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「バズる」。
SNSをやっている人間なら一度は耳にしたことがある言葉。子猫の動画に、仰天するようなニュース、豆知識……etc。「みんなが話題にしてる」「流行ってる」、そういう意味。SNSをやってる人間なんて、所詮、承認欲求の塊。誰もが一度は思ったことがあるんじゃないか?
__「バズってみたい」。
かく言う俺も、一度はバズってみたいと夢見ながら、今日もSNSを更新する。
そんな俺の投稿内容はと言うと、
「授業が最悪、クソつまんねぇ」
「課題やってねえ、死んだ〜ww」
バズりには程遠い。フォロワー数も、100人ちょっと。殆ど学校の知り合いばかり。こんなんじゃ、バズるなんて程遠い。
もっと、もっと面白い内容。世間がまだ知らない内容。どうせなら派手なヤツがいい。
動物のゆるふわ動画なんてありふれてる、下手な豆知識なんて、最悪アンチコメが大量に来るかもしれない。
可哀想な人の話、人が死んだ話、逆境を乗り越えた人の話。
もっと、もっと、もっと__!
*
ファンファンファン、と。
スマホを片手にした俺の前にパトカーが何台も止まっている。
目の前には飛び散った肉片。大量の人。人。人。
なんだ?何が起きた?
「君、大丈夫かい?」
年配の警察官が声を掛けてくる。
すると、さっきまで忘れていた吐き気が今になって込み上げてくる。
俺は返事をする代わりに、大量に吐いた。コンビニ寄り道して食べたフライドチキンが、ドロドロになって出てくる。胃液の匂いとドロドロな内容物、それを認識して、更に吐き気が促進される。
警察官は急に吐いた俺に嫌な顔をするでもなく、ただ「大丈夫」「落ち着いて」「吐ききった方が楽だ」と声を掛け、背中を摩り続けた。
そうして、余計なものを排出していくうちに、何があったのか思い出した。
そうだ、目の前で人が死んだんだ。電車に、走って……。
__書き込まなきゃ、話題になる。
それしか頭に浮かばない。SNSに書きたくて仕方が無いけど、吐いた時にスマホを落とした。それに、警察官の前で書き込みなんて出来ない。
そもそも書くためにはもう一回思い出さないと、絶対に無理。吐く。
吐いて、吐いて、吐いて、吐いて……。
胃の中が空っぽになって漸く、俺は自分が泣いていることに気がついた。
果たしてこの涙は、初めて目の前で人が死ぬ瞬間を見たからなのか、それとも吐いたことによるものなのか。
SNS中心の俺は、この問いをネット住民に投げかけるしか、答えを見つける方法は無かった。
しかし、その方法は呆気なく封じられた。
「今回のこと、くれぐれもSNSなどには投稿しないようにね。不謹慎だと誹謗中傷にあったり、何より君の身元がバレる危険があるから」
人身事故があった現場を探せば、ある程度把握出来る。何より、俺の持っているアカウントは、学校の奴らと繋がっているのだけだ。バレるどころか知っている奴ばかり。
そこで誹謗中傷でもされてみろ、俺の学校生活は終わりだ。
取り敢えず、この日は軽い事情聴取の後、警察官が自宅まで送ってくれることになった。
事情聴取とは言え、俺はただ電車を待っているだけで、死んだ奴は俺のかなり後方から走って踏切に入ったそうなので、生前の行動なんて知らない。
顔も名前も知らない奴だった。
結局、俺があの時間に踏切にいた理由(学校帰りだから)、名前、学校などを聞かれるだけで終わった。
何も悪いことをしていないのに、学校名や実名を抑えられるなんて気分が悪い。
そんな顔を隠して、玄関に迎え出てくれた母と共にパトカーに頭を下げて見送る。
その日は、両親がいつも以上に優しくて、少し気持ちが悪かった。
深夜、ベッドに寝転がりながらSNSを開く。
適当な投稿に反応して、閉じて、また開く。それを三時間くらい行ってから、スマホを落とす。
どうしても寝れない。
目を閉じると、人が急に現れて、消える。
その映像が延々と繰り返される。また吐き気がしてきたのでトイレに駆け込む。けれど、食欲がないと言って夕飯を食べなかった俺からは、何も出てこない。
やがて、脳裏を過ぎるのは映像だけではなくなった。
__やっぱり、アレ。バズったかなぁ。
警察官に止められてしまったし、無理だろうけど、あんな一生に一度あるかないかな体験、今一度書いておきたいと思ってしまった。
頭では分かっている。
そんな考え異常だし、何より不謹慎だ。
死んだ人の思いや、その人の家族。友人。知り合い。見知らぬ人たちの怒鳴り声が聞こえてくる。
「俺たちの大切な人が死んだ悲しみよりも、自分のSNSか!ふざけるな!」
俺だって、そっちの立場なら同じことを思っただろう。
けれど、非日常を体験したら、誰かと共有したいという思いも、お前たちは分かるんじゃないのか?今までの人生で一度も、全く、絶対に、無いと言いきれるのか?
けれども、やっぱり無理だ。今でも、思い出しただけで吐き気が込み上げてくる。
直ぐに忘れるしかない。忘れたら、吐き気も、不謹慎な考えも、何もかも無くなる。
……けど、どうやったら無くせるだろう?
*
次の日の放課後、俺は花を片手に踏切に来ていた。花屋に寄って、長時間悩んでいたから、かなり遅くなってしまった。もう辺りは暗くなって、ほぼ夜だ。
踏切には既に花が添えられており、それは俺が持ってきたものより豪華だった。
仕方ないだろ、学生の財力を甘く見るな。一本買えただけでも十分だと思ってくれ。
そっと目立たないように、他の花に隠れるように置いて、軽く頭を下げる。
もともと降車する人が極端に少ない駅なので、時間帯が遅せいか、周りに人は居なかった。けれど、手を合わせたりなんかして下手に目立つのは嫌だったから、会釈で済ます。
今日の目的は、花を添えることじゃない。否、目撃者として、花を添える事も、使命感のようなものに突き動かされて目的のひとつとしていたが、一番ではない。
一番の目的は、改めて現場を確認することで、実際に人が死んだことを思い出し、それをネタにするなんてあまりにも失礼で不謹慎で、恥ずべき行為だと自分に認識させること。
……大丈夫、俺はこの人に対して、悼む気持ちを抱けた。大丈夫……。
「なんだぁ? お前、ここで何してる?」
振り返ると「豚」が、いた。
太っているとか、そういう比喩じゃない。本当に豚だった。……ただし、首から上だけ。所謂、被り物。
背がかなり高い。同年代の平均程しか無い俺より、三十センチは高い。自然と俺は首を上に向けることになる。
手も足も胴も、ヒョロ長いその男は、豚なんかのイメージからは程遠い。しかし、首から上は、やけにリアルな造形をした豚だった。
黒いジャンパーに、黒いスキニー。街灯が灯り始めた道に、すぐ溶け込んでしまいそうな格好。夜闇の中に豚の頭だけが浮かんでいて、不気味だった。
「ッ……」
「んん? おいおいおいおい、まさか、声が出ないなんて言うなよ?」
その通りだよ。長身の豚頭なんて、萎縮しない訳が無いだろ。
豚男の声は低く、腹に響く。それだけでも、俺の声が出ない理由になり得る。
豚男は頭(?)を掻きむしる素振りを見せると、ひとつため息をつく。
「まぁ、いいや。別に。それより、聞きたいことがあんだけどさぁ」
そこで、俺は気づいた。いや、むしろこんな真っ黒な男を見ていて気が付かないなんて有り得ない。豚頭に目が行き過ぎて、反応しなかっただけ。
そいつの片手の中には、真っ白な拡声器が握られていた。
拡声器に目が行った俺に構うことなく、豚男はゆっくりとそれを口元に近づける。
そして、電源の入っていないそれで、俺に問いかける。
「ここで人が死んだって聞いたけど、マジ?」