1.5-04
知らない人を付いて行くなって教えるが、知ってる人も付いて行かないでって教えたほうがいい。04
『全てを受け入れ、全てを抗う。矛盾のようで、効率的な無情ですね……そんな君に憧れ、従い、そして願った相手に等しく死を与えてくれたでしょう』
その声が、海唯の頭の中に勝手に響いた。緩やかで優しい響きを持った声だった。
「わっ!何だ!?」突然の脳内の声に、海唯は驚いた様子だった。
『ですが、救うと解放は根本的に違います。君はすでに命の秤を失い、自身の魂を……』
「キモっ!ってか何言ってんだよ?布教?ネズミ講?」
『え?あの……ひどくないですか?』
「いや、脳内放送ってマジ最悪だから」
『え…では、あの……どうすれば?』
「ん~私に訊いてもな~お前これどうやったの?魔法が使えないじゃないの?ここ」
『……』
「じゃ何で出てこない?」
『……』
「とんでもないデブとか?」
『通常体型です!』
「大声出すなよ、気持ち悪って」
『すみません……』
「まいっか、普通に話しかけることできないの?」
『……』
「……あっそ、非協力的ならこっちのやり方で」そう言い残し、海唯は小屋を離れ、まっすぐクラマーのもとへ向かった。
『何をするんですか?』
「命やら魂やらで偉そうに言ったな、さぞ大事だろ?」
高熱で地面に倒れているクラマーの隣に立った海唯は、クラマーの荒い息遣いを耳にしながら、その左肩を思いきり蹴飛ばした。クラマーは悲鳴を上げ、年老いた手で傷をかばったが、海唯は無表情のまま銃を抜いた。
『おやめなさい!君にはそのような仕方しか知らないのですか!』またしても、頭の中にあの声が響いた。
しかし海唯からの返事はなかった。ただ、銃のロックを外す音がした。
『分かりました!まず小屋まで連れてあげてください!生きたままでお願いします!』
それでも、海唯は何も答えず、引き金にかけた指に力を込めた。
――その瞬間、『ボン~』という音と共に、白くふわふわとした毛玉が海唯の目の前に現れ、小さな鋭い爪で銃を持つ手を掠った。毛玉はそのままクラマーの前に立ちはだかった。
「これでいいですか?」
毛玉――白狐の声が、そう告げた。
「……白の狐?……」海唯は呟き、銃を仕舞った。
「お約束通り、この方の傷口を治してもらいますよ!」
動物が喋る光景は、海唯にとっても初めてだった。よりによって「狐」だというのも、彼女にとっては神経を逆撫でする出来事だったが、それでもやるべきことはやる。失敗は即死に直結するこの世界で生き延びてきた彼女に、妥協という選択肢は存在しない。
「何で魔法が使える?」そう問い詰めながら、海唯は白狐の尻尾を掴んだ。
「う、待ってください、目が回る……」
「重要事項だ、出来んなら魔法で避けてみろ。返答によっては殺すだけだ」
先ほどの一件から、海唯はある仮説にたどり着いていた。魔法が効かないのではなく、海唯の魔力が強すぎて「ほとんどの魔法」が作用しないだけだ。クラマーの言っていた「自然界の魔力」とは、植物に宿る魔力のことだが、それさえも吸収できる海唯の魔力の純度は、それ以上であるという証明でもあった。
しかしその代償として、彼女の魔力は制御されずに漏れ出し、命を削るように体外へと流れていた。さらに小屋に置かれた薬草も、微弱ながらその影響を受けていた。
この事実から、海唯は自分が魔力を制御できていないのだと気付いた。そして――そんな状態でこの場所で魔法が使え、彼女自身に直接干渉できる存在など、あってはならないのだ。
久しぶりに死を感じた白狐は躊躇いなく話した。「この空間は私の管轄です。この穢れの溜まり場──『遺失物』の管理者を務めています。人間の、生き物の魂を傷つけることはしません。もちろん、生を奪うことも……うぅ、目眩が……」
「ほう?じゃ記憶を消すのは魂を傷つける範囲に入るか?このババアの打たれた記憶を消してほしいんだが」そう言いながら、海唯はにこやかに微笑み、白狐を地面に降ろし、毛を軽く叩いた。
「?……消すのは無理ですが、封印することならできます。似たような状況が再現されたら、また思い出すことになりますが、それでよければ」
「それでいい。では、まずここを出る方法を教えて~ここじゃポーションが使えないからな」
さっきまで殺気立ち、本気で殺すつもりだった人間が、急に笑顔で不可解な要求を口にする。直後には人形のように整った微笑みに戻る。クレインとは違い、白狐はその変化に戸惑うことよりも、悲しみを覚えた。
――そこにいたのは、小さな拳を血が出るほど握りしめていた、行き場のない怒りを抱えた子供の姿だった。
「それは……出来ないです……『遺失物』は私の管轄ですが、この薬草の空間はこの方が作ったものなので……!待ってくださいよ!術者を殺しても出られないですから!」
その言葉に、海唯が銃に手をかけた動作は止まった。あからさまに残念そうな顔をしていたが、実際のところ、どうでもいいと考えていた。動けさえすれば、出る方法などいくらでも見つけられる。
「君なら魔法陣に触れることで、魔法が解除され、ここから出られます。普通は隠されていて術者にしか見えませんが、君なら見えるはずです」
「魔法陣?ああ、あれか」白狐の話を聞き、海唯は入った時に見たあの小屋の隣で光っていたものを思い出した。
その魔法陣に触れると、空間が歪み始め、気づいた時には店の中に戻っていた。白狐は約束通り魔法をかけ、海唯は紫のポーションを使用し、すべてが元通りになった。タンスの上の砂時計も、入った時と同じ状態で、砂の量も変わっていなかった。
海唯は砂時計を見つめた。この時点でクラマーが嘘をついていなかったと確信した。『へ~、あそこに時間がないって本当なんだ』
「なんじゃ?いつの間に?」
「魔力が使い過ぎて寝てたよ、クラマーは~。それよりさー、結局何もわからないままじゃん?」と、海唯は平然と嘘をついた。
「遺失物にいても汝に秘めた真相も解けないとはのう~」
「ディスガーリカ?」と、海唯はもう一度わざと訊いた。
「穢の溜まり場のことじゃ」
「ふん~」
「汝も自分の事と状況を把握したいじゃろ?傷の治療も兼ねて、わしに協力するしかないと思わねェか?」
「ふはっ!薬草が効かないからそう言ったのなら、お前も相当腹黒だな、あと、顔に出さない練習しとけよーバレバレだつーの」そう言って、ニヤリと笑った海唯が店を出ていた。
「……ったく、あんなの笑顔って言わないよ、めんどなガキじゃ……」引き出しに入れていた血を装った小瓶を見て、クラマーはそう呟いた。
その一言を残して出て行った海唯の笑顔は、お人形のように美しい笑顔だった。
――「こんくらい死なないさ~栄養剤だけもらとくよ~またね、クラマー」
第1.5シナリオ 知らない人を付いて行くなって教えるが、知ってる人も付いて行かないでって教えたほうがいい。 完




