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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
22/159

3-03

 ミケ?ポチ?ティラノサウルスだ!03


「誰が出ていいと言った? クレインちゃんよ」


 コルフはイラついた笑みを浮かべながら馬車に寄りかかり、クレインを乱暴に中へ押し込んだ。


「わざわざこんな辺境まで来て弟を迎えるとは……いい兄貴だな、ブラコン」


 海唯の皮肉にもコルフは一切反応せず、「次はない」とだけ言い残し、馬車を発たせた。クレインも、特に反抗する様子は見せなかった。


 海唯は馬車の後ろ姿を見送ると、廃墟となった森の周囲を観察しようとしたが、ふとポケットの中身に気づいた。


「……ああ、魔道具を届けるの忘れたな」


 痛覚のない身体のせいで、海唯は自分の怪我をしばしば忘れてしまう。そもそも、こんなもので本当に治るとは思っていなかった。ただ、未知なる「魔法」という存在には、興味を惹かれざるを得なかった。


「……っていうか、なんでここにいるのが分かったんだろうな~」


 セクシー美魔女(クラマーの店)

 植物に囲まれた古びた建物の前で、海唯は看板をじっと見つめていた。木漏れ日の差し込む中、かすかに浮かぶ文字の影。その奥には、建物全体を包むような透き通る膜が広がっていた。


『この世界の文字も、そのうち解読しないとな』

 そう心に決めながら、海唯は膜に視線を移す。


 膜の表面には幾重にも絡み合った魔法陣の痕跡があり、まるで誰かの意思が留まっているようだった。ためらいもなく海唯が指先を膜に触れると、氷が砕けるようにそれは音もなく崩れ、破片は空気に溶けるように消えていった。


「今何時だと思ってるのよ!? っていうか、今日だけで何回結界張り直させる気なのよ!」


「いやいや、待ってくれって。ほら、三角の目と白塵の血、持ってきたから!」


「汝……モルモットとしては最高じゃな」


「どうも~」


「“白塵しろちりの血”は、相手の血と混ぜることで魔法系統を分析でき、相手の魔法の流れや構築を再現し、さざなみを閉じることも可能。ただし、相手の魔力量が術者より上回っていたら無効じゃ。よく混ぜるんじゃよ、ガキ」


 クラマーの説明は、クレインから聞いた内容とほぼ一致していた。つまり、嘘ではない。そう理解した海唯は、特に驚きもせず問いかけた。


「さざなみって?」


 海唯は自分の血と白塵の血を杯の中でゆっくりと混ぜ合わせる。黒く沈んだ液体は淡い光を帯び、魔法的な効果があるのか、それとも儀式的なものなのかは見た目では分からなかった。


「魔法の純度が高ければ高いほど、身体から滲み出して周囲に影響を及ぼす。操魔術が使えれば“さざなみ”の操作も可能じゃが、それはさておき、まずは汝の“さざなみ”を閉じねば治療ができん」


「ふむふむ、このくらいでいい?」


 ドロドロとした血液の入った杯をクラマーに渡す。


「もう少し、塵が完全に血に溶けるまでじゃ。そして“三角の目”……相手の身体状態を探知できる魔道具じゃ」


「生き物は映らないの?」


「そうじゃ。使い方が分からんせいでB級魔道具に分類されたのじゃ。これは他の道具と合わせて使うもんじゃ」


 クラマーは液体が混ざる様子をじっくり観察し、満足げに頷くと杯を差し出した。


「それ、飲みな」


 渡された杯を手に取った海唯は、一瞬鼻を近づけて匂いを確かめた後、一気に飲み干した。クラマーは驚いた顔で彼女を見つめた。


「……何?」


「……少しも躊躇せずそれを飲んだ奴は、初めてじゃよ」


 クラマーは続けて三角の目を渡し、海唯に腕を見るよう指示する。


「お、映った。私だ」


「成功じゃ!腕のほうへ移れ。何か見えるか?」


「ん~透明な黒光が、ウジみたいに腕に絡みついてる。っていうか、全身に?」


「隙間はあるか? そこから白塵の血を垂らせ」


「お? 消え……うぐっ!」


 話の途中でクラマーに紫のポーションを無理やり飲まされ、同時に三角の目は破損した。


「魔道具が汝の魔力に耐えきれんとはな。どうじゃ?」


 海唯は驚いた様子を見せず、ただ面白がるように笑った。その様子を見てクラマーは満足げだった。


「麻痺感が消えた。骨が……繋がってるな」


 動きながら状態を確認する海唯。治ったのは折れた腕だけだったが、それだけでも十分だった。

『普通ならギプスでも一ヶ月はかかるよな。魔法ってすげーな』


「見せてみな。……傷跡は残るが、骨は繋がった。魔法はまだ不安定じゃが……一定の規律があるのか、何かに影響されているのか、それとも体に馴染まないのか……」


「まっ、試すか。どうせ私、モルモットでしょ?」


 わざとクラマーの口調を真似る海唯。その様子にクラマーは笑った。


「ひっひっひっ! 言われなくてもじゃよ、モルモットちゃん」


 この二人は、こういうときだけ妙に気が合う。海唯の体を使って様々な実験を行ったが、滲み出る不穏な魔法のさざなみや、高純度ゆえの暴走は、まだ完全に制御するには至らなかった。




「クラマー・クヴェットシエク、ポーションはまだありますか?」


 扉を開けて店に入ってきたのは、騎士服を着たリヒル・ダーテオとアキレス・ザックウェーバーだった。


「お?」

 海唯は袖を下ろして、うっすら残る傷跡を隠した。見覚えのある顔だと思ったが、さほど関心を持たない様子で、奥の部屋へ向かおうとした。だがクラマーに腕を掴まれ、足を止められる。


「これはこれは、団長殿お二人ではないか。少々お待ちを」


「わっ、何?」


「あの二人、控えめに言っても良い実験材料じゃよ?汝のダダ漏れ魔法に当てられたら、どうなるか気になると思わんか?」


「思わないが?」


「ほう……魔法が打ち消されて、慌てふためく様を見たくはないかい?」


「別に?」


「ちっ……いいか?若造、よく聞け……」


 クラマーは海唯をカウンターの下へ引きずり込み、マッドサイエンティスト然とした口調で囁き始めた。


「へぇ~つまり、私が異世界から来たって知ってるんだ?」


「ギクッ!」


 クラマーはどうやら、興奮のあまり余計なことまで口にしてしまったらしい。


「お前、正直というか嘘がつけないというか……まあ、私も色々試してみたいし、乗った!」


「おい、何をしている?」


「申し訳ないのう、ザックウェーバー団長殿。ところで、遠征から戻られたのは今日ではなかったかの?作り置きのポーションは、すでにすべて納品済みのはずじゃが」


 アキレスは冷たい視線をクラマーに向け、無言で背を向ける。


「そうか? なら仕方ないな。――今後はポーションの転売を控えてもらいたいね。なにせ、騎士団優先という契約だからな」


 リヒルは穏やかな笑みを浮かべ、そう告げると店を出て行こうとした。


「というわけで、興味はないけど付いてってやるよ~」


 カウンターにどっかり座った海唯が、ニコニコしながら二人を呼び止める。


「どんなわけだ?」

 アキレスが冷たく返す。その目はまだ海唯を警戒していた。


「ははっ、兄ちゃん、面白いこと言うね。正体の分からない奴と戦うのは不安だよな?」


 リヒルは微笑を浮かべつつも、海唯の悪戯っぽい目を見抜いていた。経験の差は伊達ではない。


「来た~、正規軍の常套句!ここでも聞けるとはな~」


 海唯はそう言って、カウンターの下からブクブクの袋を取り出す。そして言葉にはせず、クラマーをじっと見据えた。鋭く光る瞳が、その意図を明確に伝えている。


「ひっひっひ……食えないガキじゃな」


 クラマーは口元をわずかに歪めて笑う。どうやら、海唯のその表情をかなり気に入ったらしい。


 袋の中には紫色のポーションがぎっしりと詰め込まれていた。先ほど「色々試した」と言っていた、海唯特製の代物だ。


「私は手を出さない。それでどうだ?」


 アキレスは無言で眉をひそめた。海唯の体からは、まだ血の匂いが漂っている。つかみどころのない存在に対する警戒心は拭えなかったが、その戦闘センスには無視できないものがあった。笑いながら戦場に向かう人間を見るのは、彼にとって初めてだった。


「それでいいと思ったのか? 兄ちゃん、何考えてんだ?」


 リヒルも笑顔で言葉を返す。


「余裕ぶってもいいけど、私暇なんだわ。……でも、そっちは違うだろ? 銀髪の、“手”は隠した方がいいぜ?」


「……!?」


 アキレスの顔は冷静を保っていたが、動いた手が焦りを物語っていた。


「参ったな。馬車に乗れ。森の向こう側、カンザキラに向かう」


「ははっ、命令すんなよ~」


 


 第三騎士団は森を避け、馬でカンザキラへと向かっていた。夜空には雲が散り、三つの月が高く掛かり、穏やかな光を降らせている。


 深夜の森では、魔物たちの赤く光る目がはっきりと見えた。馬のひづめが響くたび、追い立てられた魔物の咆哮がこだました。


 だが、それが見え、聞こえるのは海唯だけだった。森にかけられていた結界は、すでに修復されていた。


「……うるせぇ……」


 頭の中で反響する騒音。海唯は不機嫌そうに呟いた。


 揺れる馬車。顔をかすめる夜風は心地よく、くつろぐ海唯の姿は、騎士団の緊張感ある空気と鋭い対比を成していた。


「なあ、戦闘バカ。……その手で剣、握れんのか?」


 馬車に詰め込まれた魔道具やポーションを漁りながら、海唯が何気なく尋ねる。戦場に向かう前から死にそうな顔をしている正規軍に、呆れを感じていた。


「カファロ・ヒース……です」


「はあ!? てめぇのせいだろ、クソガキ! カファロ副団長なら、そんなの屁でもねーよ!」


 場違いなほど間抜けな顔をした少年が叫んだ。だが、海唯は少なくとも死にかけの顔をした連中よりはマシだと思った。


「ひゃははっ、なんで敬語なん?」


「……救護班の護衛なら、平気だ」


「おい、俺を無視すんな!」


 少年は口こそ悪いが、目はまっすぐだった。


「救護班の護衛か~。なるほど、国民は大事にしないとな~」


「おい! 無視すんなっ!」


「ぷっぷー! 舌噛んだ! てか誰だお前?会ったことある? 元気だね~」


「このクソガキ! 街で偉そうに俺を笑いやがって、覚えてないフリしてんじゃねーぞ!」


 どうやら自分も“ガキ”であることを忘れているらしい。


「お前が派手に平面で転けたからだろ? あれ笑わない方が無理あるわ」


「先輩、ちょっと黙っててください!」


「また歩き食いしてて転んだんだろ?」


「ち、違いますよ~! カファロさぁん~~~!」


 笑い声が馬車の中に広がった。カファロと少年のやり取りが、場の雰囲気を少しだけ和らげた。


 その様子を見ていたアキレスは、少し驚いた。腕力でも、権力でもなく、言葉一つで空気を変える者が実在する――そんな実感を覚えた。


「ところで銀髪の。……なんでお前がこいつらに付いて行く必要がある?」


 海唯は周囲の観察を続けていた。銀髪の騎士だけが、他の団員とは異なる紋章――重なり合う三つの魔法陣――を身につけていることに気づいた。


「……これは元々、第二騎士団の任務だった。遠征から戻ったばかりで、怪我人を休ませただけだ」


「ほう、その割にはお前は無傷ってのが……凄いな~」


 海唯は王宮で見た光景を思い出す。あの時、“休ませる”というより、動けない状態の者が半数以上だった。


「そっか、聖女様に頼んで全員治してもらったのか~。さすが魔法、すげーな」


 適当な調子に聞こえるその言葉に、アキレスは妙に引っかかりを覚えた。不思議と嫌味に感じないのはなぜだろうか。


「お前は?……何で付いてくる」


「暇だから~」


 即答した海唯は、ニヤリと笑ってアキレスを見た。その目は真っ黒で、底の見えない深淵のようだった。


「……そうか」


 アキレスはまた一つ、分からなくなっていた。常に笑っているこの若者が、何を考えているのか。そして――

 この年齢にして、なぜあれほど“死”の匂いを纏っているのか。


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