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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
18/159

2-05

 人を刺さる時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ!05


 海唯は「うっわー、武器庫といい勝負の量だな」と思いながら、わずかな隙間から部屋の中を覗き込んだ。


 天井まで続く棚がぎっしりと並び、属性や稀少性ごとに整理されている。各棚には淡く光る魔法紋章が刻まれ、部屋全体に緊張感が漂っていた。


 彼女はウルバニの背後に立っていたが、彼がどうやってこの部屋に入ったのかは分からない。武器庫のような衛兵の姿もなく、扉にはドアノブすらない。つまり、鍵が必要ないということだ。けれど、力ずくで開けようとしても開かなかった。ウルバニはただ扉に手を添えただけで、人一人が通れるほどの穴を開いたのだった。


「ここでお待ちください」


 そう言い残してウルバニは中に入り、扉の穴はすぐに閉じた。


 海唯はキョロキョロとあたりを見渡しながら、次にどうやってこの魔道具管理庫に入るかを考えていた。


 そのとき、背後から声がした。


「貴様は、なぜ三角みかどの目と白塵しろちりの血が欲しい?」


「ん〜何ができるか分からないけど、クレインが教えてくれるんじゃない?友達でしょ?」


 海唯はにっこり笑い、クレインの肩に手を回す。彼女はすでに、クレインの“使い方”を理解していた。


「はあ、分からないのに借りたいのか?……まあ、いい。教えてやるよ、友達だからな」


 クレインはどこか照れたような、でも嬉しそうな顔をして、子供のように饒舌に説明し始めた。


 三角の目――対象の身体状態や保有する魔法系統を探知できる魔道具。

 白塵の血――異質な魔法を感知し、魔法の流れや構築を一時的に断つことができる。

 ただし、どちらも相手の魔力量が自分より高いと使えず、使用者への反動(反噬)があるため、B級に分類されている。


「なるほど、俺は魔道具ってあまり使わないからな。勉強になったよ、クレイン様」


「……誰だよお前?」


「第三騎士団副団長、カファロ・ヒース。よろしく」


 またそれかとクレインが呆れる。


「よろしくねーよ!」


「まあまあ、二人とも仲良くしようよ」


 クレインが明らかに嬉しそうな顔で二人の間に入る。


「仲良く……?俺はただ、勝負に付き合ってほしいだけです」


 カファロは真面目な顔のまま答える。


「勝負したいってことは、力を認めたんだよな?つまり、師であり友である関係を築きたいってことだ!」


「わー、何真面目にデタラメ言ってんだ……」


 海唯は呆れた笑みを浮かべた。


「分かりました」


「あと……その、カファロさん。タメ口でいいよ」


 クレインの照れたような笑顔に、海唯はさらに顔をしかめた。


『……わー、何照れてんだよ……』


「俺は第三騎士団副団長、カファロ・ヒース。よろしく。仲良くなろう」


 カファロはまた同じことを繰り返す。


『……何この茶番』


 海唯は無視を決め込んだ。


 ウルバニは、その様子を見て少し安心していた。警戒すべき存在であることに違いはないが、魔力量については信頼に値する。陛下の命状にも、〈この細く傷だらけの子は、いずれ……〉と記されていた。


「はい、確かに渡しました。B級魔道具の持ち出し期間は朔望月です」


 ウルバニは鏡と小瓶を海唯に手渡した。


「……あー、一ヶ月か。ややこしいな!」


 ようやく意味が分かった海唯は笑顔で受け取る。


「おおっ、どうも。ちゃんと返すよ」


 しかし、手にした魔道具を見て彼女の疑念は深まった。


『……人が映らない鏡と、泥水? これで傷が治るのか? あのババア、適当なこと言ってないよな……』


「ってか、お前いつまでついてくんの?」


「お祭り、行かない?」


 カファロは抑揚のない声で尋ねる。


「は?」


「聖女召喚が成功した記念の祭りだよ!一緒に行こう!」


 クレインがはしゃいで割り込んでくる。


「へいへい〜」


 海唯は適当に相槌を打ちながら、二人を途中で撒いてクラマーのもとへ向かおうと決めた。




 ――廊下。


「どのみち、穢の器になるのは変わらないさ」


 リヒルはアキレスの憶測を、残酷だが確かな言葉で断ち切った。


「リヒルさんは、あの子が素直に国のために動くと思ってるんですか?」


 アキレスが立ち止まり、遠くの騒がしさに視線を向けた。


「んー、確かに何を考えてるか分からない子だが……陛下はやると決めたら、必ずやるからな。――あ、あぁ!?」


 リヒルも騒ぎの正体に気づいた。


 訓練場では、海唯とカファロが対戦していた。


 が、海唯はまったく相手にしていない。


 広場で海唯に手も足も出なかった騎士団員たちが、野次を飛ばしている。


「ヒースさん、あいつの腕も折ってくれ!」

「副団長ファイト!」

「あのクソガキをボコボコにしてくれ!」

「逃げんなよ!」

「ちゃんとやれや!」


 剣を振るカファロに対し、海唯はナイフすら持っていない。最小限の動きで全てを避け、平然と話しかけた。


「あと五振り、四……」


 カファロの目には海唯の動きが見えているのに、なぜか攻撃が届かない。彼女の前振り通り、次に右へ避けるのも分かっていたのに、当たらない。


「三。あ、条件覚えてるよな? 負けたらもう付き纏うなよ〜」


 しゃがんで攻撃を避けた海唯は、広場で拾った石をそっと転がした。


 カファロの視線は、無意識に海唯の膝の向きを追っていた。


「二」


 踵を上げ、あたかも攻撃を予告するように仕向ける。カファロが飛び込んだ瞬間――石ころを踏んだ。


 油で滑る石だった。バランスを崩したカファロに、海唯は三角の目――人だけ映らない鏡――で反射させた光をカファロの目に当てた。


 彼の視界から海唯が消える。


 次の瞬間、石を拾って投げる。その一連の動作は一秒もかかっていなかった。


 ――痛み。

 カファロの手首が貫かれた。


 青い空がまぶたを閉じさせ、気づけば倒れていた。


 腹の上に、ほとんど重さを感じない足が乗っている。


「はい、終了〜。剣が落ちたから、最後の一振りだな」


 ニヤリと笑って海唯が言った。完全に物理的に“上から目線”だ。


「……なぜ?」


「おいおい、もう一回とかナシだぞ〜」


 海唯はカファロの服で、油のついた左手を拭く。


「……なぜ俺は負けた?」


「は?」


「教えてくれ」


「うわー、めんど〜……」


 騎士団員たちは不満げだったが、勝負の結果には誰も口を出さなかった。


「はいはい、お前ら〜解散解散。勝負は終わりだぞ〜」


 リヒルが部下を散らし、二人の元へ歩いてくる。


「ったく、うちの連中はなんでこんなにケンカ好きなんだか……」


「団長。何故俺は負けたんですか?」


「それは本人に聞けって。手合わせで一番見てるのは相手だろ?」


「お、先の団長さんじゃん。手綱締めろっつったのに暴れ馬ばっかで、大変だね〜」


「うまいこと言うな、坊や。ホント大変なんだよ〜。だから、お前に任せたんだ」


「……じゃ、私はこれで。そこの戦闘バカ。クレインが戻る前に、その手治してこいよ」


 呆れたように言い残して、海唯はカファロの名前を覚える気もなく立ち去った。


 海唯は、まっすぐアキレスを睨み返す。敵意ではなく、警戒だ。


「お前は、誰だ?」アキレスが道を塞ぎ、低い声で問う。


「……こっちのセリフ、と言いたいけど、興味ない」


「左手」


 アキレスの視線が、海唯の腕に注がれた。


 ――気づかれた?


 折れていることは隠していたはずだ。長袖で腫れも見えないのに。


「動脈は避けたから、黄色ポーションで治せるだろ」


 海唯はカファロのことを聞かれていると勘違いし、そっけなく答えた。そして左手をひらひら振ってその場を後にする。


 アキレスは、それ以上止めなかった。


 訓練所を背にしながら、海唯は心中でつぶやく。


『また厄介なのが湧いたな〜。バッジが違った。ってことは、今のところ騎士団は三つ?……あ、クレインの言ってた“狐狼護衛団”ってのも、騎士団扱いか?』


 密かに、騎士たちの勢力図を頭に描いていた。


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