とっとと失せろ、モスキート
夏樹(僕の実の妹)を背中に乗せたまま登校したため、他の生徒や職員たちの視線が僕たちに向けられている。別に恥ずかしくはないが、あまりいい気分ではない。けど、まあ、妹の体温を感じながら登校できるからこれはこれで悪くないかな。僕がそんなことを考えていると一条先輩がやってきた。
「おはよう! 雅人くん。おや? 君が噂の妹さんかな?」
「はい、そうです。名前は……」
「それ以上お兄ちゃんに近づくな! お兄ちゃんが腐っちゃうから!!」
「おい、夏樹。先輩になんてこと言うんだ。すみません。女性が絡むといつもこんな感じなんです」
「いや、君の妹の反応はおかしくないよ。私は君と直接会うまで君の体が目当てだったのだから」
「え?」
「いいかい? 君は君が思っている以上に特別な存在なんだよ。神や妖怪に限らず、闇すらも受け入れてしまうまさに理想の器。それがあれば、どんなに強大な力を持ったものだろうと無力だ。だが、君は私の予想を遥かに超える強さと優しい心を兼ね備えている不思議な存在だ。まあ、良くも悪くも十中八九君の妹のおかげだろう。あー、それから」
「あ、あの! その話長くなりますか? もうすぐ予鈴が鳴りそうなんですが」
「なに? もうそんな時間なのか。では、これだけは言っておこう。私は君が欲しい。器としての君ではなく君の全てが欲しいんだ。君の肉体、魂、心、霊力……もちろん遺伝子も」
「あげないよ、全部私のものだから」
「やれやれ、君はそろそろ兄離れした方がいいぞ」
「うるさい、黙れ。お前は私の敵だ。私の目が黒いうちはお兄ちゃんは誰にも渡さない」
「はぁ……雅人くん、君も大変だね」
「そうですか? 妹に好かれてるのって結構いいものですよ?」
「はぁ……やはり君たちは少し変わっているな。まあ、そんな君を好きになった私も似たようなものだが。あっ、そうそう、明日の朝、君を迎えに行くから寝坊するんじゃないぞ」
「はい、分かりました」
「よろしい。じゃあね、夏樹ちゃん」
「とっとと失せろ、モスキート」
「おっ、言うねー。でも、私は彼の血より遺伝子情報が詰まった練乳の方が好きだなー」
「今すぐ殺されたくなかったらこの場から早々に立ち去れ」
「おー、怖い怖い。女の子がそんな顔しちゃダメだよ。じゃあね、雅人くん。愛してるよ♡」
「は、はぁ」
先輩は鼻歌を歌いながらその場から去っていった。
「お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「今日、帰ったら私の部屋に来て」
「な、なんでだ?」
「いいから来て。お願い」
怒ってはいないけれど、彼女のマジは確かに僕に届いた。
「分かった。約束するよ」
「ありがとう、お兄ちゃん。大好き」
彼女は僕のうなじにキスをすると、僕の背中から飛び降りた。
「お兄ちゃん! 早くしないと遅刻しちゃうよ!!」
「え? あー、そうだな。今行くよ」
うーん、なーんか嫌な予感するなー。




