3-02
ミケ?ポチ?ティラノサウルスだ!02
「いや、なんでお前も驚いてるんだ?さっきまで話してただろ」
海唯は龍の背を軽く叩き、ツッコミを入れた。
「そうだったか!?普通に話しかけられたから我も気づかず、つい返してしまった!……え?なぜだ?お主は我の言葉が分かるのか!?」
「おい、クレイン。龍って賢明な知恵を持ってるんじゃなかったか?こいつ、アホに見えるけど」
「なっ!?本当に我と会話しているのか!?何故だ!?」
「この高貴なる我をアホ呼ばわりとは……このクソガキ、食ってやる!」
「ん~何でかって聞かれてもな。ちなみに、こいつ、クレインを食うつもりらしいぞ」
「えっ!?俺、何かした!?申し訳ありません、龍さん!もしご無礼があったなら謝ります!」
「何をほざくか。我はお主を食うのだ!」
「まあまあ、王子様が謝ったじゃないか。許してやれよ~」
「ゴーン!!」
「おお、許すってさ。よかったな、クレイン」
「本当に?よかった~」
「何という理不尽なガキだ!」
「せっかく来たんだ、ちょっとくらい空を回ってくれよ、ウビノ」
その名を呼ばれた瞬間、ウビノの中に鋭い刺激が走った。説明のつかない感覚が意識へと流れ込んでくる。どうしてこの人間の子供に乗せられているのか。そう思いながらも、ウビノは言われた通り、二人を背に乗せてアデレード王国の上空を旋回した。
従っているというより、拒めなかった――そんな感覚だった。自我は確かにあるはずなのに、高貴なる龍がなぜ人間の子供の言葉に従っているのか、ウビノ自身にも分からなかった。
空には無数の星が瞬き、三つの月が白、赤、紫の光を重ねながら浮かんでいる。雲の海の下には草原、森林、川、崖が広がり、夜の世界を形作っていた。
けれど海唯には、どこか見慣れた風景にしか映らなかった。異世界だと言われても、差を感じなかった。
「せっかく龍に乗ってるのに、まだお祭りのこと考えてるのか?」
「カファロさんとの約束があるからな。それに、俺たちだけ乗るのもずるいだろ」
「……ずるい?」
海唯には、その言葉の意味が理解できなかった。
“約束”など、海唯にとっては騙し合いの口実でしかない。「ずるい」と言われても、何がずるいのか分からない。友達という概念も持っていないため、クレインの反応や言葉の意味を理解しようともせず、ただ面白いと感じていた。
「そうだぞ。龍に乗るなんて夢みたいなことだ。できればカファロさんも連れてきたかったけど、これ以上お願いするのはさすがに無礼だと思って」
「……龍は動物だろ?」
恐怖や憎悪、悲しみ、正義感といった直感的な感情に対し、海唯は理解こそできないが、操ることはできる。そのため、感情豊かなクレインを「面白く、使える存在」と見なしていた。
「ふざけるなクソガキ!我は魔獣などとは違う!知恵を持つ古代種だ!龍は頂点なのだ!」
ウビノは二人の会話を聞きながら、海唯のことをますます変な子供だと感じていた。まるで意味も知らず、ただ言葉を真似しているように思えた。
「ほら、龍さんが怒ってるっぽいよ。迷惑かけちゃだめだぞ」
「クレインって、友達思いで優しいんだね」
海唯は笑顔でそう言い、クレインの頭を撫でながらウビノの耳元へと歩いた。
「……俺、四年間記憶が飛んだだけで、実年齢は十八なんだが……」
クレインが不機嫌そうに呟くが、その頬は少し赤らんでいた。
「ねえ、あの森で下ろして」
海唯はウビノの耳を軽く引きながら、今朝訪れた森を指差した。
クレインは王子でありながら、今まで会った王族たちとはまるで違っていた。海唯は、今手に入れているこの“使える駒”を手放すのは惜しいと判断し、彼の要望に従うことにした。
「我を命令するな!我は高貴なる古代種だ!敬語くらい使え!人の子など、我から見れば塵のような存在!感謝して敬え!このウビノ様が、この鼻クソほどの国を飛んでやったことを!」
「ペットだ」
「何なんだその言い草は!本当に変なガキだな!」
「まあまあ、そんなに怒るなよ。高貴な龍なんだろ?優雅に飛んで、森の魔獣たちにその美しい姿を見せてやったらどうだ?」
「は?我はそんな安いお世辞に乗るわけが……って、今、我の美しさが絵画のようだと?」
海唯の策略にまんまと乗せられたウビノは、まるで自分が騙されているとも気づかず、得意げに空を舞った。
「そうそう、高貴な古代種が見世物になるなんてとんでもない!でもな~ウビノの姿を魔獣たちにも見せたかったな~」
「ふ、ふん!やはり人は見栄っ張りだな!まあ、我は心が広いから、魔獣どもにもこの姿を見せてやってもいいぞ!優雅に降りてやろう!」
あまりにも単純なウビノに、海唯は内心、龍より恐竜のほうがマシかもしれないと感じていた。
森の周囲には、今朝海唯によって破られた結界がまだ完全に修復されておらず、ウビノの飛行によって再び簡単に破られた。人間が作った結界など、古代種の身体に自然にまとわりつく魔力の波動だけで容易に消滅する。
そのことを得意げに語るウビノに、翻訳しろと強要された海唯はクレインに説明を任せた。クレインの「すごい!」「さすが龍さん!」といった天然のおだてが、ウビノの機嫌をどんどん良くしていく。
当初、こんなくだらないやり取りに関わるつもりのなかった海唯だったが、今ではほんの少しだけ、クレインに一目置くようになっていた。人の強さを純粋に認め、キラキラした目で褒め、それを目標とする――そんな存在は初めてだった。
森の魔獣たちは空気の圧力を感じ、植物の影から二人をじっと見つめていた。
やがて地上に降り立つと、クレインは礼儀正しくウビノの爪に触れ、目を見て「ありがとうございました、龍さん」と告げた。少し名残惜しそうな様子だった。
森に足を踏み入れた瞬間、海唯の瞳が一瞬だけ金色に光る。しかし本人も、クレインも気づかない。気づいたのは、魔獣たちだけだった。
魔獣たちは何かを感じ取り、一斉に身を震わせると、物陰から現れて距離を保ちながら跪いた。
「すっげー!」と、クレインの歓声が響く。彼はウビノの威厳によるものだと思っていた。
一方でウビノは、魔獣が龍に跪くなどあり得ないと理解しつつも、褒め言葉の連打にすっかり舞い上がっていた。
「ウビノって、人間だね……」
「ん?何か言ったか?」
海唯の笑顔に気づいたクレインがそう尋ねた。
「いーえ、別に~」
「おい、置いてくなよ!龍さん、また会えると光栄です~さよなら~!」
クレインははしゃぎながら海唯の後を追い、森の中へと消えていった。
「う……うぁ……がはっ……」
茂みの奥から呻き声が漏れる。膝を抱えて身体を丸める一人の少女。
「が……は……あぁ……」
ピンクの長髪が風に揺れ、白く輝くような肌が夜に浮かぶ。
「君、大丈夫?怪我してるのかい?」
男が声をかけ、唾を飲み込みながら、ざらついた声で少女の太腿をなぞった。
風が雲を払い、月の光が少女を照らす。次の瞬間、喉元を食い破られ、声も出せぬまま倒れた。
血の一滴も地に落ちていなかった。肉片と裂かれた衣だけが、そこに残された。
「グゥ〜〜」
満足していない。まだ足りない。
村の光の中、少女の姿をしたその存在が現れる。幼い顔立ちに裸の身体。だが、獣のような手足と黒い爪、薄く浮かぶ鱗が、それが人間でないことを示していた。
「グゥ〜〜」
まだ、足りない。魔力が集まる方へ、その“少女”は歩き出す。




