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 俺のSNS投稿は、1000件以上の反応が返ってくるのがほぼ当たり前。フォロワー数は千を超えた。俺は、今話題の投稿者だ。



 __拡声器を持った豚男が現れた。



 俺の投稿文で、一番反応が多いのがこの内容。

 この文言の後には、どこで、どんな事件だったか。それらを延々と投稿する。

 数日後、また同じ文言で始めて、数件投稿をする。

 投稿日数は少ないけれど、日に日に反応は増えていく。それに伴って、俺の承認欲求も、日に日に満たされていく。

 俺の投稿の話題の中心、『拡声器を持った豚男』。

 そいつは、人が死んだ現場に、必ず数日以内に現れる。そして、電源の入っていない拡声器で一言二言喋ってから、去っていく。


「お悔やみ申し上げます」

「なんで死んだんだ、馬鹿野郎!」

「次こそはいい人生だとは限らねぇからな」


 喋る内容は一貫性がない。弔う言葉、馬鹿にする言葉、友のような言葉。

 俺は、只管それを追って、写真を撮って、投稿する。

 初めは自作自演を疑い、罵るコメントばかりだった。また、死人に対して無礼だという、正義感に満ちたコメント。

 そりゃそうだ。

 こんなの話題作りの為にしているに過ぎない、そう思うのが普通だ。俺だって、初めはやっててそう思った。

 けれど、次第にその声は薄れていく。何故か?豚男が各地で見られるからだ。

 俺が投稿しない日に、別の誰かが豚男の目撃情報を流す。すると、俺だけじゃない別の誰かも共犯だと思われる。

 けれど、もし何百人も目撃情報を出したら?

 俺がたまたま最初の発見者で、遭遇率が高いだけで、共犯じゃないと思うのではないか?

 豚男の目撃情報の八割は俺だけれど、残りの二割は顔も知らない、何処かのネット住民。

 俺は次第に注目されていった。

 豚男の目撃は各地でされても、その情報が一番多いのは俺だ。殺しをするでもなく、ただ言葉を投げかけていくその男に、人々は次第に憶測を飛び交わせる。

 その言葉の意味、出現場所、何故人が死ぬとすぐに出てこれるのか。

 最初は豚男こそ、殺人犯じゃないかと噂された。が、他殺ならばきちんと犯人が出ていたし、自殺なら警察の太鼓判。そんな噂はすぐ消えた。




   *




「SNSで目撃情報を流せ」


 そいつと出会った俺への指示はそれだけだった。投稿内容は指示されない。ただ、『見た』という事実があれば良い。

 あの日、あの場所こそが、豚男誕生の場所だったのだ。俺はたまたま居合わせた、その瞬間に。

 豚男は言った。


「俺の存在を、行動を世間に広めたい」


 俺は、豚男に萎縮しながらも言った。


「SNSでバズるネタが欲しい」


 結果、俺らは互いに互いを利用することにした。所謂、利害の一致。

 俺がSNSで情報発信のアカウントを作成する。

 豚男には、定期的に俺に連絡を入れるようにさせる。内容は、【どこで】【どんな殺人現場】か。それだけ。

 場所によっては行けないこともあるし、現場内容次第では、俺は行かない。行くも行かないも自由だ。

 しかしどうだッ!

 俺が豚男の誘いに乗って、初めてSNS投稿をした日には、アンチコメ含めて数100件以上の反応が来た。今まで、ずっとSNSをやってきたが、こんなのは初めてだ。

 そこからは、ズブズブだ。

 誘いが来れば、可能な範囲で行く。流石に県を跨ぐと厳しい時もあるが、行けなくない距離なら、親に隠れてでも行く。

 次第に、俺は人気投稿者に、豚男は世間の注目の的に。それぞれが、それぞれの目的を達成した。

 初めの頃は、遺族や死んだ人への申し訳なさを抱いていた。だが、回数を重ねる内に、むしろいいんじゃないかと思えてきた。本当なら、闇に葬られたであろう事件が、世間に注目されて、顔も名前も知らない多数の人から悼まれる。

 一人で、二人で、集団で。亡くなった人々に、多くの人が同情や共感をする。

 いいじゃないか、孤独に死んでいくよりマシだ。

 そんな思いを抱いた頃には、もうダメだった。



__俺は、死んだ奴らの存在を表明してやってるんだ。



 そんな、傲慢な思いを、まるで傲慢とは思わずに過ごすようになってしまった。

 学校には勿論、普通に通った。

 クラスでは相も変わらず、同級生たちが何気ない話を繰り返す。

 授業・部活・家庭・趣味・習い事……そして、SNS。

 自分の投稿や、他人の投稿。何の壁もなく、ありとあらゆるジャンルのSNS内容を語り合う。

 その中には、『豚男』の……否、『俺』の、SNSについての話題も含まれていた。


「『豚男』って知ってる?」

「人が死んだ場所に現れる男のことでしょ?知ってる」

「結構、色んな所で目撃情報あるけどさ……」

「やっぱりあの人の投稿が一番凄いよね」

「本人じゃないかって噂」

「えぇー、それは無いでしょ」


 …………最高だッ…………。

 今や、俺はただの冴えない学生投稿者の枠を飛び出たのだ。

 『俺』の投稿に、みんなが注目しているッ。




   *




 深夜零時。

 いつものように、何をするでもなくSNSを巡回していたら、連絡が入る。

 あの男からだった。


【××駅近くの公園】【学生他殺】


 ……最寄り駅じゃないか。

 指定された駅は、奇しくも豚男と出会った踏切のすぐ近くだった。果たして学生の他殺事件なんてあっただろうか?

 まあ、いい。みんなが『俺』の投稿を待ってるんだ。



「よぉ」


 真っ暗闇の中、豚男が真っ黒な服に身を包んで佇んでいるから、真っ白な拡声器は宙に浮いているみたいだ。


「なあ、ここで人が死んだなんて、俺知らなかったんだけど」


 カメラとSNSアプリを開きながら、顔も向けずに問いかける。


「ああ、まだ新しいからな」


 豚男は、「そんなことも知らないのか」とでも言いたげに、肩を竦めて答える。

 このために有料の夜用カメラアプリを買った。が、アップデートのお知らせが入ってしまう。クソッ。


「悪い。カメラのアップデート忘れてた」

「おいおいおいぃ。しっかりしろよ」


 豚男は不機嫌さを隠すでもなく責め立てる。


「悪かったよ……すぐに済ますから」


 俺の返答に、ひとつため息を零して豚男は拡声器で自身の肩を叩く。


「……そういや、投稿。どんな様子だ」

「なんだよ、あんた見てないのか?『俺』の投稿」


 自分で発信して欲しいと頼んできたんだ。てっきり細かく確認しているのだと思っていた。


「生憎、SNS確認の暇なんて無いんでね」

「ふぅん。反応は上々だよ。俺のクラスメイトも結構話してたし。反応は毎回1000は超えてる。流石にボロが出そうだから断ったけど、雑誌からのインタビュー記事のお誘いも来た」


 SNSで何でも情報が手に入る時代。

 ネタだって、一般人が簡単に発信できる。それらを早くにキャッチし、雑誌にすれば注目される。

 けれど、流石の俺でも、独断でやってるんじゃない内容を、一人でインタビューを受けでもしたらボロが出るに決まってる。

 それに、変に目立ってしまう。なんのために、学校で『俺』の投稿を見ている奴らに正体を隠してると思ってるんだ。

 それはひとえに、反応を第三者目線で見たいから。

 まさか、同じクラスの、隣の席の、同じ委員会の、同じ係の……。俺がその話題の投稿者だなんて、誰も夢にも思ってないだろう。更に、俺の学校の知り合いと繋がっているアカウントは、今もくだらない日常を綴っている。そんな俺が!実はあの『豚男』の投稿者だなんて……。

 知らせないことがこんなに快感だなんて、知らなかった。


「そうかぁ……、フォロワー数は?」

「なんだよ、そんなの気になんのか? 今は、1000人くらいかな」

「意外と少ねェな」

「フォローはしたくないけど、見たいって人も多いんだろ」

「ふぅん」


 こいつ、本当になんも知らねえのかよ……。お、終わった。


「待たせたな。アップデート終わった」

「おう。じゃあ、今日は連射しててくれ」


 は?

 撮り方に指定が来るなんて初めてだ。それに連射しててくれ? 変な指定だ。

 けれど、これも『俺』のSNS生活のため。仕方ない、従ってやるか。


「分かった。もう始めていいか」

「おう。俺が止めるまで続けろよォ」


 シャリリリリリリリリ。

 細かく刻まれる、シャッター音。

 ずっと同じような姿勢の豚男がそこには写ってる。

 撮り始めて数秒後、豚男はいつものように、ゆっくりと拡声器を口元に持っていく。

 そして、ゆっくりと、俺に近づいてくる(・・・・・・・・)

 …………は?

 戸惑う俺を他所に、そいつは尚も近づいてくる。嫌な予感がする。

 そっとスマホを下ろそうとする、と。


「下ろすなッッッ」


 今までの気怠い喋り方とは打って代わり、鋭く怒気を孕んだ声だった。

 驚いて肩が跳ねた俺は、その声に対する、普段と違う雰囲気に対する、恐怖から、震える手でシャッターを切り続ける。


「お前はぁ……」


 すると、豚男はいつものように喋り出す。

 いつもは写真を撮りながらメモをしているが、今日は出来ない。一言一句、間違えずに覚えないと。

 そんな俺の頑張りを無視して、豚男は続ける。


「『俺の』って、言ったな?」


 なんの事だ……。死んだはずの学生に対する言葉にしては、違和感がある。


「『豚男の』投稿で、有名になることが出来たのに」


 あ。


「まるで、自分の功績かのように、『俺の』って、言ったな?」


 ダメだ。

 ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。__ダメだ。

 息がし辛い。上手く酸素を吸えない、上手く二酸化炭素を吐けない。本当なら今すぐにスマホなんて放り出して、走って逃げたい。ここは近所の駅だ。すぐに交番もあ……あ、公園。

 公園は、駅からも住宅地から少し離れた、絶妙に人通りの少ない位置に設置されている。その理由から、子供も遊びに来なくなり、次第に忘れられていった。そんな場所から逃げても、助けを直ぐに求められる気がしない。

 頭の中で延々と無駄な考えを繰り返している内に、豚男は俺の目の前に立っていた。

 俺よりも三十センチは高い身長。目の前に立たれれば、自然と見上げるしかない。

 目を見開き、口をパクパクさせながら、俺は豚頭を見つめる。


「お前の望みは、『SNSでバズりたい』、だったか。叶ったじゃねェか。『俺の』なんて言える投稿も出来てよォ」

「そ、れは……」


 言葉が出てこない。

 やがて、俺は豚男の手の中に、拡声器を持っていない手の中に鈍く光るそれを見つけた。

 あぁ……。俺は、なんで毎回細かいところまで目が行かないんだ。


「お前の望みが叶ったなら、この俺のお陰で叶ったなら。今度は、俺のを叶える番だよなァ」


 そう言って、手に持ったナイフを俺に向ける。

 もう、抵抗する気なんて失せた。だが、ひとつ引っ掛った。

 何だって? 『今度は俺の番』? お前の望みは、


「『俺の存在を、行動を世に知らしめたい』」


 そうだ、そう言ったんじゃないか。

 投稿によって、広めただろ。死人が出る夜に、拡声器で言葉を投げかけるあんたを。


「いつ、俺が広めたい行動がそれだと言った?」


 いや、投稿したらそれで……。



「俺は、『殺された人の言葉を、好き勝手に広める姿』を、広めたいんだよ」



 月明かりを反射して、ナイフが俺に突き刺さる。

 これは、罰だ。自分の承認欲求なんてもののために……死んだ(・・・)人達を……夜な夜な……軽んじ……。



__カシャリ。




   *




「ねえねえ、知ってる」

「何?」

「また『豚男』が現れたって」

「そうなの?」

「なんか今回は、ウチらと同じ、学生だって」

「へ〜。なんて言葉を掛けたの?」

「えっと、ね」




『人が死ぬ(・・)夜、豚男が拡声器片手にやってくる』

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