Side:東雲薫 あの人は最後まで笑ってる
Side:東雲薫 あの人は最後まで笑ってる
あの時は知らなかったんです。こんなことになるなんて。この人達も優しかったんですが、お家に帰りたい…………あの人はでうして、笑えるんでしょうか……?
私、東雲薫、ミラノ工科大学の2年生です。自分で言うのもなんですが、青春と自由を謳歌する20歳です。ようやく、2週間続いた試験やレポートの地獄をしのぎ、今度の連休にサークルの友達と一緒にラツィオ州のガエタへ遊びに行くことになりました。
「お嬢様、荷造りのお手伝いをいたしましょうか?」と、正式なメイド服を着た50歳くらいの女性が、開きっぱなしのドアから散らかった部屋を見て、私に話しかけました。
「大丈夫ですよ~リナさんは心配性ですね!」
その人は私が小さい頃から身の回りの世話をしてくれている、いわゆる乳母です。ほかにもたくさんのメイドや執事、ボディガードがいて、おじいちゃんは私にとても優しく、可愛がってくれますが、仕事が忙しいため、一人で寂しい時はこの人たちがそばにいてくれるので、皆、私にとっての家族です。
「薫お嬢さん、車の用意ができました」
タキシードを着た40歳前後の顔立ちの整ったこの方は家令さんです。優しくて渋い声をしていますよね?
私は手早く服や旅行用品をスーツケースに詰め込み、部屋を出ました。
「では、行ってきます~」
「いってらしゃ、お嬢様」
「気をつけてくださいねお嬢様」
「楽しんでください、お嬢さん」
「お嬢さん、カリエさん達からあんまり離さないでくださいね」
「はいはい、分かりましたよ~皆はもっと私のことを信じてよ~」
カリエさんは私の専属SP、つまりボディガードです。いつもはカリエさんを含めて3人ほどですが、長旅の時だけ10人に増やしています。本当におじいちゃんは心配性ですよね!ロスちゃんやマリンちゃんにもSPがついているので、10人は多すぎだと思いますけどね。
途中でなんだか車が加速して、いつもと違う道を走っているような気がしましたが、長旅の車に乗ると眠くなるのは私の癖なので、たぶん気のせいでしょう。
「薫お嬢さん、着きましたよ、起きてください」
黒いスーツを着た、若くてスタイルのいい男性がカリエさんです。彼が優しく私を起こしました。
「え?はい、起きてますよ!」
「ハハ、別荘の使い人がお迎えに来ましたから、頬についている跡を拭くのは忘れないように」
「//////あ、ありがとう、カリエさん!」
「いいえ」
花園に囲まれたこのガエタでの別荘は私のお気に入りのひとつです。先ほど、ロスちゃんとマリンちゃんに連絡したとき、もうすぐ着きますって返事をもらいました。早くみんなと一緒に遊びたいな~ふふっ、楽しみですね!
「薫さん!!!」
「え!?」
カリエさんが急に私を抱き上げて、別荘に入った。
「大丈夫です!落ち着いてください!お嬢さん!」
何がどうなっていたのか、さっぱりわからなくて、カリエさんが私の目と耳を覆いましたが、微かに叫び声と銃声のような音が聞こえた気がします。銃声かどうかはわかりませんが、映画の中で聞く銃撃戦に似た音でした。
「カリエさんどうしましたか?」
「いいえ、大丈夫です。……死に急ぎなやからが湧いてきただけだ」
後の言葉はとても小さな声で、私に聞かれないように呟いたので、はっきりとは聞き取れませんでしたが、たぶんそう言っていたと思います。一緒に部屋に入った他の3人のSPは、カリエさんの命令で私を囲んでいました。
「あの……」
「薫お嬢さん、大丈夫ですよ!すぐ戻ります」そう言って、カリエさんが外に出で行きました。
「ギャー!!!」私は思わず叫びだした。今度、はっきり聞こえました。それは爆発の音でした。
「お静かにしてください、お嬢さま」と隣にいるSPさんが微笑みながら言いました。
「す、すみません」ちょっと恥ずかしい。
「いいえ、とんでもないです!お嬢さまが謝る必要はありません」
彼女がちょっと慌てて言いましたのを見て。不謹慎ですが、ちょっとかわいいと思ってしまった。
爆発音が止まりました。たくさんの足音がこの部屋に近づいてきましたが、入ったのはカリエさんではありませんでした。
「よ~金持ちのクソあな、てめえの爺ちゃんはいくらでてめえを買い戻るか!?」
入ってきたのは汚い服を着て、銃を持っている人たちです。彼らは汚い言葉を吐きながら、天井を撃ちました。SPの人たちがすぐに私を庇いながら、あの人たちと戦い始めました。
「あ、頭!血が!」
「お嬢さま、私を離さないでくださいね!」
彼女は私を庇いながら、この部屋の混戦から隙を見て歩き出しました。そんな時でも、頭からたくさんの血が流れていても、私に向けたのはいつもの優しい笑顔でした。
ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!ごめなさい!
私は足手まといで何もできません!
部屋に残されたSPのガイド―ライナさんとワールドさんは血まみれで、今にも倒れそうになっていた。それを見た私は何もしてあげられず、シャーリーさんに引っ張られるように部屋を出た。
追ってきた相手もたくさん倒れているが、人数で勝ってます。
「……お嬢……さま……早くお逃げく……ださい……」
彼女は片足で地につけて、私を後ろに押しつけました。
「楽しそうね~横取りして!」空から突然飛び降りた黒い影がそう言い、この状況にそぐわない明るい声で叫んだ。続いたのは銃声。一発で一人が倒れ、また一発で一人が倒れ、一瞬の間に私たちを追っていた者たちを、黒い影は躊躇なく殺してしまった。
「………………」
私の体から力が抜けた。突然現れた黒い影は助けに来てくれたように見えるのかもしれないが、私にはそうは思えなかった。ただただ、恐ろしかった。
「ん~お前はもうダメだ!鉄管が肺を貫通してる、抜けたら即死だ。楽に行きたいか?」
あの人は私たちの前にしゃがみ込んで、シャーリーさんに話しかけていた。シャーリーさんは片足を地につけたまま、何かを言おうとしているようだった。
「……お嬢さま、ごめん……なさい……」
シャーリーさんの言葉と共にあの人はシャーリーさんの心臓を撃った。
「ギャー!!!あんた何をしてっ!?」
あの人はシャーリーさんを撃った時、信じられないことに満面の笑みでバイバイと言った。私は思わずあの人に怒鳴っていた。こんな状況で、銃を持つ相手に怒りをぶつけるなんて、殺されるかもしれないというのに。
それでも、涙が視界をぼやかし、必死に堪えなければ、今にも溢れ出しそうだった。
「うっ!」
私の背後から突然襲ってきた倦怠感。こんな状況でまだ……眠れ…る…なん……て……
ぼんやりとしている間に、体が抱き上げられたような気がした。耳元でタイヤが転がる音が聞こえ、誰かの優しい声が響く。まさか、あの人の声なのだろうか?……
「絶対に守るよ。お前はこっちの世界にいるべき人間じゃないから。お前の爺ちゃんとも話がつけた、もうこっちの商売を手放すとな!」
……おじいちゃん?……こっちの商売?……
目覚めた時、私はあの人によってマフィアに引き渡されていた。目の前には血と肉塊が散乱し、爆発音と銃声が響き渡る。まるで映画のような光景。いや、映画であって欲しかった。
燃えさかる車の中から、誰かが私の足首を掴み、必死に助けを求めてきた。
私の手を掴んだあの人は、車内の人に何かを言うと、また満面の笑みでバイバイを告げた。
初めてあの人の顔をはっきりと見た。中性的で、凄く綺麗な整った顔立ち。そんな人が、笑顔で何の違和感もなく人を殺していく。どこかおかしいとしか思えなかった。
突然、真っ白な光が私たちを包み込んだ。
もはや体中から力が抜け、あの人に支えられるままの状態だった。混乱していた頭も、光とともに真っ白に染まってしまった。その後の記憶は断片的で、眩いほど明るく美しい場所に連れてこられたことと、長い白髭の老人の言葉だけが残っている。
「ここはアデレード王国。私は、あなたに聖女になってほしい」
誰にも会いたくない一心で、ただ無我夢中に走った。人気のない場所を探しながら。途中、医務室と書かれた部屋の前を通りかかると、真っ白に輝く光が現れた。あの光に入れば、もしかしたら戻れるかもしれない―そう思い、扉を開けた瞬間、目を覆いたくなるほどの傷を負った男たちの姿が目に飛び込んできた。
私は吐き気が込み上げ、その場に倒れ込んだ。駆けつけてきた人々の「聖女様の光だ」という声が、かすかに耳に届いた気がしたが、もうどうでもよかった。
ただ、帰りたかった。あの、温かな笑顔に包まれた日常へ。
あの人は初めて会った時と同じように、笑っている顔で、明るい声で私に話しかけました。まるで、わざと私を怒らせようとしているかのように話しかけてきました。
私はつい、あの人に八つ当たりしてしまいました。いや、そもそも、こうなったのもあの人のせいですから、八つ当たりとは言えないかな……と、あの人のせいにしました。そうするしかできなかったからです。
日本語?何か変なことを聞かれた。みんなイタリア語を話しているのに。それに、なんで私の名前が?
真実を知るのが怖かったんだ。
あの人の白い肌にその黒髪がより漆黒に見えました。17歳だと言っていましたが、漂ってきた雰囲気は私よりも大人だと勘違いしました。私と同じくらい、いや、背が高いから私よりも細い気がします。
やっぱり、真実から目を背けてはいけないと思って、あの人に聞きました。おじいちゃんの会社が武器を作っていることを知りました。おじいちゃんが悪い人に武器を流したことも知りました。
そして、あの人が戦争の世界で生きることは普通だと言っているような目をしているのも、なんとなく分かりました。
「どこに行きますか?」私は勇気を出して、あの人の手を掴んで訊きました。そしたら、私を連れて帰るっと答えました。
「あなたは私の名前知ってるのに、私はあなたの名前が知らない」
私の手のひらから伝わるあの人の手はとても冷たいです。
あの人が意外そうな顔をして名前を教えた後、ベランダから飛び降りて、私は慌ててベランダの下を見ましたが、あの人はもうお城の壁を越えて出て行きました。
「海唯……『海』の中で『唯一』生き残れる人。……あなたは、どうしてそれでも笑えるんですか?」
序章 Side:東雲薫 あの人は最後まで笑ってる 完