


 唐変木の李翔はその変化に気づいていないかもしれないが……。


「あれだけの美形だ。よく軍にいて平気だったな」


 むさ苦しい男だらけの軍に黄彩のような美少年がいたら、格好の餌食となってしまうのだ。


「平気ではなかったと思うが、黄彩の寝込みを襲いに行ったヤツは全員衛生兵の世話になっていたぞ」


「ほお」


 公主である彩姫がそれほどの手練れということに劉信は感心するとともに、目の前の親友が黄彩に手を出さなかったことにも感心した。



 酒のつまみに菓子を食べる李翔を変わり者扱いするが、実は劉信も菓子をつまみに酒を飲むことができる。


 ただ、好んで菓子をつまみにするかしないかの違いだ。


 揚げたてのゴマ団子を頬張りながら、酒を飲む二人を彩姫はじっと眺める。


「彩姫殿は酒を飲まれないのか? 一献いかがですか? 酒を飲みながらでも話はできましょう」


 劉信に酒を勧められたが、彩姫は断る。


「いえ。私は酒に弱いのです」


「へえ。おっさんの娘なのに酒が飲めないのか」


 芳磊はザルだ。いくら酒を飲んでも酔わないとんでもない酒豪だった。


 李翔と劉信もかなり酒に強いのだが、芳磊には負ける。


 以前、飲み比べをして、二人とも芳磊に負けたのだ。


「たぶん、母に似たのだと思います。母は酒に弱い体質なので……」


「それならば、無理には勧めません」


 酒を強要してこない劉信に彩姫は感謝する。


 軍にいた頃は飲めないと言っても強要してくる輩が多かったのだ。


 そういう時は相手を先に潰したり、適当にあしらったりしてやり過ごしていた。


 殺気だった戦場で酒でも飲まないとやっていられないのは理解できるが、それを他人にも強要するのはどうかと彩姫は思う。


「では昨夜の話の続きですが、彩姫殿は朱兄妹の罪をどう暴くつもりですか?」


 彩姫は寝る前にどうしたものかと必死に考えていた。おかげで眠れないまま夜を明かしてしまったわけだが……。


 彩姫は導き出した答えを慎重に言葉に紡ぐ。


「……正直、母を冤罪に陥れた証拠を残しているとは思えません。ですから、別の悪事から暴き出して、自白に追い込むつもりです」


「良い考えだと言いたいところですが、別の悪事とは?」


 劉信は彩姫を試しているのだ。自分が協力するのに相応しいのかどうかを測っている。


 それを分かっているので、彩姫は慎重になるのだ。


「朱石燕は紫桜国と通じているという話を聞きました。密かに我が国の情報を渡していると」


 劉信の目が険しくなる。


「誰がそのような話を?」


「敵兵が話しているのを直に聞きました」


 先の戦で彩姫が白耀とともに偵察に出た時のことだ。


 味方の陣と敵陣のちょうど境目くらいのところで、紫桜国の兵と自国の兵が話しているのを見つけた。


 味方の兵が運悪く敵兵と遭遇してしまったのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 咄嗟に物陰に隠れた彩姫は確かにこう話しているのを聞いたのだ。


『石燕殿からの書簡は?』


『こちらに。目を通した後は処分するようにと』


 兵たちは互いの主から預かった書簡を交換すると、その場を去っていった。


 彩姫は石燕の書状を手に入れようと敵兵の後をつけようと思ったが、敵陣は目と鼻の先だ。踏み込むには危険すぎると判断して、自国の兵の後を付けた。


「それで書簡は手に入ったのですか?」


「はい。一部だけですが……」


 闇に乗じて兵から書簡を奪い取るつもりだったのだが、抵抗されたので書簡が破れてしまったのだ。何とか一部だけ持ち帰ることができたのだが、何が書いてあるのか分からない状態になってしまった。


「その書簡は今お持ちですか?」


「ここに……」


 首に下げていた小さな筒の中から書簡を取り出し、劉信に渡す。


 劉信は広げて目を通すが、破れているので何が書かれているかさっぱり分からない。


「……ところどころの文字は紫桜国のものですが、それでは内容が分かりません。証拠としては不十分です」


 しかし、劉信はふっと口元を緩める。


「そんなことはありませんよ。これのおかげで石燕が情報を渡している相手が分かるかもしれません」


「本当ですか? しかし、こんなひどい状態の書簡で何が分かるのですか?」


 書簡を広げると、劉信は左端を指差す。


「ここに印章のようなものがあるのが分かりますか?」


 劉信が指差したところには墨で変わった形をした印章が押されて、いや、書かれていた。


「これは何ですか?」


「紫桜国では署名の代わりにこういった記号を使うのですよ。花押かおうと言います。調べれば誰の花押か分かるはずです」


「それでは!?」


「ええ。朱石燕が紫桜国と通じているという信憑性が高くなりました。別の悪事から石燕の罪を暴くという彩姫殿の作戦が実行できますね」


 劉信から合格点が取れたことに彩姫はほっとする。


「しかし、劉信殿は何故協力してくれるのですか?」


「嫌いなんですよ。あの狸親父が。そろそろ表舞台から下りてもらおうと思っていたところです」


 にやりと劉信が黒い笑みを浮かべるので、彩姫は背筋が寒くなった。


 助けを求めるように李翔を見ると、寝ていた。


 どうやら酒に飲まれてしまったようだ。

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