夏樹セラピー
地下闘技場での一件は座敷家の者たちの手によってなかったことにされた。そのため、例の大会は最初からなかったことにそれた。そんな話を自室のベッドで聞かされた時、僕は少しだけ悲しくなった。それが最善策だということは分かっているけれど、あの大会がなければ僕は自分がまだまだ弱いということに気づくことができなかった。あー、早く完全に人間の闇を制御できるようになりたいなー。
「お兄ちゃん! プリン買ってきたよー!!」
「ありがとう、夏樹。でも、今は食欲ないんだよ。だから、それはお前が食べていいぞ」
「えー、そうなのー? じゃあ、遠慮なく。いただきまーす!」
おいしそうにプリンを食べる夏樹(僕の実の妹)の顔を見ているとものすごく心が安らぐ。アニマルセラピー、いや夏樹セラピーだな、これは。
「夏樹さん、少し雅人さんと話がしたいのであなたは残りは下で食べてください」
「あっ、童子ちゃん、おかえりー。地下闘技場の瓦礫の撤去終わったー?」
「撤去というより壊れる前に戻してきました。それより早く部屋から出ていってください」
「はーい。じゃあ、またね! お兄ちゃん♡」
夏樹は僕にウインクをすると部屋から出ていった。座敷童子の童子は僕のベッドに腰掛けると僕の額に手を当てた。
「雅人さん、あなた朝から何も食べていないそうですね」
「え? あー、まあ、そうだな」
「やはり、そうですか。雅人さん、おそらく今のあなたには食欲がありません。いや、ないというより食事をする必要がないと言った方がいいですね」
「食事をする必要がない? それってどういうことだ?」
「少し待ってください。もうすぐ闇の妖精が来ますから」
「や、闇の妖精?」
「こんにちはー。はじめまして。闇の妖精『リア』だよー⭐︎」
な、なんか突然現れたぞ!? 何なんだ! こいつは!!
「雅人さん、今から闇の妖精があなたの体が今どんな状態なのかを説明します」
「え? あー、そうなのか。えっと、じゃあ、よろしく頼む」
「オッケー! えーっとねー、君の体はもうほとんど人間の闇なんだよー」
「に、人間の闇?」
「うん、そうだよー。だから、人間の闇以外、何も食べる必要ないんだよー」
「え? それって、結構まずいんじゃないのか?」
「大丈夫だよー。そのうちそれが当たり前になるから」
「そ、そうなのか?」
「うん、そうだよー。でも……」
「でも?」
「このままだと君、死ぬよ?」
「え? このままだと僕、死ぬのか?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと死なない方法考えてきたから」
「そ、そうか。なら、良かった。それで、その方法っていうのは何なんだ?」
「うーんとねー、君の体の一部を毎日闇の妖精に捧げればいいんだよ。これをするだけで君はふろうふ……じゃなくて、そこそこ長生きできるよ」
「そうか。じゃあ、さっそく」
「あー! 待って! 君の体からは常に心の子宮に直接作用するフェロモンが出てるからささくれくらいでいいよー。というか、いきなり人前で指千切ろうとしないでよー」
今なんか色々言ってなかったか? うーん、まあ、いいや。
「ごめん。今すぐやった方がいいかと思って」
「すぐ行動に移すのはいいことだけど、その前に少し考えた方がいいよー。えーっと、じゃあ、今日分もらうねー」
「あー、分かった」
体長十五センチほどのリアは僕のささくれをおいしそうに食べると僕の頭を優しく撫でた。
「君はこれからどんどん人間じゃなくなっていくけど、死ぬことはないから安心していいよー。それじゃあ、またね!!」
「え? ああ、またな」
彼女は僕がそう言うとその場からいなくなった。
「ということで、雅人さんは何も気にせず今まで通り生きてください」
「え? あー、分かった」
そうか、僕はもうほとんど人間の闇なのか。うーん、あんまり実感ないなー。




