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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
19/159

2-06

 人を刺さる時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ!06


 少し時間を遡ろう。

 海唯が勝負に乗ることになったきっかけを見てみよう。


「どうした、クレイン?」


「あ、いや……その前に、ちょっと母上のところに行ってくる」


「お~、あのこの国の后って人だよね? 私もついてい……いや、やっぱいいや。ここらへんでウロウロしてま~す」


 困ったような顔をしているクレインを見て、面白くないと思った海唯は、わざと軽く返した。


「第三騎士団の訓練場が近くにある」


 そう言って、カファロはチャンスとばかりに海唯の襟を掴み、ずるずると引っ張っていく。


「はあ〜、お前な〜」


 すっかり面倒くさくなった海唯は、力づくで黙らせてやろうかと思いつつも、クレインに言った。


「クレイン。行きたくないなら、止めてあげるよ〜」


 その言葉を聞いたクレインは一瞬足を止めたが、すぐにまた走り出した。


 小さく「大丈夫」と呟いたのは、自分に言い聞かせていたのか、それとも海唯への返事だったのか。


「な〜なぁ、お祭りって楽しいのか?」


 カファロに引っ張られながら、海唯は尋ねた。


「カファロ・ヒース。お祭りは賑やかで、屋台もたくさんある。今回は聖女様も現れるから、国中の人が集まる。ただ……酔った団長の介護がなければ、もっと楽しいと思う」


「へいへ〜い」


 何度目か分からないカファロの自己紹介をスルーしつつ、海唯はお祭りで見かけた人々の笑顔を思い返す。みんな、楽しそうだった。


「って言ってるわりに、あんたも嬉しそうじゃん〜」


「……そう見えるか?」


 カファロは少し不思議そうに返す。団員からは「顔が怖い」「いつも怒ってる」と言われがちな自分が、楽しそうに見えるとは。


 だが、それも悪くない感想だった。


「ん〜じゃ、やっぱサボる〜」


 へらへら笑いながら、海唯は皆の笑顔の中に自分はいないと、改めて思う。いてはいけないとも。


「ダメだ。クレイン様と約束したから」


「………」


 第三騎士団訓練場。


「じゃあ、剣を30振りする間に私に触れられたら、お前の勝ち〜」


「見くびるな」


「ふふん、どうかな〜」


「30振りだと!?」

「副団長様をなめんな!」

「ボコボコにされろ、クソガキ!」


 外野が騒がしい。


「俺が勝ったら、名前を教えろ」


「……意外〜。何を言い出すかと思ったら、それ? まー、いいけど」


 訓練用の鈍い剣が用意されたが、海唯はそんなものはいらないと突っぱねた。カファロには、腰に掛けている実剣を使うように指示した。


 そして――


 勝負は振り出しに戻る。青い空を仰ぐカファロ。その姿で、勝負はおしまい。


「いや、何そのドヤ顔? 石ころとか鏡とか、卑怯だろ」


 物語を聞き終えたクレインがツッコむ。


「え〜、矢先だけを触れたら勝ちって、私すっげー譲歩したんだぞ〜?」


「言ってろ」


「はっはっは、あいつのクソでも食ったような顔、マジで見ものだよ〜。分かってないな〜」


「ぷっ、カファロさんの顔はいつもクソ食った顔だと思うが?」


 クレインがようやく笑った。


「ひゃははは〜、じゃあ、うまいもん食わせてあげないとね〜」


「カファロさんのお金で」


「奢ってもらお〜ひゃははは〜」


 二人は、医務室の外でカファロを待ちながら、彼の財布を狙っていた。


「クソは食ったことないですが、奢りで構いません。クレイン様」


 カファロの手首には包帯が巻かれていた。


「え、カファロさん、ポーション飲んでないの?」


「今は第二騎士団に回されてます。遠征で重傷者が多いそうで」


「そうか……」


「ご心配、ありがとうございます」


「いいえ、そんな大げさな。それより、タメ口でいいってば」


「……分かりました。クレイン様」


「いやだから、タメ口って!」


「分かりました。クレイン様」


「命令だ! タメ口にしろ! 友達はな、タメ口で話すもんなんだぞ!」


 レンガの上に立ってカファロと目線を合わせながら、クレインは偉そうに「友達論」を語った。


「はい。分かりました。クレイン様」


『アホか』


 海唯は呆れて、二人を置いて歩き出した。


「なぁ、アデレード王国初めてなんだろ? 名物の花野兎の串、食わせてやるよ」


「あれは確かにうまい」


 二人も何となく後ろからついてきて、海唯の耳元でわいわいと騒ぎ始める。


「そりゃ残念だな〜クレインちゃん」


 突然、後ろからクレインの項をコルフが掴んだ。指で喉元をトントンと軽く突く。


「……兄上?」


 軽く掴まれただけだが、クレインは震えを隠せなかった。


「玉座の間で父上に何を吹き込んだか知らんが、そこの黒犬とはさっさと手を切れ」


 コルフはじわじわと力を込めながら、クレインを威圧する。


 カファロは国に仕える忠犬。何もできない。

 海唯もまた、何もするつもりはなかった。

 なぜなら、この殺気はクレインに向けられたものではなく、自分に向けられたものであると分かったから。そして、そんなものには慣れていた。


 海唯は軽くクレインを引き寄せ、そのままカファロの方へ放り投げた。

 まるで、コルフがそう仕向けたかのように自然な動きだった。


 コルフの裾から手を滑り込ませ、鍛え上げられた腹筋に触れる。

 その瞬間、筋繊維がギュッと収縮する。

 脇腹の傷跡をなぞりながら、海唯は顔を近づけ、耳元で囁いた。


「化物を殺せるのは化物だけ。でも、お前は人間だ」


 夕暮れの街はさらに賑やかさを増していた。

 壁は黄色い陽光に染まり、行き交う人々の影が踊る。

 ちょうど良い風が熱気を煽り、聖女の降臨を祝福する空気が町全体を包み込んでいた。


 白い礼砲の煙がオレンジの空に溶け、群衆は王宮前に集まりつつあった。

 そこに現れたのは、アデレード王国第一王子――コルフ・ハーディス。


 彼が壇上に立った瞬間、群衆は一斉に歓声を上げた。


「我々は長年、穢の影響で身も心も侵食され続けてきた――」


 明確で力強い演説。

 民の不安を掬い、希望へと変える言葉。


 そして――


「神様から賜る恩恵。聖女――東雲薫様!」


 白い光の中から、紫の星空ドレスをまとった東雲が歩み出た。


「初めまして、東雲薫と申します。皆さんのお力になれると嬉しいです」


 微笑みひとつで、群衆は魅了された。

 そして東雲は言う。


「皆さんに希望をお見せしたいと思います。――さあ、おいで」


 その手を取って現れたのは――


「ク、クレイン様だ!?」


 ざわつく群衆。

 一人の叫びが連鎖し、瞬く間に熱狂が広がった。


「聖女様がクレイン様を連れ戻した!」


 その奇跡に、民は歓喜した。


『うわーそういうことね〜。やるな、腹黒王子』


 クレインの真っ赤な顔を見て、海唯は笑いを堪えきれなかった。


「どうするつもりだ?」


「……」


「無視するな」


「……お前マジうっざいな〜。付いてこいなんて言ってないだろ?」


「カファロ・ヒー……」


「あ〜はいはい、そのネタもういい」


「クレイン様とお約束した。お祭りを一緒に回るって」


 海唯は王宮の屋根の一角、影に隠れる場所で高みの見物をしていた。

 そこに、カファロが声をかけてくる。


「出番が終わったそうだし、連れ戻すぞ。約束だからな」


 海唯はナイフを糸に結び、人攫いのように降下の準備をし――


「ゴオオオオオオン!!」


 地鳴りのような爆鳴が街全体を揺らし、夕日が、巨大な影に覆われて飲み込まれた。



 人を刺さる時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ! 完


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