2-05
人を刺さる時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ!05
海唯は「うっわー、武器庫といい勝負の量だな」と思いながら、わずかな隙間から部屋の中を覗き込んだ。
天井まで続く棚がぎっしりと並び、属性や稀少性ごとに整理されている。各棚には淡く光る魔法紋章が刻まれ、部屋全体に緊張感が漂っていた。
彼女はウルバニの背後に立っていたが、彼がどうやってこの部屋に入ったのかは分からない。武器庫のような衛兵の姿もなく、扉にはドアノブすらない。つまり、鍵が必要ないということだ。けれど、力ずくで開けようとしても開かなかった。ウルバニはただ扉に手を添えただけで、人一人が通れるほどの穴を開いたのだった。
「ここでお待ちください」
そう言い残してウルバニは中に入り、扉の穴はすぐに閉じた。
海唯はキョロキョロとあたりを見渡しながら、次にどうやってこの魔道具管理庫に入るかを考えていた。
そのとき、背後から声がした。
「貴様は、なぜ三角の目と白塵の血が欲しい?」
「ん〜何ができるか分からないけど、クレインが教えてくれるんじゃない?友達でしょ?」
海唯はにっこり笑い、クレインの肩に手を回す。彼女はすでに、クレインの“使い方”を理解していた。
「はあ、分からないのに借りたいのか?……まあ、いい。教えてやるよ、友達だからな」
クレインはどこか照れたような、でも嬉しそうな顔をして、子供のように饒舌に説明し始めた。
三角の目――対象の身体状態や保有する魔法系統を探知できる魔道具。
白塵の血――異質な魔法を感知し、魔法の流れや構築を一時的に断つことができる。
ただし、どちらも相手の魔力量が自分より高いと使えず、使用者への反動(反噬)があるため、B級に分類されている。
「なるほど、俺は魔道具ってあまり使わないからな。勉強になったよ、クレイン様」
「……誰だよお前?」
「第三騎士団副団長、カファロ・ヒース。よろしく」
またそれかとクレインが呆れる。
「よろしくねーよ!」
「まあまあ、二人とも仲良くしようよ」
クレインが明らかに嬉しそうな顔で二人の間に入る。
「仲良く……?俺はただ、勝負に付き合ってほしいだけです」
カファロは真面目な顔のまま答える。
「勝負したいってことは、力を認めたんだよな?つまり、師であり友である関係を築きたいってことだ!」
「わー、何真面目にデタラメ言ってんだ……」
海唯は呆れた笑みを浮かべた。
「分かりました」
「あと……その、カファロさん。タメ口でいいよ」
クレインの照れたような笑顔に、海唯はさらに顔をしかめた。
『……わー、何照れてんだよ……』
「俺は第三騎士団副団長、カファロ・ヒース。よろしく。仲良くなろう」
カファロはまた同じことを繰り返す。
『……何この茶番』
海唯は無視を決め込んだ。
ウルバニは、その様子を見て少し安心していた。警戒すべき存在であることに違いはないが、魔力量については信頼に値する。陛下の命状にも、〈この細く傷だらけの子は、いずれ……〉と記されていた。
「はい、確かに渡しました。B級魔道具の持ち出し期間は朔望月です」
ウルバニは鏡と小瓶を海唯に手渡した。
「……あー、一ヶ月か。ややこしいな!」
ようやく意味が分かった海唯は笑顔で受け取る。
「おおっ、どうも。ちゃんと返すよ」
しかし、手にした魔道具を見て彼女の疑念は深まった。
『……人が映らない鏡と、泥水? これで傷が治るのか? あのババア、適当なこと言ってないよな……』
「ってか、お前いつまでついてくんの?」
「お祭り、行かない?」
カファロは抑揚のない声で尋ねる。
「は?」
「聖女召喚が成功した記念の祭りだよ!一緒に行こう!」
クレインがはしゃいで割り込んでくる。
「へいへい〜」
海唯は適当に相槌を打ちながら、二人を途中で撒いてクラマーのもとへ向かおうと決めた。
――廊下。
「どのみち、穢の器になるのは変わらないさ」
リヒルはアキレスの憶測を、残酷だが確かな言葉で断ち切った。
「リヒルさんは、あの子が素直に国のために動くと思ってるんですか?」
アキレスが立ち止まり、遠くの騒がしさに視線を向けた。
「んー、確かに何を考えてるか分からない子だが……陛下はやると決めたら、必ずやるからな。――あ、あぁ!?」
リヒルも騒ぎの正体に気づいた。
訓練場では、海唯とカファロが対戦していた。
が、海唯はまったく相手にしていない。
広場で海唯に手も足も出なかった騎士団員たちが、野次を飛ばしている。
「ヒースさん、あいつの腕も折ってくれ!」
「副団長ファイト!」
「あのクソガキをボコボコにしてくれ!」
「逃げんなよ!」
「ちゃんとやれや!」
剣を振るカファロに対し、海唯はナイフすら持っていない。最小限の動きで全てを避け、平然と話しかけた。
「あと五振り、四……」
カファロの目には海唯の動きが見えているのに、なぜか攻撃が届かない。彼女の前振り通り、次に右へ避けるのも分かっていたのに、当たらない。
「三。あ、条件覚えてるよな? 負けたらもう付き纏うなよ〜」
しゃがんで攻撃を避けた海唯は、広場で拾った石をそっと転がした。
カファロの視線は、無意識に海唯の膝の向きを追っていた。
「二」
踵を上げ、あたかも攻撃を予告するように仕向ける。カファロが飛び込んだ瞬間――石ころを踏んだ。
油で滑る石だった。バランスを崩したカファロに、海唯は三角の目――人だけ映らない鏡――で反射させた光をカファロの目に当てた。
彼の視界から海唯が消える。
次の瞬間、石を拾って投げる。その一連の動作は一秒もかかっていなかった。
――痛み。
カファロの手首が貫かれた。
青い空がまぶたを閉じさせ、気づけば倒れていた。
腹の上に、ほとんど重さを感じない足が乗っている。
「はい、終了〜。剣が落ちたから、最後の一振りだな」
ニヤリと笑って海唯が言った。完全に物理的に“上から目線”だ。
「……なぜ?」
「おいおい、もう一回とかナシだぞ〜」
海唯はカファロの服で、油のついた左手を拭く。
「……なぜ俺は負けた?」
「は?」
「教えてくれ」
「うわー、めんど〜……」
騎士団員たちは不満げだったが、勝負の結果には誰も口を出さなかった。
「はいはい、お前ら〜解散解散。勝負は終わりだぞ〜」
リヒルが部下を散らし、二人の元へ歩いてくる。
「ったく、うちの連中はなんでこんなにケンカ好きなんだか……」
「団長。何故俺は負けたんですか?」
「それは本人に聞けって。手合わせで一番見てるのは相手だろ?」
「お、先の団長さんじゃん。手綱締めろっつったのに暴れ馬ばっかで、大変だね〜」
「うまいこと言うな、坊や。ホント大変なんだよ〜。だから、お前に任せたんだ」
「……じゃ、私はこれで。そこの戦闘バカ。クレインが戻る前に、その手治してこいよ」
呆れたように言い残して、海唯はカファロの名前を覚える気もなく立ち去った。
海唯は、まっすぐアキレスを睨み返す。敵意ではなく、警戒だ。
「お前は、誰だ?」アキレスが道を塞ぎ、低い声で問う。
「……こっちのセリフ、と言いたいけど、興味ない」
「左手」
アキレスの視線が、海唯の腕に注がれた。
――気づかれた?
折れていることは隠していたはずだ。長袖で腫れも見えないのに。
「動脈は避けたから、黄色ポーションで治せるだろ」
海唯はカファロのことを聞かれていると勘違いし、そっけなく答えた。そして左手をひらひら振ってその場を後にする。
アキレスは、それ以上止めなかった。
訓練所を背にしながら、海唯は心中でつぶやく。
『また厄介なのが湧いたな〜。バッジが違った。ってことは、今のところ騎士団は三つ?……あ、クレインの言ってた“狐狼護衛団”ってのも、騎士団扱いか?』
密かに、騎士たちの勢力図を頭に描いていた。




