序章
この作品は以前ミーティアノベルス様から電子書籍化しておりますが、今回ネトコンセカンドチャンスへ応募するため、掲載させていただきました。
なお、なろう運営様および出版社の許可を得ております。
よろしくお願いいたします。
最早、勝敗の行方は明白だった。
だが、紫桜国の大将軍はいまだに悪あがきを続けている。
李翔は舌打ちをしそうになるが、すんでのところで留めた。己の立場を弁えているからだ。
白蓮皇国の大将軍である己が弱みを見せるわけにはいかない。
「黄彩。全軍に通達を出せ」
李翔は隣で馬首を並べている己の副将である黄彩に命令を下す。
「はっ!」
今年十八歳になるはずだが、黄彩は未だに声変りをしていない。少女にしては低い、だが、少年にしては高い声で李翔に答える。
黄彩がピィと指笛を鳴らすと、しばらくして白い鷹が空から舞い降りてきた。
「白耀」
黄彩の手甲に舞い降りた鷹は名前を呼ばれて、猛禽類特有の甲高い声で鳴く。
「月の策を全軍に伝えるんだ」
白耀は黄彩の命に応じるようにキュッと鳴くと、再び大空に飛び立つ。
通達を出せと命令を下しただけで、李翔は内容を黄彩に伝えたわけではない。
だが、黄彩は李翔の意を察している。
まるで、一から十まで李翔の考えを読んでいるようだ。
勘が良く、頭が回るこの少年を李翔は気に入っている。
「白耀はお前の言うことをよく聞くのだな。ほかの者には全く懐かないが……」
「雛から育てていますから……」
口元を緩めただけの黄彩に、李翔はどきりとする。しかし、すぐに頭を振った。
(いやいや。俺には衆道の趣味はないぞ)
黄彩は時々、妙に艶っぽいところがあるのだ。
少女のように美しい容貌をしているので、兵の中には勘違いをして黄彩を侮る者がいる。
だが、黄彩は弓の名手で剣の腕も確かだ。
痛い目を見た者のなんと多いことか。
今では新兵を除いて黄彩を侮る者はいない。
それどころか李翔の副将を務めていることで、尊敬の念を集めているくらいだ。
李翔は白蓮皇国では最強の大将軍だが、変わり者の将軍としても名高い。
変わり者扱いされている所以は、甘い菓子をつまみに酒を飲むということ以外に、自ら菓子作りをするということだ。
今回のように戦がある度に自ら菓子を作って、兵たちに振る舞う。
李翔の作った菓子は美味いと評判だ。
しかし、菓子を振る舞う大将軍など前例がない。
ゆえに変わり者の将軍と言われているのだ。
そんな李翔を揶揄することもなく、菓子作りさえ付き合っている黄彩は周りの評判がいい。
変わり者の将軍を唯一、御せることができる副将だと……。
白耀が上空を旋回しているのを黄彩は見上げる。
「将軍! 全軍に通達が行き渡りました」
「よし! 出るぞ!」
李翔は最前線に向けて馬を駆る。
黄彩は李翔と馬首を並べてふっと笑う。
「やはり、行かれますか?」
「当たり前だ。何日も後方で燻っていたのだぞ。いい加減、体が鈍る!」
李翔は敵国の大将軍に一騎打ちを挑みに行くのだ。
『月の策』とは李翔が一騎打ちをするので手を出すなということである。
李翔の指揮する軍ではこうした取り決めがいくつかあるのだが、黄彩は白耀に全てを教え込んでいた。
通達の合図は軍全体で入隊と同時に最初に教えられることだ。
「黄彩! 投降する敵兵は捕えておけ。拷問はするなと兵たちに伝えろ。抵抗するようであれば――」
「斬ります」
にっと李翔は笑うと、己の矛を構える。
「死ぬなよ、黄彩!」
「李翔将軍もご武運を!」
黄彩は馬首を李翔の反対側へ向けると、弓を構えた。
その日、白蓮皇国の勝利が確定した。
本日はあと五話投稿いたします。
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