記憶
「お嬢様。もうすぐご自宅に到着いたします」
「んー」
運転手がそう言うと、千聖は伸びをしながら答えた。
「眠いのか?」
「うん……ちょっとね」
さっきから音楽を聞いているみたいだっから、そのせいだらうか。
俺も熟睡できるという音楽を聞いた時はぐっすり眠れた。
「少し寝るか?」
「ううん。ありがとう」
千聖はいつもの声色ではなく、どこか心配しているような、不安になっているような、そんな声色だ。
体調でも悪いのだろうか。
なにか俺にできればいいんだが…。
「そうか」
「……そーちゃんに頼み事があるんだけど、いい?」
「もちろんだ」
「少し行った先にパン屋があるんだけど、そこの苺クリームパンを買ってきてくれないかな…?」
「わかった。行ってくる」
リムジンだとパン屋には行きづらいのだろう。
この声色は腹が減ったからか。
動けないほどに腹が減ってるなら俺が早く買ってこなくては!
千聖が合図を出すと、リムジンが停止した。
「んじゃ行ってくる!」
「気を…つけてね……」
千聖は最後まで弱々しい声色だった。
そんなに腹が減ってるのか!?急がないと!
俺は千聖の腹事情を心配してパン屋まで全力で突っ走った。
リムジンから少し離れたところを走っていると、後ろから騒々しい音が鳴り響く。
暴走族だろうか、二台ほどでどデカい音を出しながら走っている。
近くになるにつれ音が大きくなる。
う、うるせえ!!
俺は耳を塞ぎながら走ることにした。
バイクの音が真隣に来た瞬間──────。
「おらぁっ!!!」
「っっっ!?」
鈍い音が出たと同時に頭に強い衝撃が走る。
感じたことがない…ちがう感じたことのある痛みだ。
いや、あの時はもっと酷かった……。
バットじゃない……あれは、刀…?
それを認識した瞬間、見知らぬ記憶が脳裏に流れる。
『そんな貧弱な振りをするな!』
『ちがう!!そうじゃない!!拳には全身の力を乗せろ!!』
『なぜお前はできないんだ!!!』
誰かが叫んでいる。
でも顔はわからない。顔に霧がかかったように顔が隠れている。
でも、俺はこの人を知っている……。
『痛みとはこういうものだ!』
それが刀を振る。これは真剣だ。
目の前に血飛沫が上がる。
誰か斬られたのか……?
『痛みとはこのことだ!これ以上味わいたくないなら立て!』
ちがう…斬られたのは……斬られたのは……!
─────────────!!!
「よっしゃいっちょ上がり」
「これでどうするんスか?」
「総長が俺の所に連れてこいだってさ」
「りょうかいっス」
三人の男は蒼太の方に目を向ける。
さっきまで倒れていたはずの蒼太は、なぜか立っていた。
「あ?お前ちゃんと殴った?」
「な、殴ったスよ!!」
「はあ……とりあえずもう一発殴っとけ」
「ういっス!」
男が蒼太にバットで殴りかかる。
バットが蒼太の頭上に迫ったその時、男の目の前にあったのはアスファルトの地面であった。
ゴッと生々しい音を立てて男は倒れた。
「おまっ、なにしてっ」
「がああああああああああ!!!」
「っ!?」
男は強烈な叫びを上げ、のたうちまわる。
「なにしてんだ!いったいなにがっ…!?」
男の腕は片方なくなっていた。
意味のわからない光景にもう一人の男は口が塞がらない。
思考が停止し、我に返ったときには口の中に鉄の味がした何かを入れられていた。
「あがっ」
「動いたら殺す」
「ふがっ、へがっ!?ふぐふぐ!!」
───銃を入れられていると分かった男は、首を縦に何度も振る。
「蒼太様を確認。至急医療班を頼む」
蒼太と男二人を、黒服の男達が囲んでいた。
星や感想などモチベになりますのでよろしくお願いいたします。