第1話
水々しくぷっくりと膨らんだ唇と、青い瞳。
長い睫毛が瞳をより大きく見せ、顔の美しさを際立たせている。うっすらと紅のさした頬が顔全体の色味を引き立て、本当に生きている様だった。
ああ、何と美しい。
僕は完成された作品を前に口の端が緩むのを堪えきれなかった。タイトな白いワンピースを纏った彼女は、無言でアンティークのウッドチェアに腰掛ける。
それだけで抑えきれない感情で胸が苦しくなる程だった。
矢張り、最初から想像した通り彼女には白が似合う。
僕は艶感のある頬をそっと親指の腹で何度も感触を味わい噛み締める様に撫でた後、その隣りにある濡羽色に手を滑らせ彼女の髪をかき上げる。絹の様に滑らかと言う口説き文句を思い出す手触りを、頬同様に何度となく楽しんだ。
理想が目の前に居る。それだけで、僕の心は高揚感でいっぱいだった。
「はあ」と僕は、満足と歓喜でうっとりと吐息を漏らす。この想いが、彼女にも伝われば良いのだければ尚の事、僕は満たされるだろう。
二階の小さな部屋。角部屋で日光だけはよく差し込むが、狭くて使い道の無いそこは、常日頃物置部屋に成り果てていた。
だが、彼女の来訪が決まってからと言うもの、荷物を全て撤去し、部屋を掃除し、カーテンも付け替えた。
埃とゴミ同然の掃き溜めとなっていた部屋は、白いレースと厚手の遮光カーテンを取り付けて、家具には小さな衣装棚と、窓際に肘掛けの付いた椅子を一つ。それだけでも2.7平米程度の小さな小部屋は見違えた姿へと変わっていた。
そして、昨日。彼女は漸く僕の下へと来た。
外の景色が見える様にと椅子は窓側へと向け、彼女の為に窓を開けると、風と一緒に部屋の中に春の朝の空気が流れ混む。カーテンが揺れる度に、彼女の濡羽色の髪が風音と共に静かに流れた。
風に靡くカーテンの隙間から差し込む朝日で青い瞳がきらりきらりと光の粒を放って輝き、光の加減で青の濃淡が容易に揺らいだ。時を忘れる程の美しさ、なんて絵物語と考えていたが、僕は実際に体験した今、瞳の中に吸い込まれる様に魅入っていた。
そして、何度目かわからない歓喜の溜息を吐いていた。
「素晴らしいな」
僕は独り言つ。彼女には聞こえただろうか。いや、今は無理か。
それでも、言っておかなければ。
「君は美しい」
どれだけ触れても、どれだけ語りかけても動かぬ彼女。
その瞳は、何も映してなどいない。
僕は、もう一度彼女へと手を伸ばす。頭のてっぺんから、そのまま輪郭をなぞり、首を撫でると、肘掛けに置かれた腕を艶かしく触れる。
細い指先一つ一つにしゃぶりつきたい衝動に駆られるも、流石に彼女に嫌われる様な気がして我慢した。
既に僕は、イケナイ事をしている気分で、ますます興奮している。これからも彼女との関係を維持していく為にも、自制心は大切だ。
それでも、彼女が僕の物になったと言う事実が、僕に満足感を十二分に与えていた。




