くそ! この体はもうダメだ!!
木下巡査の両親は僕のことを本当の家族のように接してくれた。しかし、一つだけおかしな点があった。
「華菜さん、もう寝ちゃいましたか?」
「ううん、まだ寝てないよ」
「そうですか。では、一つだけ教えてください」
「なあに?」
僕は布団に横になっている彼女に言ってはいけない質問をした。
「あの二人は本当にあなたのご両親ですか?」
「……ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」
「あなたは被害者ですか? それとも加害者ですか?」
「ちょ、ちょっと、それ、どういう意味?」
「ここに来る前、座敷童子の童子が僕にこんなことを言ったんですよ。この家は廃墟であり『木下 華菜』という人間はこの世には存在しないと」
「ちょ、ちょっと何言ってるの? 私はここにいるじゃない」
「そうですね。たしかにあなたはここにいます。けれど、この家にいるのは全員……人ではない何かです」
「……いつから気づいてたの?」
「あなたと出会った時から疑念はありました。しかし、ここに来てようやくそれが確信に変わりました。木下さん、あなたはいったい何者なんですか?」
「……雅人くん、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「僕を消したら僕の妹があなたの息の根を止めに来ますよ」
「ひどいなー、私はそんなことしないよ。まあ、君の心臓はどんなことをしてでもいただくんだけどね!!」
彼女の両親が勢いよく襖を開けて寝室にやってくる。二人は真っ赤な瞳を輝かせながら僕に襲いかかる。それと同時に黒い長髪が二人を宇宙までぶっ飛ばした。
「なっ! だ、誰! なんでこんなことするの!?」
いつのまにか立ち上がっている木下さんが外に目を向けるとそこには黒い長髪をなびかせている少女がいた。
「お前か? 私のお兄ちゃんに手を出そうとしたのは」
「あ、あんた、誰!? どうしてあんなことしたの!?」
「あー、そういえば、お互い初対面でしたね」
僕はゆっくり上体を起こすとスッと立ち上がった。
「紹介します。彼女は僕の妹、夏樹です」
「う、嘘よ! だって、彼女がこんなに強いだなんて情報どこにも!!」
「人間も妖怪も自分の手の内を晒すようなことはあまりしたがりません。なぜだか分かりますか?」
「え、えーっと、自分の弱みを知られたくないから?」
「うーん、まあ、それもありますが、自分という存在を知られたくないからというのを付け加えてほしかったですね」
「う、うるさい! 黙れ! おとなしく私に心臓を差し出しなさい!!」
「木下さん、あなたは今、絶対絶命の大ピンチです。助かる道は二つあります。一つは立派な警察官を目指して日々精進すること。そして、もう一つは傀儡師として生きていくことです。まあ、あなたがどちらを選択するのかはすでに分かっていますが」
「だ、黙れ!! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 私は! 私の目の前で両親を車で轢き殺し、それをなかったことにした警察を許さない! 絶対復讐してやる!! そのためなら私はなんだってする!!」
「はぁ……そうですか。では、しばらく人間の闇のおもちゃになってください」
僕が手の平から人間の闇を出し始めると彼女は恐れ戦き始めた。
「ま、待って! それだけはやめて! 私、まだそういうことしたことないの!!」
「聞いたか? こいつ、まだ生娘なんだってよ」
人間の闇は僕の手の平の上で嬉しそうに飛び跳ねた。
「や、やめて! 私で興奮しないで!!」
「それは無理だ。だって、これは……人間の闇なんだから」
「お願い! 今後一切あなたの心臓を狙わないから今回だけ見逃して!!」
「うーん、どうしよう。僕は別にどうでもいいんだけど、その場凌ぎの嘘かもしれないからなー」
「ねえ、お兄ちゃん。この女、私が飼ってもいい?」
「別にいいけど、ちゃんとお世話できるのか?」
「できるよー。まあ、とりあえずハチの巣にするけどね」
「ハチの巣ってお前な……。まあ、ほどほどにしとけよ」
「うん! 分かった!! えーっと、これからよろしくね♡」
「い、いや……いやああああああああああああああああ!!」
くそ! この体はもうダメだ!! 早くこの体から出ねば!!
「おっ、やっと出てきたか。おい! そこの悪霊!! どうしてこの付喪神に色々吹き込んで傀儡師にしたんだ?」
「そ、それは……お前とお前の家族を亡き者にするためだああああああああ!!」
「そうか、分かった。もういい、今すぐ消えろ」
「な、なんだ!? これは!! や、やめろ! 人間の闇に飲み込まれたくなんか……う、うわああああああああああ!!」
「はぁ……精神状態を不安定にしないと出てこない悪霊を倒すためとはいえ、彼女には悪いことをしたな」
「そんなことないよ。お兄ちゃんはいいことしたよ。えらいえらい!」
「そうか? まあ、そういうことにしておくか」




