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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
23/159

3-04

 ミケ?ポチ?ティラノサウルスだ!04


 騎士団はついに、カンザキラの姿が視認できる距離にまで到達した。遠くからは、魔獣のものと思われる鳴き声が響いてくる。魔力のさざなみはここまで伝わり、その存在感を強く示していた。


「化け物の正体は不明です!人の子のような姿をしてますが、魔獣の手足と尻尾を備えています。魔力は魔人並み、現在暴走中です!」


 報告する第三騎士団の若い兵士は、明らかに新兵だった。声は震え、焦りを隠せない様子だった。


「五班に分かれて町人の避難を急げ」


 アキレスの指令に、第三騎士団の面々は一斉にリヒルへ視線を向けた。


「正体不明の魔力は第二騎士団の担当だ。全員、今からアキレス・ザックウェーバー団長の指揮に従え!」


 リヒルの命令で、動揺していた団員たちはすぐに態勢を整えた。


 海唯はその様子を見ながら、心の中で呟く。


『ふむふむ、“正体不明の化け物”か〜。各地で駐屯してる感じなら、第三騎士団は警察的な役割?第二は特殊部隊ってところ?……って、なんか一気に格が下がった気がする。うん、やっぱ“騎士団”って響きの方がカッコいいな』


 まるで映画を鑑賞するような気分で、海唯は戦場を眺めていた。


 遠距離魔法の使い手たちは二班に分かれ、化け物の牽制と町人の避難誘導にあたった。近距離戦に特化した第三騎士団の戦力は、攪乱には十分機能している。


 その時、リヒルとアキレスは海唯の姿が見当たらないことに気づいた。どうやら、カンザキラ到着の直後にどこかへ姿を消したようだ。


「……あの子、どんな匂いだった?」地図を見ながらリヒルが尋ねる。


「血の匂いが漂い、ざわめいている。まるで、戦を求めているような匂いでした」


「つまり、普通の魔人と同じってことか」


「いえ、それが違うんです。多くの“血”の匂いが混ざり合っているようで……」


「周囲のさざなみに溶け込みやすいタイプか?」


「いいえ、初めて遭遇するタイプです。まるで、体内で暴れ回るバラバラな魔力を統一しようとしている感じで……」


「統一しようとしている?恨みや憎しみの果てに殺し合った結果じゃないか?執念ってのは怖いもんだ」


「違います。それとはまったく別のものです」


 アキレスは眉をひそめてリヒルの推測を否定した。


「“さざなみの匂いだけで判断するな。実際に接触して見極めろ”って、偉そうに言ったのはそっちですよ?」


 リヒルの言葉に反論するアキレスの態度に、リヒルは笑った。


「はは、そうだったな。師匠の教えをちゃんと覚えてるとは、えらいぞアキレス坊」


 アキレスが考えていたのは、おそらく“味方や仲間を守るため”のことだろう。しかし、リヒルは思う。海唯には、そういった概念はないのかもしれない。


「にしても、アキレス坊の能力は本当に便利だな。魔法のさざなみを匂いとして感知できるなんて、まるでチートだ」


 それでも、リヒルはアキレスの考えを否定することはなかった。


「町人の避難、完了しました!」


 避難完了の報告が届くと、アキレスとリヒルは即座に戦闘態勢に入った。


「化け物発見!」

「精霊魔法、水と風を観測!」

「被害範囲、拡大中!」

「化け物が避難区域へ向かっています!」

「魔力弾を!」


 リヒルは魔力弾の発射を指示し、化け物の動きを一時的に封じた。しかしその様子は、穢れに当てられた魔獣と同じく、魔力を渇望しているようだった。だがその反応から、ケモノの爪が偽物の魔力であることも見抜いた。


 戦闘が長引く余裕はなかった。


 化け物は再び“人”に襲いかかる。尻尾の一振りが暴風を起こし、爪の一閃が空間を裂いた。悲鳴のような呻きが、町人たちの恐怖を煽る。


 第三騎士団の攪乱は成功したが、被害の拡大は防げなかった。魔法部隊が土の塀を築き、暴風を抑えた瞬間、水の槍が襲いかかり、塀を粉砕。逆に煙幕となってしまった。


 彼らは“殺す”戦いに慣れていない。


 第二騎士団が相手にするのは、魔人や穢れから生まれた化け物。一方、第三騎士団は治安維持と暴走魔獣の捕獲が任務だ。決定的な違いは、魔人は“殺し”を目的として向かってくるという点にある。


 人の子の姿を持ちながら、動きはまるで獣。空間を裂く爪と水の竜巻。魔法攻撃が当たっても、まったく効果がない。近距離部隊も接近すらできず、完全に押されていた。


永久凍土ペルマフロスト


 寒気が背筋を這い、氷結の結晶が膝元まで立ち上る。第三騎士団員の足元を避けつつ、化け物の足元を凍らせた。


「ゴォン!」


 尻尾が地を叩き、爪で自らの足を切り裂く。氷魔法の形成と互角の速度で抵抗している。


冰籠アイスケージ


 氷が化け物の体を這い上り、拘束しようとする。暴風の中、アキレスは沈着な声で魔法を唱えていた。


「すげぇ……さすが第二騎士団長だ」

「今のうちに!」

「化け物の動きが止まった!」

「左右から爪を封じろ!」


「ゴアアァーッ!」


 轟音が耳を打ち、氷は粉々に砕かれた。化け物が自由を取り戻したかと思われたが、その身に生ぬるい水が絡みつく。


「そのまま浮かべ!」


 リヒルが召喚したクラゲのような軟体魔獣が化け物を空中に引き上げる。続けて、「ヨッポ、噛み付け!」と四尾の妖猫に命じ、多量の出血を引き起こした。


スピア、成し遂げろ」


 流れ出た血が氷へと変わり、化け物は針のような氷の球の中心に固定された。自らの血により串刺しにされ、忌まわしい姿は目を見開いたまま動かなくなった。


 その頃、海唯は遠くの木の上から戦闘を見守っていた。


『ふんふん、他の奴らの動きはまあまあだな。殺しには慣れてない。おっさんと銀髪の団長は別格か……さすが』


 氷の針球を見つめ、海唯はわずかに顔をしかめた。


「バイバイを言うには、まだ早いかな」


 そう呟くと、彼女は後方で治療を行っている救護班のもとへ向かい、その輪の中に自然と溶け込んだ。


 やがて木から降りると、海唯は周囲をゆっくりと見渡しながら救護の現場を巡っていく。町人と騎士団員があちこちでうめき声を上げる中、軽口を叩いた。


「はは~、化け物は倒されて、平和が守られましたって? 三流映画みたいな展開でいいね~」


 そう言いながら、彼女は傷ついた団員のひとり――腹部を赤く四本の線で切り裂かれた男の前にしゃがみ込むと、にやにやと笑って尋ねた。


「ねえねえ、ハッピーエンドってことでいい?」


 当然ながら返事は返ってこない。


「そこを退け! 治療の邪魔だ!」


 救護班の一人が声を上げた。彼は止血にピンク色のポーションを使い、続けて黄色のポーションを飲ませると、詠唱を始める。患者の苦悶の表情は徐々に和らいでいくが、怪我そのものは癒える気配を見せなかった。


「黄色のポーション……前にクレインが紹介してくれたような……?」


 海唯は真剣な顔で記憶を辿ろうとするが、なかなか思い出せない。


「高級ポーションが足りないから、黄色で不具合を抑えつつ、体力を回復させてるんだ」


 カファロが彼女の腕を引き、救護の邪魔にならないよう場所を移した。


「紫のは?」


「効かない」


「あらら」


 実験がてらに渡しただけだったので、海唯にとって結果はそれほど重要ではなかった。


「なんだこのポーション!?」


 突如、別の場所で騒ぎが起きた。団員や町人が、まるで体に虫でも湧いたかのように飛び跳ねている。周囲の救護班員たちも自分の手を不思議そうに眺めていた。


「治った!」


「マジかよ、これ……!」


「紫のって、そんな即効性あったっけ?」


「おいおい、完治してるぞ!」


「はは、なになに、意外と効いてんじゃん、そのポーション」


 片目を失ったはずの者が両目を輝かせ、瓦礫に潰された両足を持つ男は今やうさぎのように跳ねていた。他にも、少なくとも五人は明らかに"完治"している。


 それを見ても、海唯の感想はただ一つだった。


「……良率、悪いな」


 その時、どこかから救護班の一人の声が耳に届く。


「リレフには……効かない?」


「リレフ……さっきの人か」


 記憶を辿った海唯は、先ほど話しかけた人物を思い出す。そして、考え込んだ。


『人によって効き目が違う? それでもポーションってことで済むのか? うわ、色々いじり過ぎて、変数多すぎ……』


「もう一本飲ませなよ」


「もう試した」


「そっか」


 海唯がなぜか嬉しそうに微笑むと、カファロは一瞬困惑したが、気のせいだと自分に言い聞かせ、ポーションを手にリヒル団長のもとへ向かった。


「何、手を見つめてるの?」


 海唯が笑顔で声をかけると、振り返った救護班員が驚いた様子で口を開いた。


「わっ、誰っ……あ、団長が連れてきた人か? いや、血止めの魔法の前に、魔力補充をしようと思って……で、うっかり紫のを飲んで……ほんの一滴だけだよ!? そしたら、気がついたら周りが治ってて……よく分かんないけど、こうなってた」


「ほほ~ん、安心して。あんたが治したんじゃないから」


 それは、聖魔法の一つ――意識操作系の魔法スリーピングキングの応用。クラマーの指導に従い、ポーション製造時に付加魔法を試していたのが、まさかの成功を収めていた。


「……うわ、何こいつ、ムカつく」


 その男は呟いた。


「回収班は、魔法をかけながら慎重に搬送するように!」


 現場の整理に追われるリヒルが、次々と指示を飛ばしていた。


「ダーテオ団長、これをどうぞ」


 カファロが海唯から預かった紫のポーションをリヒルに手渡す。


「いや、俺はいい。重傷者に使ってくれ」


「アバラが折れたのも、重傷者です」


「……あ、はい、すみません。飲みます」


「ア、アキレス様、これをどうぞ!」


「助けていただいて、本当にありがとうございます!」


「ありがとう!」


「アキレス様は本当に素敵なお方ですのう……!」


 アキレスは、ただ静かに木にもたれかかっているだけだったが、町人たちに囲まれ、もてはやされていた。


 一方の海唯は、ぶらぶらと周囲を歩きながら、自分の作ったポーションの効果を観察していた。結論として、治癒に成功したのは全体の約一割――つまり、「魔法はまだ不安定」という事実が浮かび上がった。


 彼女が目指しているのは、誰かを癒やすことではない。自分がどこまで魔法を使えるのか。なぜ自分には魔法の効果が及ばないのか。その根本的な謎を解明することこそが目的だった。


 海唯にとって「情報」は、生き延びるための命綱である。


『さて、付加魔法の良率はどうかな~』


 そう呟くと、彼女はまた次の検証に向けて動き出した。



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