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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
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1-04

 "マジめんど"な奴が一番うっぜーとこは、自分が"マジめんど"だと意識できないとこだ!04


「え!?わぁぁぁー!貴様は何をぉぉー!」


「はいはい~舌噛むよ~」そう言いながら、海唯は右手でクレインを引っ張り、斜面を滑り降りていった。


 途中でクレインが枝にぶつかりそうになったり、倒木に足を取られそうになった時も、海唯は彼の頭を押さえつけたり、襟を引っ張り上げたりしてサポートしていた。


「ワァァァー!」


「はーいはーい、目ぇ閉じんな、足元をちょいちょい見ろよ~」


 森の斜面を駆け下りる途中、クレインは何度も転びかけた。濡れた地面に滑り、枝に顔をぶつけそうになり、倒れかけたときには海唯が手早く支えた。時には頭を押し下げ、時には襟元を引き上げながら、彼女は危なっかしい少年の身体を巧みに操っていた。


「あ~はいはい~目を閉じるなよ、足元見とけって~」


 海唯がいきなりクレインを突き落としたのは、この森にいる動物たちが、ついさっきまで穏やかだったのに、急にざわつき始めたからだ。


 岩から降りる途中、海唯はずっと周囲を観察していた。確かに、あちこちに動物の暮らした痕跡はある。けれど、それは浅い。おそらく小型か、中型の獣のものだろう。


 だが、問題はそこじゃない。足跡はあるのに、肝心の姿が見えない。

 まるで何かを、避けているみたいに。


「っう!」クレインが大きな葉に顔面からぶつかった。


「だから目開けろって~」


 そして、クレインの言う通り、この森は結界に囲まれている。最初は動物を守るためだと海唯は思っていたが、どうやら違ったみたい。森のところどころに“人の手”が入った痕跡があった。


 一見すると自然のままに見えるが、よく見れば、動物を捕まえるための仕掛けが巧妙に隠されている。


 花草の甘い香りの奥に、うっすらと血の匂いが混じっていた。まるで、それを誤魔化すために香りを撒いたかのように。


「おい、この森の動物について何か知ってる?結界が張られてるってことは立入禁止区域だろ?あ、それと重心は腰に、って言ったじゃん!こっちが引っ張る身にもなれっての~」


 そう文句を言う海唯に対し、クレインはまた首を木の枝に引っかけてしまった。「わっ!ううぅっ!」


「あ、ごめんごめん~後でいいや」


 クレインの叫び声が、ふとしたきっかけになった。海唯の脳裏で、一つの仮説がピンと閃く。


 ――人が、動物たちに避けられている。


 ならば、さっきまで静かだった森の生き物たちが急にざわめき出した理由は、ただ一つ。“誰か”が、この森に足を踏み入れたのだ。


 そう考えた瞬間、海唯の足が自然と速くなる。


 ようやくふもとにたどり着いた、......あるいは、転がり着いた。クレインは草むらに上半身からズブリと埋まって、肩で息をしていた。海唯もまた、草の上にごろりと転がり、頭を下、足を上にした。それでも、彼女は涼しげの顔で空を見上げている。


「……ひ、ひどい目にあった……」


「ふふん、自然は鍛錬の場だぞ~生きてるって感じがするだろ?」


 クレインは文句を言いたげに睨みつけたが、どこか吹っ切れたような顔で苦笑し、葉に滴る水を手で払った。心なしか、表情は軽やかだった。


「ぶはははは!何だその格好?普通、頭から草むらに突っ込むか?」


「貴様も同じだろう!」クレインは泥だらけの指で海唯を指差し、息を切らしながら言い返した。だが、その声にもどこか笑いが混じっていた。


 森から早く抜け出そうと焦ったせいで、二人とも見事に足を滑らせたのだ。結果、海唯もクレインも全身泥まみれで、奇妙な体勢のまま逆さに転がっている。ときおりクレインの「軌道修正」をしてやっていた彼女だったが、結局このざまで、やっぱり、左手が使えないのは不便だと思ったのだ。


「アーティスティックスイミングの地上版か?ひゃははっはは!やっべえなコイツ、面白すぎる!」


「この野郎っ、本当に!自由すぎるだろうが!『折り返す』って意味、分かってんのか!?それとアーティス……って何だそれ!」クレインは体にまとわりついた蔓や葉っぱを払い、茶化す半分で怒っていた。


「はい、問題~。森に人の群れが入ったら、誰だと思う~?」


「えっ?ん……教会……が来たのか!?」


 海唯も薄々そうじゃないかと思って、軽く“かま”をかけてみただけだった。案の定、クレインは見事に引っかかってくれた。


 やはり、この森の結界は教会の仕業だ。つまり、教会がここを管理しているということだ。


「では、なぜ結界が解かれてすぐに来なかったのだと思う?」海唯は、教師が生徒に質問しているかのように尋ねた。


「そうだな……森に入ってから、二刻くらい経って……」クレインは顎に手を当て、真剣に考え込んでいた。


 二刻……それは、三十分のことだ。時間単位が違うと気づいた海唯は、少々厄介だと感じていた。


「いろいろな事件が偶然混ざり合ったからだな!」クレインの顔がぱあっと明るくなり、まるで尻尾が見えるかのようだった。


「そう!賢いなークレイン~」まるで飼い犬が投げたおもちゃをうまくキャッチして、飼い主がほめるかのように、海唯はクレインを褒めた。


「で?これらの接点は?」彼女は問い続けた。


「聖女様の召喚の儀式に、第二騎士団の突然の帰還による多数の重傷者、それに加えて狐狼護衛団シャッカーロの反抗……全部、王権と教権の管轄が衝突するような事件だ。でも、それが偶然だなんて……」クレインはそう言いながら歩きつつ、真剣な表情で考え込んでいた。


『やっぱチョロいなコイツ~いい感じだ!』と、海唯は満足げにクレインを見て、「はいっストップ~。まずは約束通り召喚儀式について聞いてやるよ~。宿屋に戻ろう」と言い、勝手に歩き出した。


「あ、え?おおっ」思考から現実に引き戻されたクレインは慌てて海唯の後を追いかけたが、「おい!貴様、血が……!」と、突然の血を見て驚いた。


 クレインはようやく地面に垂れ落ちていく血に気づいた。今さら?と思うほどだったが、無理もなかった。クラマーから受け取った服は長袖で、色も黒に近いものだったし、海唯の髪を隠すためのマントも着ていた。何より、海唯の様子はまったく変わっておらず、とても怪我をしているようには見えなかったのだ。


 脇腹の傷口は、クレインが「軌道修正」した際に裂けてしまっていた。肩と太ももの銃創も、クレインが木にぶつかりそうになったとき庇ったせいで開いてしまっていた。だが、海唯はそのことにまったく気にしていない。


 クレインを庇ったのは、素直すぎるこの少年を守りたいと思ったからか、それとも単にその方が効率的だったからか……本人が意識していない行動である以上、答えは分からない。


「倒れかけてたのに平気なわけないよな!?ごめん、気づいてやれなくて!大丈夫か?歩ける?まずは止血しなきゃ……」クレインは海唯の右手を掴み、袖をまくろうとした。


 その瞬間、海唯は自分の手の平に流れていた血に初めて気づいた。それまで全く意識していなかったのだ。


「痛みを感じないという欠点のひとつだ」と、海唯はそう伝えた。


 血が流れているという事実は、追跡者にとっての道しるべになる。どれだけ足跡や痕跡を隠しても、出血に気づいていなければ意味がない。だからこそ、海唯は常に自分が歩いた跡を気にしていた。


 それなのに、なぜ今回は気づかなかったのか?海唯の中に小さな疑念が芽生えた。


『ッパ』クレインの袖をまくろうとした手が止まった。いや、正確には海唯に弾かれたのだ。


「!?」


「平気平気~大丈夫~自分でやるって、これくらい~」


 ニヤリと笑った海唯は、マントでクレインの手についた血を拭っただけだった。左手が折れているため、右手はズボンでゴシゴシと拭いた。傷口は裂けてはいたものの、それほどひどくはなかったと、ついでに確認もしていた。


 地面に血がついていないかも、それとなく見回したが、ちょうど立っている位置にしか痕跡がなかったため、彼女は内心で少し安堵していた。


「ではでは、宿屋まで競争だ~」


「はあー!貴様、怪我してんだろ!?おいー!」クレインは仕方なくその背を追いかけるのだった。


 これまで傭兵としての任務で助けた子供や大人たちは、海唯の身体に残る傷跡を目にしたとたん、皆一様に怯えた表情を浮かべた。


 その反応のせいか、海唯は次第に、人前ではできる限り自らの傷を隠すようになっていった。だからなのか——先頭を駆けながら、彼女はぽつりと呟いた。「『……笑え……』」


 しかし、その言葉が彼女の耳に入ると、とある青年の声になった。自分に向けたその声は、彼女自身にしか聞こえない。


 森を抜け、街道で競争する二人の姿は、周囲の目にはただの仲睦まじい子供たちの遊びにしか映らなかった。


 しかし、負傷している海唯に追いつけないクレインは、悔しさと同時に海唯の傷の具合への不安を抱えながら、ただ懸命にその背を追いかけていた。





 "マジめんど"な奴が一番うっぜーとこは、自分が"マジめんど"だと意識できないとこだ! 完


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