第1シナリオ "マジめんど"な奴が一番うっぜーとこは、自分が"マジめんど"だと意識できないとこだ!01
第1シナリオ "マジめんど"な奴が一番うっぜーとこは、自分が"マジめんど"だと意識できないとこだ!01
市街の隅に、水が湧き出す石があった。一見すると道端に転がる小石のようだが、実は微弱な魔力にも反応する魔導アイテムで、この国ではわりと知られた、ただの日常品だ。
海唯はその前を通りかかり、子供のしゃがれた声を耳の端で捉えた。
「ほら、ここをこうやってさわると、ね」小さな指で石をこつん、こつんと数回叩くように触れると、たちまち水がぴょろっと飛ねた。
少し驚いた海唯は、それでも面白そうに子供に話しかけた。「それ、私もやってみていい?」
こともなげにうなずいた子供に、石を貸してもらうと、その子供は満面の笑みで頼もしく手渡した。
しばらく海唯は石をこつこつと触るが、水はまったく出ない。触る角度を変えても、違う部分を叩いても、気配はない。やがて無表情のまま、ぽつりとその石を地面に置いた。
「なんだ?つまんねー」
ぼそっと言ったその瞬間、子供の目に涙が溜まり、ついに大声で泣き出した。
こうなってしまうと海唯も手の打ちようがない。「あー、悪かった!泣くなって」と何度もなだめるが、子供の泣き声は止む気配がなかった。
気まずそうに周囲を見回すと、通行人たちの冷ややかな視線がしっかりとこちらに集まっていた。
逃げることもできず、相手の母親が来てくれるのを不自然に待っていると、ちょうどしなやかな女性が駆け寄ってきて、子供を抱きしめた。
海唯はその女性に向かって、少し大きめの声で謝った。「この子が貸してくれたのに、壊しちゃったかもしれません。ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。この子はすぐ泣いちゃうんです」
穏やかな声に、海唯は言い返すこともなく、ほんの少し頼りなげに、ただ石を返した。
その瞬間、ばしゃっと音を立てて石から水が吹き出し、直撃を受けた海唯はびっしょりと水をかぶった。
子供は思わずくすくすと笑い、母親も驚いたあと、思わず笑ってしまったようだった。
その後、なにやらお詫びとして宿屋《浮き雲》の食堂に招かれた海唯は、日常の集いの中におずおずと座り、目の前の食事の周囲で交わされる会話に耳を傾けていた。
「あら、お父さんったら、勤務中の衛兵さんにお酒はだめでしょう~」
「はははっ、悪かったなあ。つい、いつもの癖で」
「ママが作ったお肉、すごく美味しい!」
「こら、つまみ食いはだめ」
海唯はそれを聞きながら、思わず足を引き、ドアのほうに立ち止まった。
すると、あの子供がぴょんぴょんと駆け寄ってきて、彼女の手を取ろうとした。「タオルあげる。一緒に食べよ!」
「……ああ、どうも」海唯は差し出された手をそっと避け、タオルも受け取らなかった。
「悪い、仕事中なので、ここで失礼するよ。薬屋を探してるんだけど、どこにある?」
「あら、そう?ごめんなさいね、引き止めちゃって」女性は残念そうな顔で薬屋の場所を教えてくれた。「見つけにくい場所ですが、ここの薬はとてもよく効きますよ」
「大丈夫大丈夫~、ありがとうね~」海唯は完璧な笑顔で返し、宿屋を後にした。
任務において地形や建物の間取りを暗記することが多いため、海唯は突発的な状況でも複数のプランを即座に立てることができ、その記憶力には強い自信を持っていた。
しかし、あちこちを探し回っても、宿屋の女将さんが言っていた「緑色の建物」を見つけられなかった海唯は、建物を登り始めた。
「こういうときはやっぱり、高いところから探すのが定番だよな〜……お、あった!植物に囲まれた建物!さすが私。ん〜でも見た目は、ああいう薬を売ってる感じじゃないな〜。でも、怪しいのは間違いないね〜」
海唯が屋根の上から見つけた「植物に囲まれた建物」は、外壁に蔦が這った普通の一軒家のように見えた。
ただ、周囲には人の姿があるにも関わらず、まるで透明な壁に守られているかのように、その建物の周りを誰も近寄らずに通り過ぎていった。
そのとき、下の裏路地から「止めたまえ!貴様らの暴行はこの俺が許さない!」という、まるでヒーローのような決め台詞が聞こえてきた。
お腹の傷を押さえながら、笑い出していまいそうになるのを堪えた海唯は、『ヒーローごっこか?アホだな〜』と心の中でつぶやいた。
屋根の端から頭を出して下を覗いた彼女の目に映ったのは、木の棒を手にした少年が、小さな女の子を庇いながら屈強な男と対峙している光景だった。
その男の後ろにはさらに二人の男がいて、一人は酔っ払って壁にもたれながら吐いており、もう一人はその酔っ払いを「アニキ」と呼びつつ、少年を倒すよう男に指示を出していた。
「慰謝料が出せねえなら、体で払ってもらうだけだ。ほら、お兄さん優しいだろう」
いかにも悪役が口にしそうなセリフに、海唯はまたしても吹き出しそうになりながら、必死で笑いをこらえた。傷口が開いて出血してしまっては元も子もない。
「慰謝料って、ぶつかってきたのはそっちだろう!」
少年が木の棒を振り上げたとき、海唯は『まさか本気で殴りにいくのか?』と、しっかり観客気分になって、思わず身を乗り出した。
だが、次の瞬間――
「サラマンダの業火!」少年が叫ぶと同時に、軍用火炎放射器並みの火力が相手に向けて放たれた。
「はあーっ!?」思わず声を上げた海唯は、その光景に唖然とした。
ところが、それで終わりではなかった。
「ハッ!残念だったな!」
屈強な男の着ていたマントが、火を全て打ち消した。火が触れた瞬間、まるで魔法のように炎が掻き消されたのだ。
「はあーっ!?」再び叫ぶ海唯。
「坊やは火の系?かわいそうね〜魔法アイテム、火縄の戦士。最近手に入れたのよ〜」まさかの女口調で自慢げに話すのは、吐いていたはずの酔っ払いだった。顔をドヤ顔に変えていた。
「フッ、それで何だ!」
少年は再び木の棒を構え、今度は正しく武器として振るおうとした……が、男に正面から蹴りを食らい、地面に叩きつけられた。
「ケホ!ケホ!ケホ!」
腹を押さえながら必死に立ち上がる少年に、海唯はついに堪えきれずに笑い出した。
「ぶはっ!ハハハハ!ひゃっはっはっは!よわっ!よっわすぎ!それでヒーロー気取りかよ〜ひゃっはっはっは!」
笑い声を聞いた4人が一斉に屋根の方を見上げたが、そこには誰もいなかった。
そして次の瞬間、少年が再び立ち上がろうとしたときには、屈強な男を含む3人の男たちはすでに地面に倒れていた。
「!?」
少年の視線に気づいた海唯は、笑いながら手を振って説明を始めた。「ん?ああ~大丈夫大丈夫。殺してないよ。こんなとこで死人出したら後が面倒でしょ~」
少年が慌てて女の子の方を振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、不気味なほど静かな裏路地が広がっているだけだった。
「おい!貴様!あの子はどこに行った!?」
少年が叫ぶと、海唯はまた腹を押さえながら屋根の上を指差した。
「まぁまぁ落ち着いて~」
「何がおかしい!?」
「ヒーロー気取りなら、守るべき相手がいなくなったことにまず気づかないとね〜。ほら、ガキ、出ておいで〜」
屋上の塀の向こうから、女の子がひょっこり顔を出し、手を振りながら階段を駆け下りてきた。
それは、海唯がこの茶番劇を見ながら、誰にも気づかれないうちに女の子を屋上へと連れていった結果だった。
「ほら、お前を助けてくれたんだよ」と、海唯は女の子の肩を軽く叩き、少年のもとへと促した。
「お兄ちゃん、ありがとう〜!」
「いや、無事でよかった。もうこんなところに一人で来ちゃダメだぞ」
「うん、わかった!ありがとう〜。衛兵のお兄ちゃんも、バイバ〜イ!」
女の子は元気よく礼を言うと、街の中へ駆けていった。
「えっ、いや、……あー、行っちゃった」訂正しきれなかった海唯は頭を掻きながら、地面に倒れている3人の財布を漁っていた。
「おい!貴様、仮にも衛兵だろう!?何をしている!」
少年が怒るも、海唯は衣服を物色しながら平然と言った。「この3人の服、どれが一番マシだと思う?」
「貴様!俺を無視するな!」
「あーごめんごめん。お前、ヒーローごっこ好きだろ?MARVEL見る?私けっこう見てるよ。うーん……この服かな。ゴリ男のは大きすぎるし、ゲロ男のは臭そうだし」そう言いながら、海唯は一度も少年の方を見ず、3人の財布や服を漁り続けていた。
「MARVEL…とは何だ?……って、話をそらすな!」単純な少年はうっかりペースを崩されていた。
「え〜知らないの?じゃあ、この国、案内してくれる?私、遠〜いところから連れてこられたの。衛兵とか無理やりやらされてさ〜。この黒髪のせいで!知り合いもいないし、国のこと教えてくれない?」
前髪を触って困ったように笑いながら語るその言葉は、全てが嘘だった。
「ふざけるな!貴様、衛兵ではないな?」
少年が警戒心を強めると、海唯は内心で『あ〜やっべ〜バカ正直だけどバカじゃないな、こいつ……MARVEL知らないくせに……偏見か?いやな予感しかしない……』と考えながら、素直に白状した。
「うん、嘘。私、衛兵じゃないよ」
そのあっけらかんとした告白に、少年は反応を失った。
「でもね、本当に無理やり連れてこられて……」言いかけたところで海唯の体がふらついた。
「おい!貴様!大丈夫か!?」
『あ、やっべ……声が遠くなる……笑いすぎたか、傷口が……』海唯は残った力を振り絞り、ベランダや雨よけの棚を辿って、なんとか植物に囲まれた建物の屋上へ辿り着き、そのまま倒れ込んでしまった。
海唯の後を追っていた少年も、同じ建物に近づこうとしたが、何か見えない障壁に阻まれるように辿り着くことができなかった。
そして、気づけばいつの間にか、「セクシー美魔女」と書かれた看板の店の前に立っていた。
「なんだこの店……?」
戸惑いながらも、海唯を放っておけず、少年は深呼吸してドアを開けた。