表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
2/153

序章 下篇

 序章 最後まで笑っていられるのは私だ! 下


 三時間前 — イタリア半島・ラツィオ区・沿岸都市ガエタ


 午後の市街地で、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。


「fermare!figlio di puttana!(訳:止まれ!クソが!)」と、追いかける者の怒声が響く。


 しかし黒影の少女は笑いながら、行き交う弾丸を巧みに避けていた。


「ハハハハ、真っ昼間の市街での銃撃戦なんて、最高にクソだな!」黒影の少女は背後の混乱を後にして走り続けている。


 その黒い服とズボンは血に染まっていたが、遠目にはそれほど血まみれに見えなかった。ただ鋭利な刃物で切り裂かれた布の隙間からは、鮮やかな赤い傷口がはっきりと露わになっていた。


 追跡する敵は精確に追い続けていたが、黒影の少女は走りながら銃を撃ち、一発で敵を地獄送りにしていた。彼女の呼吸は乱れることなく、冷静そのものだった。


「Vieni dopo di me!merda~(訳:こっち来て!ワンちゃん~)」と彼女は挑発的に声を上げるのは、日常の一部に過ぎなかった。


 その瞬間、トランシーバーから指令が届いた。


『Called!FoxOne!”Red jack″ took down!Pullout!Over!(訳:FoxOneターゲット取りあげた!離脱せよ!)』


「っしゃー、230万ドルゲットだぜ~!」心の中で歓声を上げ、少女はトランシーバーに応答した。「Gotcha!FoxOne Pullout!Over!(訳:了解!FoxOne離脱中!)」


 石畳の道を駆けるFoxOneと呼ばれる少女は、激戦をくぐり抜けてきたとは思えないほど楽しげにはしゃいでいた。


 彼女は「arrivederci!cazzo~(訳:バイバイ!下手くそ~)」と言いながら、追跡者の足止めのために屋台の商品をひっくり返した。路地に曲がり、追跡者を撒いたら銃をしまい、計画の待ち合わせポイントへと向かっていく。


 ところが、追跡者は銃をしまうと機関銃を取り出し、連射を始めた。まるで銃弾の激しい雨のようだった。さらに彼らはジープに乗り換え、再び追跡してきた。


「FUCK OFF!(訳:近づくな!)」それを見た少女は全力で走りながら空に向かって叫んだ。奴らの卑怯さに中指を立てたかったが、今はそんな余裕もなかった。


 その時、目の前に軍用トラックが急ブレーキをかけて停止した。


「Don't you really mean it?FoxOne(訳:お前を置いて欲しいってか?FoxOne)」そう言った男は太い腕を窓枠にかけ、黒影の少女に尋ねた。


「Not for you~sweety~(訳:お前に言ってんじゃねよ~ハニー)」少女はニヤリと笑い、トラックに飛び込んだ。


「Thinks you mean FUCK UP!HaHa~(訳:やっちまったの間違えだろ!ハハ~)」トラックの荷台にいた男はそのまま銃を向け、追跡してきたジープのタイヤを撃ち抜いた。


「Ok!No Biggie(訳:ハ!お前の無礼は許してやるよ)」親指を立てて、少女は荷台から助手席へと潜り込んだ。汗で額に張り付く黒い髪を引き上げて、車のミラーでのんきに後ろを見ていた。


「figlio di puttana!(訳:クソったれ!)」追跡者は黒影の少女を見失い、発散の出口のない怒りだけのこされた。




「Isn’t it Browning M2?Sooo COOL!(訳:先のあれブローニングM2か?すっげーな!)」荷台にいた男が羨望のまなざしを向ける。


「You can get one later by yourself(訳:後で金もらったら自分で買えよ)」運転席の男はタバコをくゆらせながら、後ろの刺青男をからかった。


「Too big~just annoying(訳:デカすぎ~邪魔)」少女もまた、後ろで羨む刺青男をからかっていた。


「Oh come on!Can't you guys have some dreams(訳:お前ら、夢ねーな!)」刺青男は二人にからかわれ、少しすねたようだった。


 しばしの静寂の後、三人は硝煙と血の匂いが入り混じる日常に大笑いした。




 同じくラツィオ区。沿岸都市:フィウミチノ


 フィウミチノに到着した時点で、残された任務は“お嬢様”を引き渡し、報酬を受け取ることだけだった。少女とその仲間が拉致したお嬢様は、トラックの荷台で静かに眠っていた。


「Do we wake her?Wilson(訳:ウィルソン、この子起こすか?)」


 刺青男がそう尋ねると、ハンドルを握る運転手――ウィルソンは、タバコを消しながら静かに答えた。「No need(訳:必要ない)」


 少女は荷台の脇に寄り、にやりと笑いながら付け加えた。「She just a 2.3 million(訳:こいつはただの両替機だ。230万ドルのな)」


 それを聞いた刺青男は両手を広げ、勝利のポーズをとりながら笑った。「Ha!We guys are really Devil!Awesome~(訳:ハ、俺ら最高に最悪だな!気に入ったぜ~)」


 少女も笑い声を上げた。「HaHa!Fair enough(訳:ハハ、いいこと言ったな)」


 ウィルソンは皮肉を込めてタバコを一本取り出し、呟いた。「Thanks to God bless~(訳:神のおかげな~)」


 やがて、黒塗りのベンツが3台現れた。全ての車から降りてきた者たちは黒いスーツをまとっていた。中央の車からは、杖を手にした老人が現れた。だが彼は車から完全には降りず、両足だけを外に出して座席に留まったまま、鋭い目でトラックの方を睨んだ。


「Mostrami la Lei faccia(訳:顔を見せろ)」老人はそう言った。


「Si signore(訳:かしこまりました)」少女は作り笑顔を浮かべながら返事し、荷台からお嬢様を連れ出して頭を覆う網袋を外した。


 すると、お嬢様は目を覚ましたばかりで混乱していたのか、黒髪少女の手に噛みつきながら話した。「Lasciami in pace!(訳:離せ!)」


 だが少女は小動物に手を噛まれた程度のこととしか思わず、微動だにしなかった。そして予定通り、お嬢様を老人のもとへと差し出した。


 老人はお嬢様の顔を確認すると、視線だけで手下に合図を送った。小さな箱が少女に手渡される。


 箱の中に小切手の額面が確かに230万ドルであることを確認すると、少女の口元にまた悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 しかしその瞬間、彼女の背後にいたウィルソンが突然、タバコを放り捨て、銃口を少女の頭に向けた。「You just a million too(訳:お前もただの金だ)」


「You sold me to those Mafia?Wilson really~(訳:私をそのマフィアに売った?ウィルソン、ウケるな~)」まるでこの裏切りを既に察していたかのように、少女は銃口を向けられながらも冷静だった。


『パンッー!!』


 銃声が響いだ。しかし、撃たれたのはウィルソンだった。手に持っていた銃が吹き飛び、彼は痛みに顔を歪めて膝をついた。


 撃ったのは、刺青男だ。彼は今、イタリア警察の群れの中に立っている。


 マフィアたちも事態の急変に動揺し、武器を手に取り構える。しかし、すでに警察によって周囲は完全に包囲されていた。もはや逃げ場はない。戦って死ぬか、投降して刑務所で生き延びるか、そのどちらかだった。


 銃口を向けられていた少女は即座に行動を起こした。お嬢様をマフィアの手から取り戻し、引っ張りながら走った。


「Hey FoxOne!I appreciate your ability!Hopes you make a good choice!(訳:FoxOne!お前の能力を高く買っている。正しい選択をして欲しい!)」警察側の人間だったベルが叫ぶ。


 それでも、少女はお嬢様の首にナイフを当てながら言い返した。「There is no ”good choice”、but ”my choice” Bell~(訳:この世は”いい選択”なんてないよ、あるのは”私の選択”だけだ、ベルちゃん~)」


 すると突如、港に複数のスピードボートが現れた。乗っていた全員が黒い服――少女と同じ『Snow World傭兵団』のメンバーだった。彼らは容赦なく銃を撃ち始めた。


 それも、自分らのボスとターゲット以外の全員を精確に足だけを狙った。


 港都市フィウミチノは、一瞬で戦場へと変貌した。


 少女の所属:Snow World傭兵団

 ウィルソンが通じていた:イタリアマフィア・マッチ家族

 ベルが情報を売った:イタリア警察


 三つの勢力が交差し、銃弾の応酬が始まった。


「Guarda! Apri gli occhi e guarda~Questi ragazzi sono morti per proteggerti!(訳:ほら!ちゃんと目を開けて見ろよ~こいつらはお前を守るために死んだんだよ!)」


 少女はターゲット(お嬢様)を強く掴み、無理やりお嬢様の顔を血まみれの警官たちの方へと向けさせた。彼女は蒼白になり、言葉を失った。その中には、倒れたベルの姿もあった。


「お前も死んだか?ベル。アメリカはな、イタリア政府とマフィアの全面戦争を望んでいるから、お前が裏切らなければ今頃生きていただろうな~」


 そう呟いた少女の声には悲しみが滲んでいたが、目には一片の感情もなかった。


「E lo farò anche per proteggere te. Non verrò ucciso.(訳:そして、私もお前を守るためにこうなる。もちろん、殺されるつもりはないけどね~)」そして、今度はお嬢様の顔を自分の方へ向け、少女はにこやかに笑った。その笑顔に、お嬢様はただ戸惑うばかりだった。


「…F…FoxOne…I'm sorry……for that…help……me…(訳:…FoxOne…先は悪かった…助けてくれ…)」火に包まれた車内で、瀕死のウィルソンが血まみれになりながら助けを求める。


 突然、彼の燃えた手がお嬢様の足首を掴んだせいか。「ギャー!」お嬢様が叫び声を上げた。


「There’s no Devil or God, But Human(訳:この世は悪魔も神もいない、いるのは人間だ)」


 そう言い、少女は冷静にお嬢様をウィルソンから引き剥がした。


「まぁ、つまり騙し合って裏切り合うのは私の日常だから、許してあげるよ。気にしないで!バイバイ」


 再び無邪気な笑みを浮かべ、少女はウィルソンに手を振った。「バイバイ~」


 そして、お嬢様を引き上げて、燃え上がる車から離れた。


 最後にウィルソンが見たのは、あの狂気じみた笑顔だった。車は爆発し、彼の姿も跡形もなく吹き飛んだ。


 まさにその時だった。Snow Worldの船に足をかける直前、少女とお嬢様は突如、真っ白な光に包まれた。


「ぎゃーっ、なにそれ!? また何なのよ!?」


 完全にパニック状態のお嬢様が叫んだかと思えば、その口から別の言語が流れ出した。次の瞬間、二人の視界は一変した。目の前に広がったのは、信じられないほどきらびやかで豪華な空間だった。


「せ、聖女様を離せ!」


 重厚な鎧をまとった数人が声を上げた。威圧感のあるその姿に、お嬢様が戸惑いを見せる中、黒服の少女は彼女を守るように前に出た。


「わー、なんだよ今度は……チンピラにマフィアに警察……で、今度は騎士のコスプレした変人か?」


 明らかに呆れた口調でそう茶化しながらも、少女の目は周囲を冷静に観察していた。


「最後通達だ!聖女様を離せ!」


 周囲を囲む騎士たちは剣を構え、あるいは先端にカラフルな宝石が嵌め込まれた杖を手に、いつでも襲いかかれる体勢を取っていた。


 少女はひと呼吸置いてから、ゆっくりと苦笑した。


「ん〜待て待て。一旦落ち着こう。可憐な彼女の首に刃物を当ててる、ボロボロの黒服姿の私……ん、どう見ても悪役は私か」


 笑顔を浮かべながらも、内心では状況を皮肉たっぷりに嘲っていた。


 それは、彼女の視界がどんどんぼやけてくからだ。それに加え、刺し傷に銃創、火傷、折れた左腕の骨が響く。


「これは間違いですよ~旦那様方~」


 今度ばかりは、少女もナイスを納め、両手を挙げて降参のポーズをとった。


「あれだ、あれ……何かの誤……か……い……」


 気の抜けた笑みを浮かべたまま、突然、全身の力が抜けて床に倒れ込んだ。意識が遠のいていく中、黒服の少女の脳裏にはたった一つの感想だけが浮かんでいた。


 ――あ、カーペット……柔らかいな〜……





序章 最後まで笑っていられるのは私だ! 完



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ