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人を刺さる時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ!06
少し時間を遡ろう。
海唯が勝負に乗ることになったきっかけを見てみよう。
「どうした、クレイン?」
「あ、いや……その前に、ちょっと母上のところに行ってくる」
「お~、あのこの国の后って人だよね? 私もついてい……いや、やっぱいいや。ここらへんでウロウロしてま~す」
困ったような顔をしているクレインを見て、面白くないと思った海唯は、わざと軽く返した。
「第三騎士団の訓練場が近くにある」
そう言って、カファロはチャンスとばかりに海唯の襟を掴み、ずるずると引っ張っていく。
「はあ〜、お前な〜」
すっかり面倒くさくなった海唯は、力づくで黙らせてやろうかと思いつつも、クレインに言った。
「クレイン。行きたくないなら、止めてあげるよ〜」
その言葉を聞いたクレインは一瞬足を止めたが、すぐにまた走り出した。
小さく「大丈夫」と呟いたのは、自分に言い聞かせていたのか、それとも海唯への返事だったのか。
「な〜なぁ、お祭りって楽しいのか?」
カファロに引っ張られながら、海唯は尋ねた。
「カファロ・ヒース。お祭りは賑やかで、屋台もたくさんある。今回は聖女様も現れるから、国中の人が集まる。ただ……酔った団長の介護がなければ、もっと楽しいと思う」
「へいへ〜い」
何度目か分からないカファロの自己紹介をスルーしつつ、海唯はお祭りで見かけた人々の笑顔を思い返す。みんな、楽しそうだった。
「って言ってるわりに、あんたも嬉しそうじゃん〜」
「……そう見えるか?」
カファロは少し不思議そうに返す。団員からは「顔が怖い」「いつも怒ってる」と言われがちな自分が、楽しそうに見えるとは。
だが、それも悪くない感想だった。
「ん〜じゃ、やっぱサボる〜」
へらへら笑いながら、海唯は皆の笑顔の中に自分はいないと、改めて思う。いてはいけないとも。
「ダメだ。クレイン様と約束したから」
「………」
第三騎士団訓練場。
「じゃあ、剣を30振りする間に私に触れられたら、お前の勝ち〜」
「見くびるな」
「ふふん、どうかな〜」
「30振りだと!?」
「副団長様をなめんな!」
「ボコボコにされろ、クソガキ!」
外野が騒がしい。
「俺が勝ったら、名前を教えろ」
「……意外〜。何を言い出すかと思ったら、それ? まー、いいけど」
訓練用の鈍い剣が用意されたが、海唯はそんなものはいらないと突っぱねた。カファロには、腰に掛けている実剣を使うように指示した。
そして――
勝負は振り出しに戻る。青い空を仰ぐカファロ。その姿で、勝負はおしまい。
「いや、何そのドヤ顔? 石ころとか鏡とか、卑怯だろ」
物語を聞き終えたクレインがツッコむ。
「え〜、矢先だけを触れたら勝ちって、私すっげー譲歩したんだぞ〜?」
「言ってろ」
「はっはっは、あいつのクソでも食ったような顔、マジで見ものだよ〜。分かってないな〜」
「ぷっ、カファロさんの顔はいつもクソ食った顔だと思うが?」
クレインがようやく笑った。
「ひゃははは〜、じゃあ、うまいもん食わせてあげないとね〜」
「カファロさんのお金で」
「奢ってもらお〜ひゃははは〜」
二人は、医務室の外でカファロを待ちながら、彼の財布を狙っていた。
「クソは食ったことないですが、奢りで構いません。クレイン様」
カファロの手首には包帯が巻かれていた。
「え、カファロさん、ポーション飲んでないの?」
「今は第二騎士団に回されてます。遠征で重傷者が多いそうで」
「そうか……」
「ご心配、ありがとうございます」
「いいえ、そんな大げさな。それより、タメ口でいいってば」
「……分かりました。クレイン様」
「いやだから、タメ口って!」
「分かりました。クレイン様」
「命令だ! タメ口にしろ! 友達はな、タメ口で話すもんなんだぞ!」
レンガの上に立ってカファロと目線を合わせながら、クレインは偉そうに「友達論」を語った。
「はい。分かりました。クレイン様」
『アホか』
海唯は呆れて、二人を置いて歩き出した。
「なぁ、アデレード王国初めてなんだろ? 名物の花野兎の串、食わせてやるよ」
「あれは確かにうまい」
二人も何となく後ろからついてきて、海唯の耳元でわいわいと騒ぎ始める。
「そりゃ残念だな〜クレインちゃん」
突然、後ろからクレインの項をコルフが掴んだ。指で喉元をトントンと軽く突く。
「……兄上?」
軽く掴まれただけだが、クレインは震えを隠せなかった。
「玉座の間で父上に何を吹き込んだか知らんが、そこの黒犬とはさっさと手を切れ」
コルフはじわじわと力を込めながら、クレインを威圧する。
カファロは国に仕える忠犬。何もできない。
海唯もまた、何もするつもりはなかった。
なぜなら、この殺気はクレインに向けられたものではなく、自分に向けられたものであると分かったから。そして、そんなものには慣れていた。
海唯は軽くクレインを引き寄せ、そのままカファロの方へ放り投げた。
まるで、コルフがそう仕向けたかのように自然な動きだった。
コルフの裾から手を滑り込ませ、鍛え上げられた腹筋に触れる。
その瞬間、筋繊維がギュッと収縮する。
脇腹の傷跡をなぞりながら、海唯は顔を近づけ、耳元で囁いた。
「化物を殺せるのは化物だけ。でも、お前は人間だ」
夕暮れの街はさらに賑やかさを増していた。
壁は黄色い陽光に染まり、行き交う人々の影が踊る。
ちょうど良い風が熱気を煽り、聖女の降臨を祝福する空気が町全体を包み込んでいた。
白い礼砲の煙がオレンジの空に溶け、群衆は王宮前に集まりつつあった。
そこに現れたのは、アデレード王国第一王子――コルフ・ハーディス。
彼が壇上に立った瞬間、群衆は一斉に歓声を上げた。
「我々は長年、穢の影響で身も心も侵食され続けてきた――」
明確で力強い演説。
民の不安を掬い、希望へと変える言葉。
そして――
「神様から賜る恩恵。聖女――東雲薫様!」
白い光の中から、紫の星空ドレスをまとった東雲が歩み出た。
「初めまして、東雲薫と申します。皆さんのお力になれると嬉しいです」
微笑みひとつで、群衆は魅了された。
そして東雲は言う。
「皆さんに希望をお見せしたいと思います。――さあ、おいで」
その手を取って現れたのは――
「ク、クレイン様だ!?」
ざわつく群衆。
一人の叫びが連鎖し、瞬く間に熱狂が広がった。
「聖女様がクレイン様を連れ戻した!」
その奇跡に、民は歓喜した。
『うわーそういうことね〜。やるな、腹黒王子』
クレインの真っ赤な顔を見て、海唯は笑いを堪えきれなかった。
「どうするつもりだ?」
「……」
「無視するな」
「……お前マジうっざいな〜。付いてこいなんて言ってないだろ?」
「カファロ・ヒー……」
「あ〜はいはい、そのネタもういい」
「クレイン様とお約束した。お祭りを一緒に回るって」
海唯は王宮の屋根の一角、影に隠れる場所で高みの見物をしていた。
そこに、カファロが声をかけてくる。
「出番が終わったそうだし、連れ戻すぞ。約束だからな」
海唯はナイフを糸に結び、人攫いのように降下の準備をし――
「ゴオオオオオオン!!」
地鳴りのような爆鳴が街全体を揺らし、夕日が、巨大な影に覆われて飲み込まれた。
人を刺さる時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ! 完




