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ミケ?ポチ?ティラノサウルスだ!06
龍は神聖な生き物である。賢明な知恵と高い魔力を備え、古代種の中でも最も高貴な存在とされ、神が最初に創造した生物と信じられている。
その誇り高き一族から、人間の血を引く忌み嫌われる存在が生まれた。それがウビノだった。
同族から嫌悪され、人間側からも化け物扱いされた彼は、「誇り高く高貴な龍」になりたかった。それに縋りつくことで、自分が何者なのか分からなくなることを恐れていた。
欲しがるもの、持てないものほど、「持っている」と言いたくなる。それが自分の目を曇らせても、なりたい理想像がそこにあった。
――あの時も、あの時も、あの時も――
ウビノが刺された瞬間、海唯の魔力が流れ込み、彼の体内の魔力循環を狂わせた。それによって、ウビノ自身も自覚できなかったコンプレックスが鮮明になり、具体的な形となって襲いかかってきた。
――あの時も、あの時も、あの時も――
ウビノの記憶が流れ込む。海唯は何度も彼の矛盾した行動を目の当たりにした。龍を憎みながらも同時に龍になりたがり、人間を見下しつつ母親である人間の温もりを捨てられず、そばに居続けたいという行動だった。
両親がそれぞれの種族から追われていたとき、ウビノは何を考えていたのか。両親が龍に、人間に殺される瞬間を見届けた後、彼はどうするつもりだったのか。
だから海唯はあえて聞こえるように「ウビノはヒトだね」と言った。彼が自分の言葉にどう向き合うのか、今までとは違う結果になるのかを見たかった。違いを知りたかった。
だが……
「……我は…高貴な龍だ……」
「そうか……」海唯は軽く返したが、心の中では『どちらの世界も大差ないか……』と理解していた。
「でも、分かったんだ、その前に…我はウビノだ」
海唯の腰ほどの高さになったウビノは、異形の姿を失い、美しい赤い鱗を持つ小型の龍になっていた。艶やかな黒い爪で海唯に触れ、真っすぐな赤い瞳で彼女を見つめる。
それを見て海唯は尋ねた。「ウビノって、誰かが付けた名前?」
「ウビノは…我が自ら付けた、我を貫く我だけの名だ」
「……」
「この名にふさわしい高貴な龍になるのだ!」
まるで暗闇にヒビが入ったようだった。弱々しい小さなヒビだが、海唯にはそれだけで十分だった。無限ループの中にわずかな違いを見つけた。
「……海唯。私は海唯。よろしくな、ウビノ」
相変わらず人形のような完璧な笑顔を作ったが、少しだけ瞳に光が宿っていた。
「あれは…龍か!?」「でも小さすぎないか!?」「龍が異変を!?」「幼龍が穢の影響で変異か!?」「っていうか、あいつ、龍と話してんじゃね!?」「一体どうなってんだ!」
焦り、迷い、慌てる騎士団員たち。眠りについたウビノ。
「あっちゃ~今回のレポートはどう書くかな~おじさんは何もできなくて悪いな、アキレス坊」
ウビノが倒れると同時に真っ白な魔法陣は次々に消え、リヒルもようやく動けるようになった。
「……っふ、あの子は本当に不思議だね~」リヒルはアキレスの表情を見て、海唯への最後の疑念も消えたようだった。
夜明け。東から昇った太陽の光はまだ冷たく感じられた。紫色のポーションは切れ、他のポーションも残りわずかだ。幸い、傷ついた者たちは軽傷がほとんどで、安静にすれば治る程度だった。
町の人々は建物の再建に取り組み、動ける騎士団員はその手伝いをしている。元の朝とは違い、少し哀愁が漂う町に、皆は暖かい食事で心を落ち着けていた。
「ガハっ……触るな……」
古傷とはいえ、昨日負った刀傷や銃傷が裂けてしまった。応急処置で血は止めたが、クラマーからもらった服はもうダメになり、一日も持たなかった。
皮肉なことに、「手を出さない」と宣言した者が一番大怪我を負った。化け物、つまり海唯の魔力で魔因子が暴走したウビノは、隣で深い眠りについている。
「だから触るなって言ってるだろ、銀髪!聞いてるのか!」
アキレスはマントで海唯を包み、抱き上げた。直接触れられていないと気づき、より苛立つ海唯。
「ろくに立てない奴は黙って運ばせろ」
「はあー!?歩けるわ!そのムカつく銀髪ももぎ取れるくらい元気だ!」
手足をバタバタさせる海唯を面倒くさそうに見て、アキレスは手を離した。海唯はそのまま地に落ちた。
「ってめー!」
しかし今の海唯には、マントを解く力もない。それは無意識に吸収した魔力をまた無自覚に解放したからだ。加えて、一時的に急上昇した身体能力に体が追いつかなかった。
『くそっ!魔力コントロールが最優先課題だ!』海唯は心の中でやるべきことリストに追加した。
「分かったなら暴れるな」とアキレスは冷静に言い、再び海唯を抱き上げた。
「へ~ご親切だね~クソ銀髪。一人じゃ何もできないから群れてる騎士団だろ?団長なのに自分の団員も守れなくて、一人だけ生き延びて『ごめんなさい』とか言うつもり?あっは!ウケる~それともこれで恩を売って、土壇場で手を貸してくれとかお願いしたいのか?ひゃははは~」
「……俺を怒らせて何がしたい?」アキレスは淡々と言った。
「なっ!」
「事実だから怒ることじゃない」
「……っ」
「それで、返事は?」
「私は傭兵だ。代価を払うならどんな戦場でも笑って向かう」
「ヨウヘイ?初めて聞いた言葉だ」
「ま~つまり、雇い主の敵は私の敵ってことさ。契約してる間だけどね」※海唯はもちろんこれは口にしない。
「ふん、それは便利だな」
アキレスは無理やり海唯を救護隊に運び、医療兵に診せたが、椅子で動き回る海唯はボロボロの服をどうしても脱ごうとしなかった。
「あーもう、うるせーよ!ほら、オッサンが呼んでるぞ。はい、行け」
「呼ばれてないけど?」
「ちっ、こんくらい勝手に治るからほっとけ!」
海唯が暴れる理由は、慣れていないからだ。誰かの善意、差し伸べられた手、暖かい体温――今まで一度も経験したことのないものに一気に触れ、調子が狂ってしまう。
「酷い……何だこの傷は……見たことのない傷跡ばかりで……」
若い女性が海唯の両腕の傷を見て思わず後ずさりした。第三騎士団救護隊の医療兵も驚くほどの怪我の程度だった。これもまた一つの重要な情報となる。第三騎士団は今回のような惨烈な戦いを経験しておらず、ポーションに頼った応急処置しかできなかった。
「包帯だけよこせ、触ったら殺す」
第三騎士団の誰もが、直接「殺意」を向けられたことはなかった。少なくとも救護隊にはそれがなかった。
「ひっ……す、すみませんっ!」
女性は震える手で包帯を海唯の前に置き、素早くその場を離れた。その後ろから、アキレスの嘆息が聞こえてきた。
アキレスは何となく理解した。海唯の「血の匂い」は特徴的だ。彼女は自分にとって一番「効果的な言葉」を選び、ああ言ったのもわざとだ。誰にどんな言葉をかければ目的が果たせるのか、熟知している。
それはつまり、海唯が人をよく見ている証拠でもある。
「触られたくない。包帯が欲しい。それすらも言えないのか?」
「えーこっちの方が早いじゃん。先のアレ見えなかった?彼女、顔真っ青だぞ。面白ー。ってかお前、暇なら酒持ってこいよ」
「あらあら~未成年飲酒はダメだよ、兄ちゃん」
「おお、酒だ!」海唯はツッコむのを面倒になり、訂正しなかった。
「カンザキラ特産、青吟酒だぞ~」リヒルは飲み始めながら、アキレスの海唯への対応を面白がっている。
いつもなら、リヒルが仕事中に酒を飲むとすぐ止めに来て厳しく叱るカファロも、今回は珍しくいなかったせいか、リヒルは少し酔っているようだった。
「もう17だぞ、私」
「へえ、もっと若いと思ったな。じゃ一緒に飲もう」
「ノリいいね、おっさん。お、果物の匂いだ」
「わかるな、兄ちゃん」
アキレスは飲兵衛二人を見て、もう一度嘆息した。
これからは穢の影響でさらに厳しい状況になるだろう。穢のせいで魔獣は凶暴化し、魔人の出現率も増え、今回、龍にも異変が起きた。重なる異常は民の恐怖心を高めている。聖女召喚によって状況は少し改善したが、首都付近の人々は穢の深刻さをまだ理解していない。
アキレスはカンザキラの残景を見て思った。嵐の前の静けさだ。しかし今は、このままでよい。聖女様の力はまだ確定しないが、強力な武器・海唯を手に入れたから。
「海唯……どこか危なっかしいが、信頼できる奴だ」
第3シナリオ ミケ?ポチ?ティラノサウルスだ! 完
(おまけ)
「おい~アキレス坊も飲む?~」
「龍の容態を見に行きます」
「はいよ~」
リヒルは町人や怪我している団員達を掴んで、飲み会を始めた。そして、海唯が既に消え去ったのを気づいたのはアキレスだけだった。瞬きの間で、気づいたらもういなくなった。
日本の法律ではお酒は二十歳からな!
物語だから、物語として見てな!法律は守ってな!




