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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
118/159

23-03

 睡眠薬と亢奮剤を同時に摂取してはいけない 03


 海唯の頭がぼんやりする。周りの声も、光も、匂いもくらくらさせる。


 そのせいか、目の前にぼんやりと数日前の光景がよみがえる。それは、心臓を抉り取られる前の、あの日の情景だった。


 坑は深く沈み込み、無数の人々が押し合いながらも、どうしても這い上がることができない。


 踏みしめる屍は積み重なり厚くなるばかりなのに、決して縁には届かない。


 坑の上から嘲笑うように見下ろす者がいた。黄金の瞳が軽薄な凶光を放ち、金色の髪が夜闇に映えて眩しく揺らめいている。


 ──人間? いや、違う。髪の間から覗く、一対の暗紅色に輝く角。


 腐臭漂う朽ち果てた肉片が手を押さえつけ、身体は血と穢れに塗れた屍の上に横たわる。


 耳元には、絶え間ない悲鳴と断末魔の息遣いがまとわりつくように響いていた。


 海唯は顔を上げ、痛みに麻痺した身体を引きずるように激しく息を吐いた。


 そして、最後の力を振り絞って、その者に怒鳴りつける:「どうせ死ぬなら、テメーも道連れだ!」


 銃を持つ手を上げようとするその時、肩に預けられた小さな頬からは、泣き声が消えていた。


 音はなく、わずかに鼓動が残るのみ──それすらも、ほとんど感じ取れないほど微弱だった。


 その子は海唯の肩に載せられ、弱々しく最後の時まで彼女を見つめている朝日の光のような金色の瞳は、やがて色褪せてしまった。


 一瞬くらい気が散り、海唯の視界は完全に黒い砂に閉ざされた。


 次に目を開けたとき、彼女は手術台の上に横たわっていた。


 胸元にある烙印は、切り開かれた後に縫い合わされた痕が残されていた。


 まるで、先ほどまでの出来事がすべて長い悪夢だったかのように。


 そんな彼女を見下ろしながら、マスターはいつものように、傲慢な笑みを浮かべる:「残念だな……おかえり、檻のある世界に。俺の、哀れなペットよ」


 悪夢での最後の足掻きが、何も為さずに消えていた。


 その日から、海唯は声を出せなくなった。


 マスターもそれをまったく気にしてはいなかった。


 ・・・・・・


 だから、()()海唯は、頭の中が疑問だらけの状態にいるのだ。


 記憶の中に大きな空白が残されたように、今の状況をまったく理解できない。


 海唯の視線は自分をここまで連れてきたピアチェに留まる。


 ピアチェは15、6歳の少女にしては、発育が良く、すらりと伸びた手足にほっそりとしたウエスト。ふっくらとした胸元と、柔らかな曲線を描くヒップが、大人びた雰囲気を醸し出している。


 そして、彼らの視線を一瞬で絡めとりながら、少女はまるでそれが当然かのように、肩をすくめて軽い笑いをした。


 まるで世界が自分を中心に回っているかのように振る舞う。


 彼女は本気で自分が世界の中心だと思っている。


 今までの人生でずっと、そう思わせられてきたのだろう。


 そのせいで、この宴の場に潜んでいるうずうずとした殺意に気づけない。


「……いや、私には関係ないか」海唯は目をぱちぱちさせて、そう思ってから、植物と一体化しようとしているように、迷迷草まいまいそうの隣に膝を抱え、座っていた。


 この場にいる男たちは身長が高い人も低い人もいて、体型が太い人も細い人もいて、年が老いた人も若い人もいる。


 共通点がなかった上、「金持ちは面食いしかいない」という海唯の固定観念を破てしまった。


 ピアチェは指先に巻かれたブレスレットを弄びながら、鈴のような笑いをした。「『候補たち』よ、よく見るがいいわ!これが神裔(わたくし)の『花婿』に与えられるミネルディア神の愛だわ」


 彼女が指を鳴らしたら、白い服を纏う一人の男が舞台へ上がった。


 男の姿は、まるで秋の夕暮れに佇む枯れ木のようだった。彼の頬は窪み、血色は失われ、かつての活気を失った肌は蝋のように青白い。深く沈んだ目には、疲労と苦痛の影がくっきりと刻まれ、その視線は遠くを見つめているようでいて、実は何も見ていないかのようだ。


 痛々しい咳をこみ上げながら開く薄い唇は、聞きにくい声で王女の名を呼んでいた。その震える肩からは無力感が滲み出て、それでも、彼はピアチェの前に膝をつけた。


「己の信仰を表せよ」ピアチェがそう言って、自分の前に頭を下げている男に、一本のフルーツナイフを投げ下ろした。


 そして、男は仰々しくそれを拾い、手を震えているにも関わらず、思い切り自分の首に振り下ろした。


 酒と迷迷草まいまいそうの効果のもとに、宴会場にいる花婿候補たちは、男の行動によってさらにテンションが上がり、まるでショーを見ているように歓声した。


 その一方、海唯は黙然とした態度でそれを見ていた。あのナイフを入れる角度と深さ、そして、あの血の吹き方と量。即死だ。


 しかし、男の行為による騒ぎは一時的だった。


 葡萄ジュースの入ったワイングラスを掲げたピアチェは、この自殺ショーをさらにクライマックスへと導いた。


「魂魄を呼び覚ませ、永遠の愛に溺れよ。さあ、ミネルディア神のもとへ、神裔わたくしの花婿よ」


 そう言いながら、ピアチェは鮮血の海に倒れた男の体に葡萄ジュースを注いだ。


 すると、彼が何事もなかったように立ち上がり、先ほど首に刻まれた血の線も跡形もなく消えた。


 “生き返った”男はピアチェの手の甲に軽く額を当てて、「ピアチェさま、ありがとうございます」と話したら、ひと袋の金貨を受け取り、舞台から下がった。


「見たか?候補たちよ。その汚れた身に宿っているのは病であろうか、醜い跡であろうか、神裔(わたくし)はそれを連れ去り、新たな『命』を与えてあげるわ!明後日の神悦祭の前に、せいぜい神裔(わたくし)を喜ばせよ!」


 それを目にした海唯は思わず立ち上がり、まるで瞬きすることも勿体ないかのように目を大きくした。


 海唯は宴の場を行き来している使用人たちの目線を暫く観察してから、隙を見てピアチェが持っていた葡萄ジュースを盗み、“生き返った男”の後を付いた。


 男は会場を出たら、直線で外の庭に向かっているようだ。


 足元の軽さから男が楽しい気分にいることが分かり、小さく鼻歌を挟んでいることで、ついさっき病み上がった人には見えない。まるで、最初から健康な成人男子そのものだ。


 まずは男の足止めしようと、海唯は太ももに手をつけたが、なぜか消音器を装着できないベレッタM3032しかない。「……」


 仕方ないと思い、海唯はナイフに手を付けた。「……」刃体だけで約22.5センチくらいあるマントラック2しかない。


 表情からはっきり見えるクエスチョンマークが浮かんでいる顔で、海唯は武器をしまい、男の肩を軽く叩いた。


「ん?……!?」男が振り向く途中、海唯に口を塞がれ、背後から肋骨の隙間をくり貫いて、心臓を刺された。


 痛みを与えず男を殺した。


 しかし、その手応えに、海唯の表情に浮かぶクエスチョンマークが増えた。


「…………」背中からゆっくりトボトボと血が溢れ出ているのを見て、海唯はナイフを抜き、男の服でナイフの血を拭き、ピアチェの真似で葡萄ジュースを注いた。


 ……何も起きなかった。


 少し待ったら海唯は頭を傾げて、残された葡萄ジュースを嗅いてから、舌先でちょっとだけ舐めた。


「……ただの、葡萄ジュースだ」そう思い、海唯は一口すすったが、得られた結果は同じだ。


 少し考えて、海唯はナイフで男の太ももの内側を刺した。


「……」傷口からトボトボと出てきた血が緩やかに流れ、やがて止まった。それを見て、海唯は目をぱちぱちして、こすった。


 そしたら咄嗟に、男の体から透明な何かが見えたようだ。


「!?」海唯は素早く後ろへ跳び、銃を構えたが誰もいなかった。


「次、結界を破って宴の場を出たら、失格にしてやるわよ!」とのピアチェの話を思い返して、海唯は会場に戻ろうとした時、後ろから短く息を吸った音がした。


 振り向いたら、大福のような可愛らしい青年が鼻口を押さえ、壁の後ろに隠れている。


「???」……丸見えだが、向こうは隠れているつもりなのだろう。


 海唯は彼のほうへ歩いてきて、床に座っている青年を見て、葡萄ジュースを差し出した。


 疑問より驚きが勝ったウルバニは何も反応できないため、彼は受け取ろうとしないのを見て、海唯は彼の足元に置いて、会場へ戻った。


 ウルバニはどんどん離れていく背中を見て、やっと気を取り戻したように、震える声で尋ねた。「か…海唯さん…なに…何をしましたか?」


 しかし、海唯はウルバニの呼び声に反応していなかった。


 足がすくんで立ち上がれないウルバニはもう一度尋ねた。「…こ…ころ…殺したんですか?」


 すると、海唯はやっと歩を止めた。彼女は周りをうろちょろ見回って、ほかに人はいないことを確認してから、ウルバニに向かって頭を横に振った。


「……い…生きている…ですか?」そう尋ねながら、壁に手をついて立ち上がったウルバニは海唯を見つめ、ゆっくりとその男のほうへ向かった。


 彼の質問に対し、海唯はまた頭を横に振った。


 海唯の反応を見て、ますます疑問に満ちていたウルバニは男の魔力の流れを検査した。


 やはり、男は死んでいた。


 しかし、人の魔力のほかに、何か、異質なものが、男の魔因子の中に残されていたようだ。


 その時、花庭に似合わない檀香の匂いが海唯の鼻腔に滑り込んだ。


「君!何をしている!」先ほどの運転士が異常を見かけて、駆けつけると、そこに倒れていたのは“花婿さま”だった。そしてその隣にはウルバニしかいなかった。


「その男を捕まえろ!」運転士の号令が響くと、ウルバニは弁解する間もなく気を失い、連れ去られた。


 運転士は“花婿さま”の死体を見つめ、焦った様子を見せる。「この近くに他の者がいるか、確認しろ」と通信石に向かって指示を出した。


 しばらくして、通信石から返答が返った:「ここの廊下には、その男以外の姿は見当たりません」


「会場にいる『候補』の人数を確認しろ!」


 別の声が通信石から届く:「確認しました。その男を除き、全員います」


「先ほど抜け出した黒獣ベヒモスはいるか?」


「はい。すっかり迷迷草まいまいそうにハマっている様子です」会場内の役人が通信石に向かってそう返事しながら、軽蔑と嫌悪を隠さずに、迷迷草のそばでぼんやりと座っている海唯を見つめた。


 しかし、海唯はそのような視線に気にせず、会場内でいつの間にか現れていた人に注意を引かれていた。


 使用人の服を着ているが、ボタンがズレていたり、裾がズボンから出ていたりしていて、妙に挙動不審な人だった。


 海唯がそう思っていたところに、その人と目が合った。


 すると、その人が嬉しそうに笑い、手を大きく振っていたが、「はっ!」と急に何かに気づいたように口元を隠して、そそくさと海唯のほうへ歩いてきた。


「海唯さん!海唯さん!私ですわ!エルバ・ノービレですわ!凄いですわ!私、できましたわ!」興奮を抑えられないエルバは海唯の隣でしゃがんで、話を止められなかった。


 ぺらぺらとハイテンションで話しているエルバを見て、海唯は「こいつ、バカだな」と内心で判を押した。


 しかし、海唯はエルバから離れようとしても、彼女は後ろに付いてきた。そして、海唯がまったく興味ない話を延々と続けた。


「うるさい。離れたい」と海唯はそう思っていたが、エルバに手首を掴まれていた。「…………」


 そこで、エルバの話はまだまだ続く様子だから、海唯は勢いで身を振り替えて、彼女を壁に押し付けたら、適度に攫った桃でその口を封じた。


「黙れ!」という凄まじい目つきで、海唯は桃を掴む指に少しだけ力を入れた。


 エルバを見下ろし、逆光の中で僅かな殺気を漂う目つきで睨んでいた。


 そしてら、エルバはやっと海唯を掴む手を離した。彼女はゆっくりと口に押し込められた桃を取り、震えるような唇が僅かに開く。


「……すみません、海唯さんはタイプではありません!」





エルバ・ノービレはとにかく話が長くて、要点がないから、節録して、「23-03.5」にした。

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