鬼がいないはずのかくれんぼ
このかくれんぼは危険です
絶対に真似しないで下さい
わざとこのかくれんぼが出来ないように情報を不足させておりますので検索することもおやめ下さい
警告に従わず不測の事態が起きても当方は責任を負いません
自己責任でお願いします
書斎机の正面にあるソファーに座っていた俺に声が掛かった。
「ワト。君はそんなゲームが好きなのか?」
スマホでゲーム動画を見ていた俺に声を掛けたのは日本人離れした美貌の持ち主の少女。恐らくアルビノと称して間違いない白に近い銀の腰まで届く髪を持ち、血のように赤い瞳で俺を見つめてきた。
その人間離れした美しすぎる容姿こそがどこか違う世界から産まれ出たようにすら思える。
「あー昔のゲームだよ。好きな実況者がやってるから見てる」
俺の主である少女に対して無視はない。と言うか無視できるような相手ではないし説明しないと後が拗ねて面倒くさい。動画を止めてスマホをしまう。
「ふ~ん。私より重要かね? 私は暇を持て余してるんだ。ちょっと興味があるから説明してもらえるかい? それとも二回り近く歳の離れた君がハマるような話なのか?」
嫌味か嫌味ではないのか皮肉を込めつつ、俺の主がこの世の者とは思えない赤い目で俺の顔を覗き込む。
「芽理亞。簡単に説明するけどそれでいいか?」
俺はため息を吐きながら彼女を見る。今見ているゲーム実況はsilentと呼ばれる和ホラーゲームで古くからの因習が続く村に迷い込んだ美少女がそこからの脱出を図ると言う内容だ。
「なるほど。古くからの因習か」
何か面白い事を思いついたように芽理亞がニヤリと笑う。その整った顔は暗闇の中で見れば美しすぎる幽霊に例えられただろうか。
「で何を思いついたんですか?」
「いやなに、大した事じゃないさ」
勿体ぶるのは芽理亞の構って癖だ。ま、高校生の美少女がこんな意味深なリアクションを取れば男女問わず寄ってくるだろう。だがこの応接間には俺と彼女しか居ない。当然構うのは俺の役目だ。
餌を欲しがる犬のように主を見る。
「砂手芽理亞さんは何を思い出したんですか?」
「そのゲームに関わりのある事さ。因習と言えば山奥の村。この時期にピッタリな怪談話さ」
我が意を得たりと大げさに身振り手振りで芽理亞が勿体ぶる。
「日本の悪い部分の話しですか?」
「馬鹿を言わないでくれ。世界中どこにでもある話さ。ただ日本が舞台なだけ……さ」
悪霊と見間違えても不思議ではない邪悪な笑みがその美貌に浮かぶ。
「時代は江戸時代の終わり。とある山、深い深い、森の中にある村があった。その村の村民は貧しいながらも幕府に年貢を納め、静かに暮らしていた」
芽理亞は自分の髪を揺らしながら書斎机に腰掛ける。
「そう。丁度今みたいな時期かな。勿論、旧暦でだ。今みたいに暑くはなかっただろうが、その年は日照りが続き、井戸は枯れ、飢饉に襲われ、蓄えは徐々に枯渇していき、村人たちは飢えていった」
「典型的なホラーの展開だな」
益体のない感想で茶々を入れるが彼女はニヤニヤと笑みを浮かべる。白い肌はこの世の者とは思えない凄みを出していた。飲まれそうで横槍を入れたのだがかえって飲み込まれてしまったように思えるので黙っておく。
「まあ、聞き給えよ。よくある話さ。だがそんな中で子供たちは飢えを凌ぐために出来るだけ動かなくていい遊びを考えだしたんだ。それは何だと思う?」
俺は首を横に振る。
「考えて欲しいな。私がせっかく君の為だけに話をしているんだ」
手招きしながら俺を近くへと呼ぶ。
「鬼ごっこ? それだと鬼が動かないといけないし……体を動かさない遊びか?」
芽理亞の近くのソファーの肘掛けに腰を下ろして彼女の目を見る。真の朱が笑っていた。この答えはハズレだ。
「違うよ。最年長の子が思いついたのは特殊なかくれんぼなんだ」
俺はおどろおどろしい怪談を聞きとして話す彼女が怖い。大抵怖がらせるのが上手い話し手は淡々と話すのだが芽理亞は全く逆に感情的とも言える話し方だ。
「どこが特殊かと言うと村で一番広い家で行うかくれんぼさ。この場合は村長の家だった。そして最大の特徴は……なんだと思う?」
俺に問いかけるように笑う。まるで答えられなかったら食べられるような気さえしてくる。
「全員で一人を探すとか?」
「ハズレだね。答えは誰も鬼が居ないんだよ」
その問いに俺は口を開いた。
「それだとかくれんぼが成立しないじゃないか」
「そのとおり。成立しない。成立しない筈だったんだ」
不吉な言葉を紡ぎ、笑みを浮かべる。そう白い顔も相まって死神のようにすら見えた。
「長かくれんぼと言ってね。それはね、本来は行ってはいけないかくれんぼだったんだ」
「長かくれんぼ?」
「ああ、長かくれんぼだ。子供に教えてはいけないよ。おっと話が脱線してしまった。それでね。彼らは空腹を凌ぐ為にその長かくれんぼで遊ぶ事にしたんだ。その結果何が起きるかも知らずに、ね」
芽理亞は生け贄を捧げられた悪魔のように愉悦に満ちた表情で語る。
「本来、誰も見つかる筈がないかくれんぼなのは分かってるけど……」
「ワト、駄目だよ。話の腰を折るのは……まあ聞き給えよ」
俺の唇に左手の人差し指を当てて怪談を続ける。
「それがね。夕暮れになってかくれんぼが終わる頃に異変が起こったのさ。誰も見つかる筈がない。そう。誰も鬼ではないのに。そして、終了時刻になっても見つからない子供が現れたんだよ。まさしく鬼に食べられたかのように村長の家から消えてしまったんだ」
その言葉を聞きながら俺は額の汗を反射的に拭った。真夏だが芽理亞の書斎はクーラーがガンガンに効いていたのにも関わらず。
「最初に消えたのは最年長の少年だった。子供たちは家の使用人にその事を訴えても返ってきた言葉は……」
そこで彼女は俺の目を覗き込んで問う。続きが聞きたいかと──
「そんな子供はこの村には存在しない。勿論、その言葉に子供たちは混乱して急いで家に帰ってそれぞれの親に最年長の少年について問い質したんだ。だが返ってきた答えは残酷な物だった。そんな子供は居ない。早く寝なさいと。
そして次の日、再度確かめる為に同じように長かくれんぼを行ったんだ。本当なら村長の家にも行かずにただ粗末な家で震えて居た方が幸せだったのかもしれないが子供たちはその最年長の少年に遊んでもらった恩があったから……再度同じ手順でかくれんぼを行ってしまったんだ」
俺の喉が鳴った。唾液を飲み込んだ音だ。エアコンが稼働する音だけが響く書斎に芽理亞が物語を紡いだ。
「そう。また起こってしまったんだよ。今度は最年長の少女だった。器量も気立てもよく村の子供たちが姉と慕っていた娘だ。子供たちは今度は村長に駆け寄ったんだ。だが返事は返って来ず、子供たちは村長の家から追い出されてしまった。その時点で幾ら子供でもこれはおかしいと気が付いたんだ。
当然、姉と慕う少女と最初にリーダーと務めてくれていた少年を探そうと彼らは考えたんだ。そりゃそうだね。自分の村で起きた怪異を解決できたら英雄だ。空腹すらも忘れて子供たちは村長の家へと詰め寄ったんだ」
俺は肩を竦める。追い返されるのがオチだろう。
「所詮は子供の悪ふざけ。誰も相手をせずに村長の家にも入れず追い返される。子供たちの一人がそう言って止めたが仲間の誰もその言葉には従わなかった。
そう。そうなった方が幸せだったのかもしれない。でもそうはならなかったんだ。村長は子供たちに自分の家を家探しさせたんだよ」
クーラーが効きすぎていると感じた俺はクーラーのリモコンを手に取る。だが室温26度のままだ。
席に戻ったのを見届けた後、芽理亞が話し始める。
「勿論、子供たちは喜んで村長の家を探し始めたんだ。村長の家の使用人たちが幽鬼みたいに顔面蒼白の中でね。彼らはすぐに自分たちを引っ張ってくれた少年も姉代わりだった村一番の器量を持った少女も自分たちが見つけるんだと息巻いていた。そう。見つける事が出来たら彼らは幸せだったのかも。でも現実はそうはならなかった。幾ら時間が経とうと誰も見つかる事はなかった。そう、着ていた物は勿論の事、血の一滴すらも……そして更に時が経って夕方になっても。
夕方からも時間が経って山の向こうに月が登ってき始めた頃に村長は昨日とは打って変わって優しい口調で子供たちを追い返したんだ。もう暗いから家にお帰りと。その言葉に子供たちは渋々帰路についたんだ」
芽理亞の顔を見ると彼女はその人形のような顔から表情を消してただ赤い唇を動かしていた。
「そして家に帰り着いた彼らを待っていたのは鍋から漂ういい匂いと米の香りだったんだ」
「? 飢饉で食べるものがなかったんだろう?」
一つの可能性を思いつき、俺は眉を顰める。
「匂いの正体はぼたん鍋だよ。日本では肉食は多くはなかったけどなかった訳じゃない。そして二人を探していた子供たちは余りに美味しそうな匂いと食べた事のない味に舌鼓を打った。
そう。自分たちが慕っていた二人の存在すら忘れてしまうほどに。そして久しぶりに腹一杯に満たされた彼らはそのまま眠ってしまったんだ。
その次の日から子供たちは全員何事もなかったかのように別の遊びを初めて長かくれんぼの事は忘れ去ってしまったんだ」
語り部たる美貌の少女は口の端を吊り上げて笑う。
「酷い話さ。二人には物凄くお世話になってたのに探す事すら忘れてしまうなんて……でもそれだけでは終わらなかったんだ。飢饉を凌いで冬が来た。
今度は村から子供たちが一人。また一人と消えて行ったんだ。ま、簡単に言うと神隠しかな。あの鍋を食してから半年以内に村から子供たちが消えた。それも村長の家でかくれんぼをしていた子供たちだけが……」
「間引きか」
俺は絞り出すように単語を発していた。
「ああ、そうなんだ。長かくれんぼとは、長、即ち村長がこの村にとって要らない人間と奉公に出す人間を決定する因習だったんだ。そして子供たちが食べた鍋の肉は奉公に出すいや最年長の二人を売り飛ばしたお金で手にしたものだったんだよ。少年は炭鉱へ。少女は遊郭へ。
ある意味で二人を食べたようなものだね。そう口止め料だったんだ」
「じゃあ、なんで子供たちが──」
「なぜ子供たちが消えたか。……実に簡単な結論だよ。そう。長かくれんぼに参加したいやさせられた子供たちは村にとって必要ない子供たちだったんだ。体が小さかったり器量が悪かったり素行が悪かったり間引く対象だったんだよ。
この国には『7歳までは神のうち』なんて言葉もあるだろう?
自分たちの為に神様に帰してしまえ。村が存続するために。そして最後に振る舞われた鍋は彼らへの選別だったんだ。せめてもの親心だったのかもしれない」
無表情の中で口端だけを釣り上げて語る芽理亞に不気味さを覚えながらため息を吐いた。嫌な話だ。
「ま、よくある話だった。ここまでなら」
書斎の主は書斎机から降りて向かい合うソファーの真ん中に挟まれていたテーブルの上に置かれたコップに入れてあった麦茶を飲み干す。
「ここまでなら?」
「そう。この話には続きがあるんだ。仲間の子供たちの家探しを止めた少年が一人だけ生き残ったんだ。村長が子供たちを止めたのを見て彼だけ生かしたんだ。
使用人たちが顔面蒼白だったのは村長の家で家探しした子供たちが全員間引かれるのを知ってたから。そして彼が成人して村長を引き継いだ頃から異変が起こる。村の周囲で男は惨殺死体で見つかり女は老婆のように歳をとり裸で錯乱して会話もできない状態で発見される事件が頻繁に起きるようになったんだ。
勿論、その頃は幕末で山奥の村に助けなんか来ない。村の男たちは自分たちの手で犯人を始末しようとした。丁度満月の夜だったのもあってね。だが村の男たちは全滅し、襲われた女は誰の事もしれない子を宿していた」
その言葉に俺は身震いする。
「そして最後に残された村長の前に一人の人物が現れた。歳をとってはいたが子供の頃に自分が慕っていた最年長の少年だった」
「『どうして裏切った!』」
芽理亞が書斎机にコップを置く音が響いた。その音に俺は体をビクッと動かす。
「事実を明かしてしまえばなんて事はない。みんなを止めた子供は村長の子供で最年長の少年は自分と少女を助ける条件で長かくれんぼに参加していたんだ。そして村長の悲鳴が村に響き渡った。
数日後、連絡が途絶えた村にやってきた商人が見たのは息絶えた男たちとそして腹の中に子供ではなく石を詰められて絶命していた女たちだった。最後まで生きていた村長の姿は発見できなかった。そしてすべての村民を失った村は長かくれんぼと共にこの世から消滅したんだ」
一気に喋り立てて芽理亞がゆっくりと息を吸う。
「一番怖いのは人間という話か?」
「それがそうとも言い切れないんだ。なぜなら最年長の少年は炭鉱に送られてから1年も経たないうちに死んでいたんだ。そしてもう一つ。
長かくれんぼは最初に提供した家の子供を贄として捧げなければならないという制約があってね。それを破ると関わった人間がすべてこの世から消える事になる。
代々受け継がれてきた事だから前の村長は知ってた筈なんだ」
俺の言葉を首を横に振って否定する。不思議な事に芽理亞の顔にはスッキリとした表情が浮かんでいた。
「じゃあ、どうして……」
かろうじて絞り出した言葉に笑い声が返ってきた。
「色々考える事は出来るけど答えははっきりしないし考えても憶測でしかない。……私の怪談はこれで終わりだよ。ワトが楽しんでくれたのなら光栄だ」
美少女は俺も前を通り過ぎて書斎から出ていく扉のドアノブに手をかける。
「さあ、昼にでもしよう。君の雇い主である私が奢るよ。そうだ。新鮮なぼたん鍋にしないか?」
おぞましき怪談を語った芽理亞は振り返りながら笑った。現実感の薄いアルビノ的な美貌に魅入られながら俺は彼女の提案に頷いた。
芽理亞が自分の右目を指で指し示しながら唇を動かす。
「あともう一つ。……売り飛ばされた少女は赤目だったそうな。これは偶然かな?」
久しぶりに投稿しました
書くのも何年ぶりでしょうか
楽しかったです