第7シナリオ 職業:傭兵。種族:ペット。性格:最悪。01
第7シナリオ 職業:傭兵。種族:ペット。性格:最悪。01
崖から落ちた馬車。
あたり一面に散らばった荷車の荷物。
まだゴロゴロと転がり続ける車輪の音。
血だまりの中に倒れている夫婦。
「ああ……実に、痛々しいな」
何もない空間に、ふいに黒い粉が漂い始め、その隙間を切り裂くように一人の男が姿を現した。端正な身なりは、一層神秘的な雰囲気を漂わせている。
彼は鋭い爪で母親の腹を裂き、中から赤ん坊を取り出したが、母親はすでに息絶えていた。
「残念なことだ。感受性があまりに未熟で、実に嘆かわしい」男はそう呟き、口を開く。すると、透明な流れが男の口元へ吸い込まれていった。しかし彼の表情は、小腹すら満たされないと言わんばかりだった。
車輪は止まり、赤ん坊の鼓動も止まった。
「ほう……? 汝は――」
その時、男はようやく気づいた。荷車の中に、小さな男の子がかすかに息をしていることに。男はその匂いを嗅ぎ、微笑む。そして再び、その男の子から透明な流れが吸い込まれていった。
「よい……よいぞ。引き裂かれて咲く、鮮やかな血の花――実に、羨望を禁じ得ぬ」
男の子はかろうじて指を動かし、目の前で揺れる影を掴もうとしたが、むなしく空を切った。
男は見下ろしたまま、まるで演説でも始めるかのように、派手で魅力的な言葉を口にした。「さあ、さらに味わえ。
痛みを! 苦しみを! 悲嘆を!心が抉り尽くされるほどに――この世という地獄を、存分に愉しむがよい……!」
「魔王様! また勝手に人間界へ!」黒い粉の中から、もう一人が現れた。
「まあまあ……怒りもまた、よき香辛料よ」
振り返りもせず、「魔王様」と恐れ敬われる男は、再び黒い粉の向こうへと消えた。
指一本動かせずうつ伏せになっている男の子は、永遠に魔力を失った。
***
戦いの後始末に勤しむ第三騎士団。大勢の人の声、物を運ぶドタバタした音――近いはずなのに、カファロはなぜか遠ざかって聞こえた。
「……ス……ヒース副団長?」
「っ! ……備品のチェックを」部下の呼び声で思考が引き戻されたカファロは、サボっている団長の代わりに指揮を執っていた。
「かしこまりました」
「申請書を出すから、被害報告をまとめろ」
「はい!」
「……」カファロは横の木箱に腰掛け、酒を飲んでいる海唯をちらりと見て、すぐに顔をそらした。
「よ〜、戦闘バカ。こうして見ると副団長っぽいな〜」あまりに露骨に避けられているのを見て、海唯は逆に気になってきた。いや、それだけではない。カファロの動揺ぶりに、何か隠しているような興味まで湧いてきた。
「……」
「? ひゃはは〜、なになに? “どこでサボって酒飲んでんだよおっさん”って? 臨時避難所の医務室に隠れて宴だぞ〜。ひゃはは〜。あれが団長って、乙〜」
「……悪かった……助かった……ありがとう」
海唯は不可解そうに瞬きをし、カファロの無理やり絞り出した三つの言葉を、自分の行動に結びつけようとした。
しかし、海唯には悪いことをした覚えも、誰かを助けた覚えもない。ましてや「ありがとう」など、この見覚えのない三つの言葉は全く理解できなかったが――
なぜか、妙に嫌ではなかった。
「? ……それよりさー、クレインがお前を“お祭りに連れてきてほしい”って言ったぞ? どう思う? それって私も含まれた? 含まれたよな〜。はあ〜、めんどくさ〜」
チャラい口調で言いながら酒を飲む海唯を前に、カファロは返事をしなかった。
海唯はその反応を見てすぐ理解した。おそらく“魔力がない”ことをひどく気にしていて、“強さ”を欲しているのだろう。
単純すぎる、と彼女は思った。
カファロが聞きたくない言葉も、聞きたい言葉も、海唯にはわかる。それを口にして意のままに操ることもできる。だが海唯がそうしないのは――彼が“利用価値がない”と判断しただけだった。
つまり、ただ「使えない奴」だと見なしたから、そこに触れなかっただけ。だから、カファロが彼女の強さに憧れを抱いている眼差しに、海唯は気づかない。
東雲薫も、クレインも、アキレスも、他にも何人もいる。海唯の無自覚な行動に魅せられた者は、もはや数えきれない。
「......友達だから」カファロは淡々と答えた。
「うわー、お前もかよ〜。勘弁してくれ〜」
「奢ると約束した」
「マジか〜、律儀〜」海唯は酒瓶をカファロに渡し、“自称友達二人”を何とか撒こうと考えていたが、そもそも“友達”と言われたのは初めてだったため、どうすればいいのか分からなかった。
“友達”がどういう意味かすら知らない海唯は、とりあえず支障が出ない程度に合わせておこうと思った。
「海唯」
「?」
「私の名前。よろしくな〜、戦闘バカ〜」
「……海唯……空瓶だけど?」
「私が飲み干したから」
「そっか」
分かりにくいが、じっくり顔を見ていれば分かる。
カファロは、笑っていた。
……
欠片の片付けはおおむね済んだが、再建には時間がかかるだろう。町人にも怪我人は多いが、ほとんどが軽傷で、せいぜい手足の骨折程度だ。だからこそなのか、彼らはまだ“誰かのせい”にする気力を持っていた。
そして、引き金となる理由は決まって簡単で、理不尽だった。
「おい! わしの店の酒を盗んだのは貴様か!」足を折ったおじいさんが松葉杖をつきながら、海唯を指さして口汚くののしった。
すると海唯は、わざとらしく手に持っていた酒瓶を開け、おじいさんの目の前で満足げな表情を浮かべながら飲んでみせた。
「貴様だなガキ! わざとあの魔獣を挑発して町を暴れさせただろう!その隙に盗みとは、ゲス野郎が!」おじいさんは青筋を立て、折れた足を引きずりつつ、松葉杖を振り上げて海唯へ向かおうとする。
「ん〜、こういう場合は盗みというか、強盗かな〜?」それでも海唯は平然と酒を飲み続けていた。
おじいさんを止める者はいない。海唯がその店の酒を飲んでいるのは事実で、本人もそれを認めている。そして、海唯の挑発的な態度が、さらに火に油を注いでいた。
「この強盗め!」
不安と恐怖心が一気に爆発し、人々の感情は瞬く間にエスカレートした。
「強盗のためにイカれた魔獣を連れてきたの!?」
「うちの子をこんな大怪我させたのもあんたのせいよ!」
「魔獣を暴れさせたのもお前だろう!」
「だからわざと騎士様たちの足を引っ張って被害を拡大させたんだな!」
「イカれた魔獣を操れるのか!?」
「この化け物め!」
非難の中心に立つ海唯は、その反応が“予想通り”であるかのように、むしろ楽しんでいるようだった。
「それで? 私を殺したい? 出来るの? お前らで?」空瓶を飲み干した海唯は、手を離した。
瓶が床に落ちる音は、驚くほど澄んで響いた。
大きくも小さくもない、ただ“普通”の音――なのに、町人たちを沈黙させた。
この場の人々が感じたのは、純然たる“恐怖”だった。生物として本能的に察する、圧倒的な生の脅威。目の前にいるのは自分より一回り年下のガキに過ぎないのに、体が動かない。
いや、頭が真っ白になり、体が動かなくなっているのだ。
この臨時避難所に騎士はいない。さらに罵倒の内容から判断するに、ここにいる者の多くが先の戦いを見ていた。だから――自分に手を出す勇気を持つ愚か者はいないだろう、と海唯は断定していた。
だからこそ、海唯はわざとここを選んだ。
人々の怒りを焚きつけ、使えそうな情報を引き出すために。
「魔獣を暴れさせた」
あの混乱した罵声の中で、確かにそう聞こえた。
自分を睨む視線など気にも留めず、唖然と固まった町人たちを背後に感じながら、海唯は勝手に馬へまたがり、帰り道を駆け抜けた。
「面白くなってきた」
そう呟く海唯の表情はどこまでも冷たい。
***
薬屋――セクシー美魔女。
クラマーは海唯から魔法効果の報告を聞いた後、「今回ばかりは愚民どもが正解じゃよ」とぼやき、よく分からない奇妙な道具を次々と持ち出して魔法実験を始めた。
「へ? 何が?」
「汝が持って帰った“ウビノ”という龍族の血じゃ。よく見るがええ」クラマーはガラス瓶を持ち上げ、海唯の目の前でゆらゆら揺らして見せた。
瓶の中の鮮血も揺れに合わせて波打つ。
「……で?」
至って普通の液体の動き。
海唯はバカを見るような目でクラマーを見た。
「あちゃー! 汝が異界からきたのじゃということを忘れておったのう〜」
「本題を言え!私は忙しいの!」
「それより説明を続けるじゃな!」
「へいへい〜」
「血の中に残存する魔力――つまり“魔力のさざなみ”が、汝の魔法と馴染んでおる。この現象は親族間でもごく稀じゃ。それに!汝は龍族ではない!」
「まあね」
「話を聞くかぎりではのう、そりゃあ汝があのちっこいナイフで幼龍を刺した時、無意識のうちに自分の魔力を、そのまま龍族の“魔因子器官”へぶち込んでしもうたからじゃと、わしは推定しとるんじゃよ」
「そんなことできんの?」
「聞いたことはないが、汝ができたじゃ。それが原因で暴走に焚きつけて、身に余ってる魔法を発散するため暴れまわったじゃ。そして、汝の高純度魔力を体内から吹き出したから、鎮まれたじゃよ」
「え~じゃ戦わなくてもいいってこと?」そう言い、海唯はミーラのように包帯を巻いていた自分を見て、余計なことをしたっと思った。
「理屈からではそうじゃが、そのまま時間を経つのを待つだけじゃ、間違いなく全滅じゃろ、町人も、騎士団も」
「わう~損した~報酬もらうべきだー!どうせ私のせいで暴れたなんて分かんないし~」と言いながら、海唯はボロボロの服を見て、町人や騎士団の連中に服を弁償させようとも思った。
「ひっひっひっ!汝は相当なカスじゃのう~」
「ど~うも、どうも~」
「汝の説明によってまた魔力の分析を行うじゃ」クラマーはそう言いながら海唯をドアへ押し付けてきた。
「え?あれ?私、追っ払われてる?」
「今何時だと思ってんじゃ!魔法の効果を聞けてもう汝は用済みじゃよ!今後来るのは10時以降からじゃ!」
「えー?せめて替えの服……」
クラマーがパンってドアを閉め、布団で寝返た。海唯はボロボロの服で朝日の冷たい風に吹かれ、店の前で呆れた。
「ハックシュー」鼻をすすりながら、海唯は王宮に向かった。彼女は一人で、太陽が頭を出したばかりの、人気のない大通りを歩いている。
***
真昼ほどではないが、夏の朝の日差しが眩しい。
カーテンの隙間から差し込んできた光が瞼に照らし、少年は頭を枕に沈めた。二度寝を駄々こねながら、布団に伸ばす手が何かの破片に触れたような感触がして……
「……赤い…鱗?」クレインがまだボウーとしている。
「おう!龍のだぞ~」
「わっ!!!?」窓際に座って笑っている海唯にびっくりして、クレインは手に持っている鱗を握り潰した。
「あっ、壊れた」
「き、貴様何でここにいるんだぁ?」
「勿体無い~龍の鱗っていい値段で売れそうだけど」
「へ?あ…本体から離れたから魔力はゆくゆく消失するから、一定の処置をしないと脆いんだ」と言っているが、クレインはまだ状況が理解できないふぬけた顔をしている。
「ほほ~そんなんだ。解説のわりにアホズラだ~ウケる~」
「き、貴さっ……」
「海唯だよ、私の名前」
海唯の唐突な自己紹介にクレインはボウーとした。
クレインは起きた途端、龍の鱗をもらって唖然として、海唯がいきなり部屋に忍び込んできたことに、礼儀正しくないと思いつつも、友達が家に遊びに来たのは初めてだから嬉しくもあり、名前を教えてくれたことに感動していた。
だが、龍の鱗という珍しいアイテムを粉々にしてしまったことで自責の念を感じたりして、王宮がそんな簡単に侵入されたことにも心配したりして、海唯がまた傷だらけでボロボロなのを何故かムカついたりして……
要するにクレインはテンパっているのだ。
……
「……とにかくベランダで隠れてくれ」ドアの外からノックの音がしたから、クレインは慌ててそう海唯に言った。そして、よだれが付いてる顔を袖の拭いて「どうぞ」と告げた。
来者は使用人たちだった。執事がお茶と朝ごはんを持ってきた。メイドが新聞を机に置いて、クレインの着替えをしてくれた。
クレインが「おはよう」って言って、執事はただ頷いて今日のスケジュールを新聞の左に並んで置いた。
クレインが「ありがとう」って言って、メイドはただ微笑んで部屋を離れた。
そして、執事とメイドがお礼した後、部屋のドアを閉めた。
一連の動きは優雅で、物静かで、手慣れていて、無言の震えが感じられる。海唯はそれをただ見つめていた。彼らの言動から、国王が自分に依頼した真相を、その最後の一枚のピースが埋められた。
だが、依頼者に過度の詮索をしないことこそ、敬業の傭兵としての務めだ。
「クレイン、おはよう~」召使いが行った後、海唯はそう言い、自分の家にいるように寛ぎ、勝手にお茶を飲んできた。
「……おはよう、海唯」と、クレインは凄く嬉しそうに笑った。
……
「ところで、何で貴様の服はまたボロボロになってんだ?海唯」と言いながら、クレインは、ベッドであぐら座でお茶を飲んでいる海唯を嬉しそうに見ながら、美味しそうに朝ごはんを口に運んでいた。
「ん~お前の服をもらっとこって思ったが……」海唯はクレインの部屋を見回っていて、この部屋は清潔なだけでほぼ何もない。
「あとで戦闘バカに金を叩くよ~そんで、お前今日暇?本いっぱいあるとこ連れてって」彼女は机に置いてある新聞と隣に置いてある紙をちらっと見て、やっぱり字が読めない。
「またカファロさんのこと戦闘バカって呼んで!言葉はな……」
「お祭りで奢るって約束破れて残念そうな顔してたぞ、だから街に誘おうとも話言ってたよ~美味しい店があるとか~私も行きたいとこあるしな~」クレインがまた面倒くさくて、意味わからん話を切り出す前、海唯は話をそびれようと、カファロを使った。
「え?そ、そう~?」クレインが凄く嬉しいそうに食いついた。「海唯も一緒に?」
「ああ~もちろん~」
少し蒸し暑い暖風が吹き、室内でも汗をかく。子綺麗に飾られた食器に、朝にはちょうど良い薄めのお茶と美味しいご飯。友達と他愛のない話を盛り上げながらの食事。
夏のせいか、クレインはすごく楽しみだ。




