携帯の番号
鬼姫は僕と交代した直後、容姿がハイエナの男性客にこう言った。
「お客様、周りをご覧ください」
「はぁ? なんで俺がそんなことを……」
鬼姫は僕の鬼である。
僕に鬼の力が宿っているのは彼女の力が僕の中にあるからである。
僕は座敷童子にその力を使うなと言われているため、力の持ち主である彼女と交代したのである。
つまり、今まさに僕と鬼姫の精神は入れ替わっているのである。
「いいから周りを見てみなさいよ。ほら、早く」
鬼姫は鬼の力の一つである威圧を使った。
「は、はい、分かりました」
諸悪の根源がファミレス内を見渡す。
「あんたのせいで他のお客さんたちは酷く怯えてるのよ? この責任、どう取るつもりなの?」
「あ、あの……えっと……」
鬼姫は彼の耳元でこう囁く。
「あたしが今から言うことをすぐに実行しなさい。じゃないと、あんたを存在ごと消しちゃうわよ?」
「は、はい! 何なりとお申し付けください!」
鬼姫はニヤリと笑う。
「そう。じゃあ、言うわよ。あんたは他のお客さんたちに謝ったあと、山羊女の服をクリーニングするためのお金を会計の時にあたしに渡すの。分かった?」
「は、はい! 分かりました!!」
鬼姫が彼から離れると、彼は彼女が言った通りのことをやり始めた。
*
「あっ、山羊さん。少しいいですか?」
バイトが終わると、僕は例の男性客に水をかけられた山羊さんを呼び止めた。
「はい、何でしょう」
「これ、良かったらクリーニングする時に使ってください」
彼女は首を横に振る。
「あれくらい自分で対処できなかった私が悪いんです。なので、このお金は使えません」
「そうですか。分かりました。えっと、じゃあ、お先に失礼します」
僕が帰ろうとすると、彼女は僕を呼び止めた。
「待って……」
彼女はそう言いながら、僕の手首を掴んだ。
「あの……ありがとう。お礼に何かさせて」
「僕は何かが欲しいから、あんなことをやったわけじゃありません。なので、気持ちだけ受け取っておきます」
彼女は少し俯く。
「え、えーっと、じゃあ、週末どこかに遊びに行きましょう。それでどうですか?」
「分かりました。えっと、じゃあ、携帯の番号、教えてくれる?」
ん? なんで携帯の番号なんだ?
まあ、別にいいか。
「分かりました。えーっと、たしか……」
彼が帰った後、山羊さんは鼻歌を歌いながら帰っていったそうだ。