第21シナリオ 適当に言った約束の重さを甘く見るな 01
第21シナリオ 適当に言った約束の重さを甘く見るな 01
神官の服装をした人物が通信石を通じて連絡してきた。
「ああ、通していい」コルフはそう言うと通信を切り、席についている女性へと目を向けた。
椅子に座る若い女性は落ち着いた微笑みを浮かべながら、優雅に出されたお茶を飲んでいる。彼女の動作はどれも洗練されており、まるで一つ一つが計算され尽くしたかのようだ。
コルフが通信を終えたのを確認すると、彼女は口元に運んでいたカップを机の上にそっと戻した。
「すみません、お待たせしました」そう言いながらコルフは向かいの席に腰を下ろしたが、次の彼女の言葉を聞いた瞬間、動きがわずかに固まった。
「ストロ・ダースという男性と主従契約をします」
その一言に、コルフの眉がピクリと跳ねた。しかし、それでも彼の顔には失礼のない微笑みが張り付いている。
彼女の言葉には迷いも遠慮もなかった。「したい」という願望でもなく、「してもいいか」という伺いでもない。ただ、「します」と、決定事項としての報告に過ぎなかった。それは、二人の関係を考慮した上での礼儀だろう。
「理由を伺っても?」
「私はコルフさんを信じています。しかし、やはり、ここは私のいた世界とはまったく違う環境なので、時々、不安を感じています」
「ええ、不安を感じさせないよう努めているつもりですが……そのような気持ちに気づけなかったのはこちらの落ち度です。その身の安全を守るため、常に従者をつけていますので、これ以上人数を減らすわけにはいきません」
コルフの言葉は、明らかに話題の核心から外れていた。そして、彼女がそれに気づかないはずがない。
「従者はそのままで結構です。主従契約を申し出た理由は、先ほども申し上げた通り、私はコルフさんを信じているからです」
「……俺以外は、信じていないと言いたいわけですね?」苦笑いを浮かべながらそう返したコルフは、彼女を見据えたまま話を続けた。「しかし、その決断は少々冒険しすぎでは?彼に主従契約を結べる者はいない、だからこそ彼は狐狼騎士団に飛ばされたんですよ」
「私は聖女です、コルフさん。……それに、コルフさんはその男性のことをお嫌いでしょう?」
東雲がその名前を口にするたびに、コルフは深く息を吐き、表情を整えるように微笑みを消して無表情になる。その様子は、宴会の席で自分をただの出しゃばる子供だと思っている大人が見せるような態度にそっくりだった。東雲には、それが何を意味しているかすぐに分かった。
「そんな彼を、下僕にしたくありませんか?」
その一言に、コルフは驚きで目を見開き、次の瞬間、小さく「っふ」と笑みを漏らした。どうやら、この「聖女」と呼ばれる女性は、か弱い微笑みの下に思っていた以上の狡猾さを隠しているらしいと、コルフはそう確信した。
コッコッ。ドアをノックする音が部屋に響いた。
「すみません。少しだけ席を外してもよろしいですか?」
東雲は軽く頷き、「ええ、どうぞ」と返した。
コルフが廊下に出ると、そこには先ほど通信をしてきた神官が立っていた。彼は声を潜めて報告する。「フロンティエラ区で、アレが金色の瞳と髪になり、アキレス・ザックウェーバーさまに止められました」
その一言に、コルフの目が細まり、口元に微笑が浮かぶ。
「やっと尻尾を出したな……そこに第三騎士団の屯所があるようだな?牢屋にブチ込め。魔力制限の枷を忘れないようにな」と、低い声でそう言いながら、コルフは口元を覆い、笑い出すのを堪えているかのようだった。
彼は再び部屋に戻ると、席には座らず、ソファーの背もたれに軽く手をついた。視線はまっすぐ東雲に向けられている。
「薫さんのお考えは理解しました。主従契約の件については、私も同行させていただきます」
「どちらへ?」
「フロンティエラ区です。それと……部屋を出る前に、口元のお菓子の食べかすを拭いてくださいね」
言われた東雲は驚き、反射的に口元に手を当てた。コルフが差し出したハンカチを受け取ると、恥ずかしさに耳まで赤くなりながら、そっと口元を拭う。
「あなたには戻る理由がありますか?」
そう尋ねられた海唯は、まるでその質問が予想外だったかのように唖然とした。考えたことすらなかったのか、嘘をつくことさえせず、ただ黙っている。
「そうですか。なら、連れ帰ってくれると言ったことには感謝しますが、あなたを頼るつもりはありません」
そう告げると、海唯は驚いたように目を見開き、次の瞬間、ニヤリと笑った。その笑みは、何か滑稽で面白いことでも聞いたかのような、軽蔑混じりの笑いだった。
「お前を連れて帰る理由はある」泰然自若とした表情でそう答える海唯は、銃の清掃をしている。
「傭兵団の任務ですね。それはお金のため?それとも、USSSと敵に回したくないからですか?」
ビシッと背筋を伸ばして問いかける東雲に対し、海唯は背もたれに身体を預け、肩の力を抜いている。
「え~、質問多いね~。私、最初から言ったのに?……お前を死なせたら困るって」そう言った海唯の表情はどこか諦めと落ち着きを帯びていた。「だって、アレはお前のせいじゃないから」
「えっ、……本当になんですか?私のこと、好きなんですか?」突然、自分の胸元に視線を感じた東雲は、とっさに胸を抱き、目をそらした。
「……ふっ……ふぁははははっ!」思わず手を滑って、拭き布を落ちた海唯は大笑いする。勢い余って額を机にぶつけたが、それでも肩を震わせながら笑い続ける。「まあ、嫌いじゃないけどな~」
窓の外を流れる景色を眺めながら、東雲は静かに心の中で呟いた。「……私は、あなたも一緒に連れて帰るつもりですよ」
東雲は海唯と話すたびに感じる奇妙なやり取りを、再び反芻するかのようだ。
「薫さん、どうしました?」
コルフの紳士的で優しい声が、東雲の思考をふっと中断させた。
「えっ!?……いえ、ぼーっとしていただけです」
いつも困っているときにそばで支えたり励ましたりしてくれる目の前の彼を見て、東雲は思わず頬を赤らめた。いきなり声をかけられて驚いたせいもあるだろうが、馬車の中の少し蒸し暑い空気のせいでもあるだろう。
「コルフ王子様、聖女様、着きました。」
馬引きの者がそう告げて、馬車が静かに止まる。第一騎士団の団員たちが周囲の安全を確認してから、馬車の扉を開けた。
降り立った場所は、王都にある第三騎士団が守る転送魔法の拠点だった。
魔法陣に足を踏み入れて歩き始めると、空気が一変する。景色がぐるりと変わり、群山に囲まれたフロンティエラ区が広がった。
その地で、第一騎士団の警護を受けながら、東雲は馬引きの者に案内される。そして向かった先は、山麓に位置するフロンティエラ区第三騎士団の牢屋だった。
一番奥に閉じ込められているストロに会う前、いくつかの牢屋を通り過ぎた。ほとんどは空っぽだったが、その中の一つに、牢屋には似つかわしくない美しい紫色の髪を持つ少年が閉じ込められていた。
「カファロ!?」少しかすった声で、少年は驚いたようにその名を口に出したら、目をそらした。
馬引きのカファロはその少年を見て驚いたように、後ろのコルフに振り返った。
同時に、東雲が声を上げる。「!?…コルフさんの弟さんが!」
もちろん、コルフも牢屋の中のクレインに気づいていた。しかし、あえて無視を決め込むつもりだったらしい。だが、東雲が口に出した以上、仕方なく平然とした表情を装いながら言った。「気にすることはありません。アレは、魔人です」
「え!?」
その言葉に驚いた東雲に、コルフを睨むカファロ。彼は牢屋を開けようとした。しかし、その鍵を持つ手はコルフに掴まれた。
「命令通りに動けばいい」コルフは二人だけに聞こえるような低い声でそう告げると、カファロの手から鍵を奪おうとした。
それでもカファロは、鍵を離そうとしなくて、まるで地に縫い止められたかのように一歩も動かない。
邪険の膠着状態が続く中、東雲の口から出た名前がその空気を切り裂いた。「海唯さん」
「聖女さま、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」落ち着きのある声がコルフの後ろから届いた。いつの間にか現れていた海唯が、東雲の呼びかけに応じる形で礼儀正しく言葉を発した。
その落ち着いた態度に一瞬場が凍りつく中、海唯はゆっくりと歩み出る。カファロの隣を通り過ぎる際、彼の耳元で低く囁いた。「クレインを連れて礼拝堂で隠れろ」そして、こっそり鍵をカファロのポケットに入れた。
海唯は何事もなかったかのように東雲とコルフの方へ向かい、自然な動きで二人の間に立った。
「鍵はお返しします。コル…コロ…トトロ王子さま」
奥の牢屋には、魔力を抑える手枷すらかけられていないストロが静かに座っていた。腹の傷は手当てもされておらず、その痛ましい姿は異様な静けさに包まれている。
牢屋の外では、胸を抱え不機嫌そうに待っているアキレスが、コルフの姿を見た瞬間、さらに顔を曇らせた。
ストロを目にした東雲は、少しだけ足を引きそうになるも、深呼吸して踏みとどまった。視線を海唯のほうに向け、毅然とした態度で話しかける。
彼女は鎖骨の間を指で軽く叩きながら、東雲は衣装を整えるふりをして話しかけた。「少々、やりすぎましたね、海唯さん」
その言葉ははっきりとした発音で、自らが上位に立つ者であることを明確に示していた。厳しい表情を崩さず、東雲はじっと海唯を見据える。
「申し訳ありません、聖女さま」海唯は牢屋の鍵を開けながら軽く頭を下げた。だが、その隠れた顔には堪えきれない笑みが微かに浮かんでいる。「私は頭が悪いもので、つい楽なほうを選んでしまいまして」
「言い訳はいりません」東雲がそう冷たく言い放つと、海唯はすぐに口をつぐんだ。
その様子を見たコルフは、満足そうにあからさまな悪意を漂わせながらも笑いを堪えている。一方、アキレスは眉をひそめ、静かに海唯を睨みつけた。
牢屋の中のストロは二人のやり取りには目もくれず、ただ薄暗い空間の中で何かを待つように静かに座り続けていた。
牢屋の扉が重い音を立てて開く。東雲の視線は再びストロへ向けられた。
「あなたがストロ・ダースですよね?」東雲は地面に座っている男にそう尋ねた。
「だったらなんっ!むっ!」
ストロが吐き捨てるように言いかけたその瞬間、海唯が彼の腹の傷を容赦なく踏みつけた。「聖女さまへの口ぶりには、もう少し注意したほうがいいかな?聖女-東雲薫さまはお前の味方だぞ」
その時、ストロはやっと海唯はあの時、牢屋へ訪れた"白髪の少年"だと気づいた。「キャラ変えすぎだろう、お前……」と文句を言っているように呟いた。
「ダースさん。お決まりになりましたか?」
「はあ?あんなモン……」ストロが口を開きかけたところで、海唯が静かに睨みを利かせた。その視線を受け、ストロはしぶしぶ言葉を足す。「……どうするおつもりですか、聖女さま」
「私と主従契約を結んでください」
ストロはその言葉を聞いて、ちらりとコルフの方を見やった。
それでも、コルフは牢屋の中でのやり取りには一切関心を示さず、ストロのほうにすら目線を向けない。東雲の提案を止めようとする素振りも見せない。
「分かった」
ストロは淡々とそう答えた。




