止
今、なんかお兄ちゃんが転んだような気がする。
バイトから帰ってきたのかな?
自室のベッドで寝ていた夏樹は上体を起こすと、大きな欠伸をした。
ベッドから出た夏樹は机の上にあった端末を手に持つと、ライト機能をオンにした。
懐中電灯の代わりにしたのだ。
彼女は二階から一階に移動した。
玄関、リビング、キッチン、トイレ。
あと見ていないのは洗面所と浴室だけ。
夏樹は端末のライト機能をオフにした後、洗面所と廊下を隔てている扉を開けた。
その後、彼女は浴室と洗面所を隔てている扉を開けた。
すると、そこには……。
「……お兄ちゃん……童子ちゃんに何してるの?」
「夏樹! あっ、いや、これは違うんだ! 転んだ拍子に僕が童子に覆い被さる体勢になっただけなんだ! だから、これはそういうのじゃない!」
分かっている。
兄に女性を襲えるほどの勇気がないことも、兄が自分以外の女性にこういうことをしようと思ったことなど一回もないことも。
しかし、そんなことなどどうでもいい。
自分はそんな体勢で兄に迫られたことは一度もない!
事故だとしても、ズルイ!
腹立たしい! ムカつく!
「へ、へえ、そうなんだー」
夏樹は端末で誰かに電話をかけようとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 夏樹! 誤解だ! 話を聞いてくれ!」
兄がこちらに近づいてくる。
自分に触れようとした時、彼は足を滑らせた。
「……いててて。ごめん、夏樹。大丈夫か?」
自分の目の前に、兄の唇がある。
大好きな兄が自分に覆い被さっている。
やるなら、今しかない。
「おい、夏樹。大丈夫か? 僕のこと、誰が分かるか?」
分かる、分かるよ。
お兄ちゃんは私のもの。
お兄ちゃんは私だけのもの。
他の誰かになんかあげたりしない。
だから、今ここで私のものだという印を付ける!
「……まったく、あなたはいつまで実の妹に裸体を見せつけているんですか? 早く退いてください」
「え? あー、そうだな」
え? ちょ、ちょっと待ってよ!
私はまだ何も!
兄が自分から離れる。
あと少しで自分のものにできたかもしれないのに、それをする前に……。
「……どうして?」
「ん? おい、夏樹。今、なんか……」
夏樹は勢いよく起き上がると、黒い長髪を針のように硬化させて、その先端を座敷童子に向けた。
「どうしていつもいつも私の邪魔ばっかりするの! ねえ、どうして!」
「おい、夏樹。何、怒ってるんだよ。少し落ち着けよ」
妹は僕を睨みつける。
「お兄ちゃんは少し黙ってて!」
「え? あっ、はい、すみませんでした」
座敷童子は彼にバスタオルを渡すと、自分の体にバスタオルを巻いた。
「夏樹さん、ご近所迷惑ですよ。少し落ち着いてください」
「黙れ! いつも私とお兄ちゃんがいい感じになってる時に限って邪魔ばっかりするくせに!」
この女は敵だ。
そう、この女は私の敵だ。
「邪魔? あなたたち二人を兄妹以上の関係にしないようにしているだけですよ?」
「それが邪魔だって言ってるのよ!」
こいつを早く消さないといけない。
「そうでしたか。ですが、私はそれをやめるつもりはありません。なので、諦めてください」
「黙れえええええええええええええええええ!!」
妹の黒い長髪が座敷童子に襲いかかる。
「はぁ……小娘の面倒を見るのは骨が折れますね」
座敷童子はそう言うと、妹の髪に指で『止』と書いた。
その直後、妹の黒い長髪は全く動かなくなった。
「あ、あれ? どうして急に動かなく……」
「少し頭を冷やしなさい」
座敷童子の無言の腹パンが妹のみぞおちにクリーンヒット。
妹は気を失った。




